28.田辺さん③
俺とオカンはクローゼットの物音が聞こえてから、ずっとクローゼットのほうを眺めている。
オカンからすると、最初から女子が出てくることは予想できていたことだろう。
理由は二つ。
一つ目は、もし連れてきた人が男子だった場合、ここまでオカンに連れてきた子を隠すようなことはしないからだ。
女子だからこそ親には知られたくないのである。
そして、たぶんオカンも異性の子を連れてきたからこそ、俺がそれを報告しなかったことに気づいているはずだ。
二つ目は、家に見たことない靴があったことを知っていることから、
そして、彼女が履いてる靴はたしかローファーだったはずだ。それも男女兼用のではなく、女子が履くような細身の奴。
これらの理由から俺が家に入れた子が異性の女子なのはバレていることがわかる。
はぁ、ほんとにバレたくなかった。
そんなこんなを思っていると、田辺がようやくクローゼットの中から姿を現した。
田辺はオカンを見るなり、ぺこりと頭を下げながら弱々しい声で「勝手にお邪魔してしまいすみません。
流石にそんなに畏まらなくても大丈夫だと思うゾ。
するとオカンも挨拶を交わさないわけにもいかなかったのだろう。座っていた椅子から立ち上がり、「こんにちは。
お互い堅いなー。なんだこれ。
たぶんあれだな。田辺もオカンもこのような状況になったことが今までにないからどう対応していいかわからなかったんだろうな。
かく言う俺も、わからないわけだが。
まあ、でもそういう意味で考えるとお互い正解がわからないわけだし、その行いが失礼か失礼じゃないかも判断できないからお互いに良かったとも言えよう。
そしてオカンは軽く会釈を交わしたあと、田辺に先ほどまで自分が座っていた、いわば俺の席に座るように勧める。
「どうぞここに座って」
田辺はそれに対して「あ、ありがとうございます」と答えた。
だ・か・らー、それあんたの席じゃないからな。なんであんたが俺の席勝手に勧めてんの? おかしくない?
まあ、でも行っている行為自体は正しき人間の所作に則っているので今回だけは許してやろう。
あと補足していうと、椅子よりもベッドのほうが心地いいと思うけど。
……あ、そっか。流石にベッドの上にいきなり座らせんのもなんか色々とおかしいよね。
やっぱり大人の女性だわー。ちゃんとTPOを弁えていらっしゃる。
そして田辺はというと、ちゃんとうちのオカンの言うことを聞いて素直にその椅子に腰掛けていた。偉いわ〜。
そして今、皆思い思いにあちらこちらと視線を彷徨わせ、誰もが苦々しい顔をしてその静寂を破る者を待ち侘びている。
おい、オカン。あんたがこの気まずい静寂を作る元凶になったんだからちゃんと責任取って何か言ってくれ。
と、その想いが通じてか、オカンが口を開き始めた。
「……それで総司と果歩ちゃんは付き合ってるの?」
それはそれは随分とベタな質問だった。
いきなりそれかよ。もっとそういう流れ? みたいなものを作ってからその質問はして欲しかったなー。しかも、これが付き合ってないんだよなー。
俺はその質問に答えようと思った矢先、「いや、待てよ。この質問田辺に答えさせたら何か思わせぶりな回答を言ってくれるのではないだろうか?」と思い、俺はあえて自分では答えずにすぐ隣で椅子に座っている田辺の方を横目で見た。
田辺は俺の視線に気づいてか、「え、私ですか?」と示唆するように、俺のほうを見ながら自分を人差し指で指す。そしてオカンのほうに向き直る。
そんな中、俺はオカンに対し、「付き合ってるわけないじゃん!? どんだけあんたの頭はお花畑なの?」と思いつつも、密かに「俺の家に来るぐらいだ。少なくとも嫌いではないだろうし、ワンチャン俺のことを――という可能性も否定しきれないのではないか」と独りハッピーで大層バカげた想像をほんの少しだけ膨らませていた。
現実を変えることはできなくても、想像することはいくらでもできるからね!
もうそろそろ想像することの制限を設けるか「想像税 」とかいう税金を課したほうがいいレベル。
それで、それを仕事にしたら絶対儲かる。
そんなことを考えていると未だに田辺は「んー」とか「えっとー」とか唸っている。
いや、そんなに考えることじゃないと思うけど。
そうか、俺に気を使ってくれているのか。これはあれだな。田辺にこの手の話を面白半分に振った俺が悪かった。
やっぱり俺が答えるかと思い、俺が噤んでいた口を開きかけていたその時、遂に田辺が閉ざしていたその口を開いた。
「……そうですね。私と日方くんは友達というよりかは同士? に近いですかね」
同士? 何を言ってるんだこいつは。
その驚きは俺だけのものではなかったらしく、オカンも少々戸惑っているご様子。
この表情の変化はおそらく、普段一緒に生活している俺にしかわからないだろう。だから田辺はこの驚きを未だに感じ取ってはいないと思う。
「……その同士というのはどういうことなのか聞いてもいい?」
ここでやっと田辺はオカンが困惑していることに気づいたのだろう。
「え、えっとー」とかなんとか唸っている。
当たり前だが、声は言葉を伝えるだけに足らず、トーンや声音によって言葉以外の事柄を伝えることもできる便利なツールだ。
そんなことを思っていると、田辺が考えをまとめ終わったのか一人で小さく頷く。
「……私と日方くんは、実は今日まで真面に喋ったことすら、あまりないんです」
オカンはそんな田辺をただただずっと見つめている。
「だから友達と呼んでいいのかどうかわからなくて……ただ同じクラスメイトであり、英語の時間も席が隣同士であるのは事実なので、同士と言う言葉が一番合ってるかなと」
なるほど。俺はなんとなくだが、田辺がなぜ「同士」という言葉を使ったのかわかった気がした。
それにしても、友達ではない的なことを暗に伝えられると凹むものなんだな。
まあ、俺が田辺との関係を答えていたとしても「友達」という言葉を使うのは避けていたと思うけど。
