16.宿りし想い

 今しがた俺と七海は近くのカフェに入り、二人で向かい合わせに座っていた。


 俺は右手にスマホ、左手にアイスティーを持っていた。


 七海なな み は少しのあいだ天井を見つめたあと、俺に再度問う。


日方ひ かた は『好き』ってなんだと思う?」


 ブレない七海ここにありけり。


 俺は迷うことなく、即答で七海に言葉を返す。


「何だろー? 考えたこともなかった」


 七海は一瞬ムスっとした顔をしたあと、大きなため息をついた。


「まあ、そうだよね。私も考えたことなかったし」


 何とも含みのある言い方である。


 だが、七海が自分からそれを言わない限り、俺は七海にその事情を問い質す権利はない。


 だから俺はそれに触れることはしない。


「だよなー。そんなの高校生で考える奴いんの?」


 七海は一瞬俺の返答に迷った挙句、ゆっくりと口を開く。


「今から私がいうことは真に受けてくれても、受けてくれなくても構わない」


 その声はいつもの七海に比べると、随分とか細くて、沈んでいる声で過去の何かに思いを馳せているようにも感じられた。というか、急になんだ?


「それで私は今初めて口に出してその言葉を言うから、上手くまとまらないかもしれない。でもね、少しでもあなたの今後に役立てばいいと思ってる」


 彼女は何を言い出すつもりであろうか。


 七海は次第に真剣そのものとも思えるような顔つきになる。


「私にとって『好き』っていう気持ちは自分の感情をその相手に一方的に押し付けてしまうものだと思ってる」


 その声は先程とは打って変わって随分とハキハキとしていて、そこには鬼気迫るものがあった。


 そして七海の言葉には共感できる言葉もあるが、いまいち彼女が何を言いたいのか今の俺にはまだわからない。


「好きという気持ちは人と人との関係を簡単に壊せてしまう。だからって好きになっちゃいけないとは私は言わない。ただ、好きという気持ちは時に『人を暴走させてしまう』ことを知っておいてほしい」


 やはり七海にはその体験があるのだろうか……。


 七海の声音は、妙に実感がこもっているように感じた。


 七海は一度だけ水分を取り、またもや口を開く。


「突然だけど日方は『好き』と『愛する』の違いは何だと思う?」


 俺は少し考えてみる。


 好きと愛するの違いか……。好きの度合いとかかな……。


 今更だが、俺は人前で考えごとをするのがあまり得意ではない。


 理由はただ一つ、緊張するからである。


 俺はもとより人がいる状況での考えごとは昔からあまり得意ではなかったように思う。


 特にそれが異性の前だとなおさら顕著に表れる。


 もしかしたら、これはただの言い訳かもしれないが。


「……わかんないけど、好きの度合いとかかな?」


 七海は一度俺から視線を外す。

 その視線の先には大学生ぐらいと思しき男女二人組が向かい合って座るでもなく、長ソファーを共有しながら腕を組み合っていて、男性が持っているスマホを二人で覗き込みながらケラケラと笑いあっていた。


 その光景を見終え七海は満足したのか、もう一度俺のほうに向き直る。


「それもあると思う。でも、決定的な違いはそこじゃない」


 俺は首を傾げてみせる。


「重複するようで申し訳ないんだけど、好きは一方的に相手を傷つける場合がある。でも、愛するというのは相手を一方的に傷つけたりはしない」


 うーん、そういうものだろうか。


「じゃあなんでドラマとかで『あなたのことを愛しているからあなたと一緒に死ぬわ 』だとか『あなたの事を愛してるからあなたを殺す』ということが起きるのかと疑問に思うかもしれない」


 あー、確かにこいつの言っていることをもとに考えるとそう思うのも無理はない。


「それはね、それがそもそも愛じゃないからよ。本人からしたら『これも立派な愛よ』だなんて言うかもしれない。でも、私はそうは思わない。それは愛するではなく、好きの延長線の気持ち。……まあ、たまにお互いの了承の上で心中しんじゅうしたり、相手が了承したうえで妻が夫を殺したりする場合もあるけどね。この場合は、私も立派な愛だと思う」


 あー、なるほど。何となくこいつの言っていることがわかってきた気がする。


「お互いがお互いを愛していれば、社会では不適合者だとか時にはどちらかが犯罪者になってしまうこともあるかもしれない。でもね、それが本当の愛であれば彼らの関係にヒビは絶対に入らない。だってその行いは彼ら自身を支えるためにはしなければならないことだったから。自分一人の空っぽな願望なんかではなく、彼ら自身に必ず必要なことだったから。彼らの愛する気持ちを継続するためには、ね」


 とそこで七海は急に一度立ち上がり、「ごめん。一回お手洗い行ってきてもいい?」と俺に聞いてきた。


 俺は迷わず「行ってらっしゃい」と言った。


 七海がそそくさとこの場を一度立ち去る。


 ここまでの話を聞いていて一つ思ったことがある。


 七海のトーン、仕草、姿勢からこれは七海、もしくは七海の親族の経験談をもとに語っているのではないだろうか。


 自分の体験なしにここまで熱を込めて好きやら愛するやらについて述べられるものだと俺は思わない。


 とそこで七海が戻ってきて、席に着く。


「お待たせー!」


「うん」


 今日何度も見ているはずの七海の幼げな表情を、俺はこのとき久しぶりに見た気がした。


「もう少しで終わるからさっきの話の続きしてもいい?」


「うん、いいよ」


 もしかしたらこの話が今後の役に立つかもしれない、聞いておいて損はないだろうと思った。


 七海はまたもや真剣な表情になり言葉を紡ぎ始める。


「さっきの話をまとめると、愛するということは自分の願望や自分の理想をその相手に押し付けることなく相手の気持ちを推し量ってあげることができること。お互いの今後をきちんと考えて行動することができること。そして、好きということはその名の通りその人のことが好きであるがために相手に自分の気持ちを強要してしまったり、自分の理想を叶えるために相手を傷つけてしまうことが多いこと」


 七海は一回、短いため息を吐いた。


「ここまでの話はあくまでもその傾向が強いというだけで、必ずしもそうとは限らないけどね」


 七海は一度俺の目を見つめる。


 でもドキドキしてしまうからやめて欲しいと言える状況ではなさそうだ。


「これ以上私が一方的に喋ってても日方はつまらないと思うし、今からは質問とか相談があったら私が答えられる範囲で答えたいと思う」


 そこで俺はふと考える。質問や相談ね……。

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。





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