21.遊園地①

 俺は無事に上着のシャツのボタンを全て閉めることに成功した。


 いや……どうでもよ!


 それはさておき、俺は電車に揺られ四〇分以上かけて待ち合わせの駅に到着した。


 改札を出る前に少し遠くを見渡してみると、浅間あさ ま 七海なな み が待っていた……。


 ん? 見間違えかな? なんか三人待っているように見えるんだけど……。


 何はともあれ改札を出る。

 そして彼らの元に駆け寄る。


「ごめん。遅れてはないけど、皆を待たせて」


 すると、「もう、おそーい!」やら「五分前行動は?」などの声が聞こえてきた。


 俺は目の前の光景を今一度見渡してみる。


 え……、俺は声を抑えるのがやっとだった。


 今こそが「え、なんでお前がここに?」というのに最適な場面だと思う。


 さらさらな黒髪ロング。


 女子の平均的な身長よりは少し高く見えるほどの背丈……実際はわからないが。


 可愛いというよりかは美人に近い……整った顔。


 いつもはしていないが、今日は黒縁の眼鏡をしている。伊達眼鏡だろうか……。いや、最近はしてんのかな。


 耳には細い線が大きい丸い円を描いているピアスをしている。


 そして頭には黒いベレー帽。


 服装はというと……俺、女子の服の種類の名前ってわからないんだよね。


 男でさえ曖昧なのに女子の服装の名前なんてわかるわけないじゃん。


 俺なりに説明すると、下はグレーの長いスカートに上は肘丈くらいまで長さのある黒いフリフリしてるやつ……。

 これが俺の精一杯です、すみません。


 そして七海とは違う種類の可愛さを放っている。


 くわえて、いつもより少しファッションに気合いが入っている気がする。


 そう、これらの条件に当てはまる俺の知り合いは一人しかいない……と思う。

 ちょっと自信なくなってきちゃったよ。


 俺のすぐそばに居るのは正真正銘、茅野椿ちがや つばきであった。


 いやー……ほんとになんでいんの? この状況相当やばくないですかね。


 浅間と俺と茅野三人が全員揃うとかこの状況下において一番揃っちゃいけない組み合わせでしょ。


 自分で言うのもおこがましいが、これはいわゆる「三角関係」というやつなのではないでしょうか?


