11.彼氏。
やめてくれ、それを言うのだけはやめてくれ。
俺は切に願う。
どうか、これは俺の勘違いでありますように。
俺は今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。
一分一秒でも早く、この場所から遠ざかりたかった。
だけど、また同じことを繰り返すわけにはいかない。
「人類たるもの、日々成長、日々精進」だ。
なんで俺は今まで気づかなかったんだろう。
ここはもう本人達に直接聞いたほうがいいのだろうか。
教えてください、恋愛の神様。
ぬぼーっとしている俺の耳に声が届く。
「
俺は言葉では決して表しきることができない複雑な心境に陥っていた。
加えて「その元凶はお前なんだぞ」と声を荒らげて言ってやりたかった。
しかし俺にそんな気力は残っていない。
それに俺が考えすぎなだけかもしれない。
ただ単に「私たちはどうやって知り合ったんだっけ?」という素朴な疑問から生まれた動きの静止だったのかもしれない。
本人たちの口から彼らの関係を直接聞いたわけでもないのだ。
これで仮に彼らにそのような関係がないのであれば、これはとんだ濡れ衣だ。
許しを乞うても許してもらえぬかも知れないほどの。また、二人に失礼でもあるかもしれない。
というかインパクトが薄すぎて忘れてしまっていたが、先ほど彼らの関係は彼ら自身が「友達」と言っていたではないか。
良かったー。
彼らがそう言った以上、俺は彼らを信じることにした。
「―まえ大丈夫か? 聞いてんのか?」
俺は即座に答える。
「あ……ああ、大丈夫。これからどうする?」
「なら良かった。そうだなー。でもお前ら今さっきまでなんか話そうとしてたんじゃないのか?」
その問いに答えたのは意外にも
「うん、そうなのよ。浅間には少し席を外しててほしいというか、帰ってほしいというか……」
茅野の返答も、俺が予期していたものとはだいぶ異なっていた。
どうするつもりだ。
「その……日方の体調を心配してくれたことには素直に感謝してる。たぶん……彼は大丈夫」
お前は俺のオカンか!
浅間はその言葉を聞き驚いているようだった。
浅間の気持ちは凄くわかる。言われた本人でさえ驚いてしまっているのだから。
「そ、そうか」
「だから今日は帰ってほしい……、お願い。日方と二人で話をしたいの。それもとっても大事な」
茅野は神妙な面持ちで言葉を続ける。
「実はね、私も最近ずっと上の空なの。何も手につかないほどに。おそらく彼と私の悩みは一緒。話をすればいつも通りの私たちに戻れると思うの。知らないことがあるっていうのはとっても怖いことだと思うの」
茅野の顔つきが真剣なものに変わる。
「だから、私と彼は話し合わなければならない。今後の関係のためにも。お互いに知らないことがあるから」
浅間は茅野の熱量に一瞬たじろいだあとに、「……わかった。俺は帰る。邪魔をして悪かった。また学校で」
その言葉を言ったか言わぬか、彼はそそくさとその場を離れた。
その間、俺は何も言えずにただただその場に突っ立っていた。
茅野はすっきりしたような面持ちになり俺の名前を呼んだ。
「日方」
「なに?」
「私たちの話はまだ長引きそうだし公園のベンチにでも座って話さない?」
「うん、わかった」
俺と茅野は公園に向かって歩き始めた。
やっと、お互いに歩み寄る一歩を踏み出せた気がする。
ここから近くの公園まではものの五分ほどで着くはずだ。
俺らは会話を交わすことなくしばらくの間歩くことだけに集中する。
そして俺達は公園のベンチの前までやって来た。
茅野は不意にこちらを向いた。
「座らないの?」
「いや、座るよ」
俺達は公園のベンチに二人並んで座る。
「何から話せば……」
俺は茅野の言葉のあと、すぐに思い出したことがあった。
そうだ、謝らなければ。
俺はその言葉を発するのに迷いなどなかった。
「ごめんなさい」
「えっ」
ひどく驚いた様子だった。
「あの、具体的にいうと昨日の放課後のことと今日の朝のこと」
茅野は少しの間を置いてから言葉を紡ぐ。
「そのことについてはもう大丈夫。スッキリした。確かに最初はイライラが収まらなかったけどね。というより私こそごめんなさい。少し調子に乗ってました。特に昨日のいきなりビンタは完全に私が悪かった。本当にごめんなさい」
茅野はなおも続ける。
「いくらあなたがぼーっとしていたからと言って会ってすぐに……いや、正確にはあなたが私に気づく前にいきなりビンタをするなんて言語道断。逆の立場だったら私はあなた以上にキレていたと思う。本当にごめんなさい」
そうだよな、こいつも悪気があってあんなことをしたわけではない。
もとよりそんなことは分かっていたように思う。
俺が言うのもなんだが、お互い様なのかな。
そして茅野はまだ何か言いたげだ。
「……その、あなたと仲直りがしたいと思ってる」
俺が「わかった」という前に茅野は一呼吸置いてから
「でも、その前にあなたにはもう一つ言っておきたいことがあるの。たぶん、それはあなたが知りたかったことの一つだと思う」
俺は茅野が話そうとしていることについて何となくだが予想はついていた。
ついにそのことを知ることになってしまったのか。
聞きたいような、聞きたくないような……。
けれど、答えがどちらに転ぼうが俺はその真実を受け入れようと思っている。
そう思ってはいるが、実際に受け入れられるかどうかは別問題だ。
茅野の顔は、先程とは打って変わった真剣と悲しみの狭間にいるような顔つきになる。
俺は茅野を見つめ続けることしかできない。
茅野の唾を飲み込む音が聞こえる。
「私に彼氏がいるというのは言ったわよね?」
「あぁ、聞いた」
茅野は嘆息する。
「その彼氏というのは……さっき私たちが会った浅間京介のことなの」
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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