だって、自分は友達だと思っていても相手からするとそうではなかったりするわけで、俺が仮に友達だと思っていてもそれは彼、彼女にとっても同じ価値観であるとは限らない。
しかし、自分から相手との関係をそいつに伝えることは悪いことだらけではない。
なぜなら、「お前のこと友達だと思ってたんだけど」と伝えることによって相手も「よかったー、これは私だけが抱いていた関係ではなかったのね!」と時には相手を安心させ、自分たちの見解が一致していることを確認することもできるのだ。
これは自分たちの関係をより明白にさせる作用があり、双方が自分らの関係の認識が間違っていなかったのだと再認識することによって、お互いの関係を以前よりも強固で壊れずらいものにすることが可能なのだ。
他にも、なんなら相手を錯覚させることもできるかもしれない。
「俺さ、ずっと前からお前のことが好きだったんだ」と仮に相手に伝えたとしよう。
すると、彼女もよっぽど薄情者でない限りは、俺のことを意識せざるを得ない。
ここで彼女はもう一度俺について考え直すことだろう。そして彼女が俺のことについてただの普通の想いを寄せていたとしても、「あれ? 私も実は彼のことが好きだったのかも?」と俺の告白により勘違いバイアスがかかってしまう可能性があるということだ。
まあ、勘違いバイアスなんて言葉があるかどうかはわからんが。
それはさておき。
俺が何を言いたいかと言うと、相手が自分に対してよっぽど嫌悪感を寄せていない限りは告白したほうが良いということだ。まあ、人によってはそれによってその後の関係性がギクシャクしてしまう可能性もあるが。
ごめんなさい。なんか上手くまとまんなかったわ。まあ、こういう時もあるよね!
……。
ん? あれ、そういえばオカンいなくね?
「田辺さん、母親ってどこに行った?」
田辺は読んでいた俺の本からビックリしたように顔を上げた。
「日方くん大丈夫ですか?」
「へ?」
え、なに、なにか俺に悪いことでもあったの?
「先ほどから私と日方くんのお母様が呼んでも、一向に反応を示さなかったものですから」
「あー、そんなことか」
「え……」
田辺は俺の発言によっぽど驚いたのか、絵に書いたような開いた口が塞がらない状態になっていた。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった……気がする。
「いや、すまん。割とよくあることだからさ」
「……は、はぁ。そうなんですね。だから日方くんのお母様も日方くんのことを気にもせずにこの部屋から出て行ったんですね」
あー、だからこの部屋にあの人の姿が見えないのね。
「うん。たぶん親もこんな俺には慣れっこなんだと思う。それはそうとして、母親に何か変なこと言われなかったか?」
田辺は「え、えっとー」とか何とか言っている風の表情で首を少し傾げている。
え、なにこの子。かわいくない? え、そんなことない?
……そうか。そんなことないか。
「いや、別に何も言われてませんよ?」
俺はこの顔を見て察してしまった。田辺はオカンに何か面倒くさいことを聞かれていたことを。
「ほんとにごめんねー? あの人、ほら。あんなんだからさー」
「い、いや。全然大丈夫ですけど」
そんな田辺の顔はやや引きつっていた。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
それにしてもやっぱ変なこと言われたか聞かれたかしたのかー。これは後で尋問せねば。
そんなことを思っていると、田辺はこちらを見ながら、「あ、あのー」とか何とか言っている。
「ん、何? どうした?」
「その、日方くんのお母様お綺麗だなと思って……」
俺は田辺の思いがけない発言にどう答えたものかと考えあぐねる。
実際問題、俺が褒められてるわけじゃないから心境としてはなんとも言えない気持ちなのだ。
まあ……ホントに、少しだけ、嬉しいぐらい?
「そうなんのか…。俺いつも一緒に居るからあの顔見慣れてて綺麗か綺麗じゃないかすらわかんなかったわ。でも、一応ありがと」
「いえいえ」
そのあとも、田辺は「綺麗」だとか「いいなー」とか独り言を漏らしながら、それはそれはほっこり顔をしていた。
そんな中、俺はこのあとどうするべきかを思案せざるを得なかった。
「それでさ、別にいいんだけど、何で家に来たのかだけ教えてもらってもいい?」
ちょっと声音怖かったかなー。
田辺はいつの間にか、俺の机の横に掛けていたカバンのチャックを開け始めた。すると、数秒もしないうちに、彼女はその中に手を突っ込み、中から何かを取り出していた。
「今日、実は私家で勉強してたんですけど、自分の家で勉強するのも飽きてしまっていたので、日方くんの家で勉強させてもらえないかなと思いまして」
そして、田辺はいくつかのノートといくつかの教科書を高らかに掲げる。
「ほら!」
「お、おう」
あまりの勢いに尻込みしてしまった俺であった。
な、なるほどー。これは勉強の環境を変えるためだけに俺の家に来たということでよろしくて?
なんだよ〜。それを早く言ってほしかったわー。おかげでちょっと勘違いして、期待しちゃったじゃない。
「そ、そっか〜。だよねー。そりゃそうだよね」
「……どういう意味ですか? どうかしましたか?」
田辺はやはり俺が何を言っているのかがわからない様子で「はてな?」と可愛く、ちょこんと首を傾げている。
いやー、ホントに恥ずかしいな。あらぬことをあれやこれやと想像していた俺を返してほしいところだ。
すると、「あ、そうだ」と田辺は急に何かを思い出したように呟いた。
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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