 この三人を集めた元凶のほうを見てみる。


 七海は一瞬俺と目を合わせた後、直ぐに目を逸らし、知らぬ存ぜぬで浅間や茅野とのお喋りに興じている。


 こいつめ……。


 浅間の顔を先ほど窺ってみたが、その様子は他の人からしたら何らおかしくはなかったと思う。


 でも、俺の目はごまかせない。


 伊達にクラスで一番仲良いわけじゃない。向こうはどう思ってんのか知らないけどね。


 話を戻すと、浅間は普通を装い過ぎて普通ではなくなっているのだ。普通を意識しすぎている。


 俺の印象だとこいつはもっと感情の起伏が激しい奴だったと思う。


 浅間にしては明らかに落ち着きすぎている……。

 この状況をなによりも気にしている証拠だ。


 まあそりゃそうだよね、いくら冴えてる君でもこの状況は耐えられないよね。


 そして俺を除く三人は楽しくお喋りをしているように見えるが、実際に喋っているのは浅間と七海ペア、そして七海と茅野ペアである。


 つまり、七海が仲介役を担って話を親身に聞いてあげたり、頑張って二人に水を向けているだけなのだ。


 大変そうだな……。


 まあ、自分でいた種だ。「責任は自分で取るべきだ」と言いたいところだが、俺たちに気を使ってこのメンバーで遊園地に行くことにしてくれたのだろう。


 でも七海は一つ大きな勘違いをしていると思う。


 たしかに俺ら個人個人で仲はいいが、俺、茅野、浅間の三人で遊んだことは一度もないのだ。


 そもそも茅野と浅間が知り合いだと知ったのもつい最近だ。


 これを機会に三人でも遊びたいな……とは言えそうにない。


 それ以前に……俺と浅間は今でも普通に話すが、今の状況で俺は茅野とは話せそうにない。


 そしておそらく、浅間と茅野も恋人同士ではあるものの微妙な関係になっていることだろう。


 こればかりは茅野が俺か浅間のどちらかを選ばないと元の関係には戻れないだろう。


 いや、それはそれで……もっと悪化する可能性もある。


 そして俺と浅間が言わば茅野のおけるライバル同士なのにも関わらず、今でも良い仲を保てているということにも理由がある。


 それは浅間が「茅野は俺のことも好きである」という事項をわざと知らないフリをしているということにある。


 そして浅間はいつも通り俺に話しかけて来る。

 だから俺も彼の接し方に答えている形だ。


 故に、俺たちの関係は壊れないで済んでいる。

 これは見せかけの関係ではあるかもしれないが……。


 補足だが、俺とボーリング場で会ったときは浅間は俺とどう接したらいいか、わからなかったのだろう。


 明らかに俺を避けていたからな。


 そして悩んだ末に茅野が俺のことも好きであるということに目を瞑り、俺との関係を優先した。


 まあ俺と浅間の関係が壊れるのも時間の問題だとは思うが……。


 たぶん茅野が俺たちに対して一歩でも踏み出した瞬間、俺と浅間の仲も壊れる。


 いや、「壊れる」は流石にいいすぎか……。

「ぎこちなくなる」と言ったほうが適切かもしれない。


 でも、茅野がこの場面で「私は浅間と日方どっちも好きなの!」なんて言った日にはもうどうなることか……、想像したくもない。


 正直にいうと、俺の気持ちとしては茅野が俺と浅間のどっちのことも好きだとしても、俺は彼女を軽蔑したりはしない。


 言ってしまえばそんなことは俺からすれば割とどうでもいい……。


 たしかに俺も茅野のことを好きだから「茅野には俺を選んで欲しい」と思わないこともない。


 でも俺からすると「皆仲良く」が一番望む展開だ。


 たぶん、そうはならないと思うけど。


 それとも俺ら三人ともが救われる方法があるのだろうか……。


 それよりも、もうそろそろ七海が危ないので彼女を助けることにしよう。


 俺はあくまでも「至って冷静に」を心掛ける。


「ここで喋ってないで遊園地行かん?」


 俺って普段こんなこと言う奴だっけ?

 浅間と同じく、俺まで自分のキャラがわからなくなってしまった。


 すると、浅間がぎこちない返事をする。


「おん、ここで喋っててもしょうがないし、早く遊園地に行こうぜ」


「そうだね、早く行こう! 遊ぶ時間が無くなっちゃう……」


 七海は、少ししょぼくれている。


 俺ら三人を同じ場に集めたことに後悔でもしているのだろうか……。

 残念ながらもう手遅れだ。


 俺ら四人は横一列に並ぶ。


 俺は自分が思う一番ベストな場所に移動する。

 そして俺目線からの順番は右から俺、浅間、七海、茅野である。


 茅野はとりあえず七海に任せて、俺は浅間と喋ることにするか。ちゃんと喋れるだろうか…?


 × × ×


 結果からいうと、俺の心配はとりあえず杞憂に終わった。


 歩いて間もなく一分ほどでチケット売り場に着き、すぐに園内に入れた。


 やっぱり前言撤回してもいい?

 ここからが問題だったわ。


 突然だがぶっちゃけてしまうと、俺は別にそんなにこの状況を気にしていない……と思う。


 俺が予測するにこいつら全員が同じ気持ちだと思う。


 でも万が一そうじゃなかった場合、例えば俺だけがいつも通りの行動をしていたら、俺だけが変人になってしまう……「元々お前変人じゃね?」とか言うのはやめてね。


 だから本当はそう思ってなくても、皆に合わせなければならない。多数派に合わせなければならない。自分だけが変人扱いなんてされたくない。


 いや、少し違うな。別に自分が変人扱いされたくないわけではないと思う。


 たぶん、お互いがお互いに気を遣ってしまうことによって空回りしているのだ。


 たしかに普通の人であればこの状況に陥ってしまったら、気まずくなってしまうだろう。


 言葉を選ばないで言ってしまえば、俺たちはこんなくだらないことで気まずくなったりはしない……と思う。


 でも確証は持てない。当たり前だが、自分には自分の気持ちしか分からない。


 だから万が一に備えてあえて気まずい空気をのだと思う。


 もしかしたらこの状況を気まずく思ってる人がいるかもしれないから……。


 出しゃばって誇張して言うと、そのもしもの人……言わば「存在しうるかもしれない架空の人物」のためにみんなが合わせているのだと思う。


 こいつらは優しいから……。

 でも、今はそれが裏目に出ている。


 いや……もちろん俺も人の気持ちが分かる超人ではない。


 彼らが何を思っているかがわかるわけではない。


 もしかしたら全く違うことを思っているのかもしれない。


 何一つ今までの俺の予想が当たっていないかもしれない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか俺たちはアトラクションの前に並んでいた。


 やっべー、やっちまったな!

 ずっと感慨に耽っててこの場所まで全く浅間と話さなかったぞ。


 でも感慨に耽ってても脚だけは着実に前に進むから不思議だよねー。


 隣の浅間を見てみると、彼はなんとも言えない顔をしていた。


 本当にごめんなさい、まったく会話をできませんでした。


 いや、違うな。浅間のこんな表情を見たのは初めてだ。悲しそうというよりかは苦しそうだ。


 浅間が俺の視線に気づき、こちらを見る。

 二人の視線がぴったり重なる。


 そうか、幸いなのかはわからないが俺ら二人ともぼーっとしてたのか。


 俺ら二人とも個人の世界に入っていたのか。

 だからどちらも暇しなかったのか。


 浅間は俺と視線があった後、すぐに苦しそうな表情を伏せ、俺に話しかける。


「……すまん、ちょっとぼーっとしてた」


 俺は間髪入れずに答える。


「いや……全然大丈夫」


 そうか、やっぱりか。俺がぼーっとしてたことにすらこいつは気づいてなかったんだ。


 俺はふと、茅野と七海の方を見る。


 二人は楽しそうに喋っていた。


 すると、耳の近くで浅間が俺に話しかけてくる。


「あいつら楽しそうだな……」


 そんな浅間の声は少し嬉しそうだった。


「そうだな……」


 俺も茅野と七海が楽しければなんでもいいかなーと思えてきた。


 それにしても、浅間の言葉を聞いて思った。

 浅間の奴、に茅野のことが好きなんだな。

────────────────────




二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る