36.彼らの技術
「じゃあ、俺とこいつ対お二人さんでいいってことね?」
俺は『こいつ』と言ったタイミングで
「はい。それでお願いします」
「ちなみに、二人とも何年生?」
俺もさっきからそれは気になってたんだよな。だから、それを空閑が察して俺の変わりに聞いてくれたのかもしれない。
「僕たちは二人とも中学三年生です。お兄さんたちはおいくつですか?」
まじか、中三か……。俺たちより二つも年下じゃないか。この戦いは絶対に負けたくねぇ。
それとこの人らのことは少年Aと少年Bという名前に改変しよう、とそんなことを考えていると空閑があっさりと答える。
「自分らは二人とも高二。君らは中学でもバスケ部なの?」
彼らは間髪入れずに声を揃える。
「「はい」」
少年Aはその後に独りごちる。
「でも、僕たち引退試合でもう負けちゃったんですよね」
なるほど。そうか、中三だともう引退してる人が多いのか。だが、俺は彼らになんて言葉をかけるのが一番いいのかがわからない。
「そっか。残念だったね」
これが俺なりに彼らにかけられる言葉の精一杯だった。すると、少年Bがばつが悪そうな顔つきになる。
「もう終わったことはしょうがないんで、2on2を始めましょう」
「わかった」
少年Bの喋り方が普通になっているなと思いつつ、これ以上自分の負けた試合に触れられてほしくなかったんだろうなとも俺は思った。
「ボールはどっちからにする?」
至極当然の疑問と彼らに伝えるように、俺は端的に聞いてみる。
「どっちからでもいいですけど……。お兄さんたちからでいいですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は近くに転がっていた空閑のバスケットボールを拾い、先ほどの試合と同様に初手の位置に移動する。
その後、先刻俺たちが行った試合と同じルールを彼らに伝えた。そしてまさに今、試合が始まろうとしていた。
俺は、体格が自分よりも一回りほど小さい少年Bにマークをつかれていた。
そして言わずもがな空閑は、体格が俺と同じくらいの少年Aにマークをつかれている。
俺が少年Bからボールをもらったのを合図に、試合がスタートした。
「空閑!」
試合が始まるとほぼ同時に、俺は空閑にパスをした。
空閑はそのボールをキャッチして少年Bを交わしつつ、ゴールの左側に向けて左手でレイアップシュートを放った。
しかし、惜しくもボールはリングの周りを一周して、リングの外に弾き飛ばされてしまった。
「やべ、外した」
空閑は外したのが余程悔しかったのか、独り声を上げる。そしてそのボールのリバウンドを取ったのは相手チームの少年Bだった。
「すまん、
俺は空閑の言葉を汲み取った。だからこそ、彼には労いの言葉をかける。
「次決めれば問題ないよ。バスケのプロだってたまには外すでしょ?」
「わかった。次は決めるわ」
こいつも案外、負けず嫌いなんだよな。だが、俺とはまた少し種類の違う負けず嫌いな気がする。
そして次は相手が攻める番だ。少年Aに俺はボールをパスする。
すると、少年Aは中学三年生とは到底信じられないほどの素早いドリブルをし始めた。
いや、正確にはわからんが、俺の周りには少なくともここまでドリブルが素早い奴はいない。たぶん、身長が低いのも相まってなおすばしっこく見えるのだろう。
俺は少年Aのドリブルを見て驚嘆せざるを得なかった。でも、俺にも年上のプライドというものがある。そう簡単に抜き刺さられるわけにはいかない。
だが、俺は少年Aのドリブルに遊ばれているだけだった。その証拠に終いには、少年Aのドリブルの素早さに自分の足がついていけず、すっ転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
少年Aがドリブルをしながら俺に尋ねてきた。
「大丈夫」
すると、少年Aは俺が立ち上がれるようにか、ドリブルをついていない右手で俺の前に手を差し伸べた。
この手は取るべき……だよな。俺はすぐさま少年Aの手を取り、立ち上がる。
「ありがとう」
「いえいえ」
俺は少年Aの言葉を聞き、ディフェンスをするために再び腰を低くおろした。
けれども、すっ転んだ後なこともあり、今回のターンは本気でディフェンスにつく気にはなれなかったのだろう。俺は、少年Aに華麗にディフェンスを突破された。
「空閑、抜かれた」
何とも言えない声音で俺は空閑に向かって発した。
「見りゃわかる」
空閑は少年Aのディフェンスにつきながらも小声で呟いた。俺はその間、空閑の代わりに少年Bをマークすることにした。
そして間もなく、空閑も少年Aの華麗で巧みなレッグスルーやビハインドザバック、バックチェンジなどの連続技によって翻弄されて抜かれてしまった。
俺は少年Aのディフェンスに行こうとするも時すでに遅く、すぐさま少年Aは軽々とレイアップシュートをし、この試合の最初の一点をもぎ取った。
俺は一度、
すると、俺は腕を組んで仁王立ちしている茅野と目が合った。茅野の口元がわずかに動く。
「(応援してるから)」
俺には茅野がそう言っているように思えた。俺は自分の気持ちを入れ替えるためにも一度、大きく深呼吸をした。
しかし、その深呼吸は虚しく空を切り、少年チームの点数が着々と増えていく中、ついに俺たちは一点も点数を取ることなく大敗を喫した。
「「ありがとうございました」」
少年二人が俺たちにお礼の言葉を述べた。
「こちらこそありがとうございました」
「ありがとう」
俺と空閑もそれに倣い、二人に感謝の気持ちを告げる。
そして、少し遠くで俺たちの試合を見ていた茅野と田辺が俺たちのほうに歩いてくるのを俺は視認した。すると……。
「僕たち、どうでした?」
突然、少年Aがおもむろに口を開いた。
「僕と
大也……あー、少年Bの名前か。俺は彼らに今の正直な心境を語ることにした。
「強かった。半端ないバスケ技術だった。空閑もそう思うよな?」
俺はすぐ隣にいる空閑のほうに顔を向ける。
「うん。正直言って、敵わなかった」
「ありがとうございます。でも、僕はあの時、試合に出れなかった……」
その声色には、溢れ出る悔しさと怒気が含まれていた。
「もういいじゃけ。
大也が友樹という名の少年Aに向かって語りかけた。
「……」
俺、空閑、茅野、田辺の俺たち四人は、黙って少年たちの言葉を聞いていることしかできない。
「違う、そうじゃない。僕が悔しいんだ。僕は一生懸命にバスケの練習をしてきたつもりだった。なのに、なんで肺炎なんかに……」
友樹はなおも言葉を続ける。
「なんで? 僕ってそんなに罰を与えられるようなこと日頃してた? なんで、よりにもよって引退試合の日の直前に病気にならなきゃいけないんだよ……!」
俺が今の彼に、言ってあげれる言葉はなんだろうか。
「おかしいって……絶対に、」
友樹の声は、徐々に嗚咽を含むものになっていく。
「おか、し、いよ……」
そしてついに、友樹の目から一滴の雫が流れて頬を伝う。俺は唖然とすることしかできない。
「もう、やめるじゃけ」
大也はそう言いながらも、強く唇を噛み始める。でも目が段々と潤んできている。決壊が起きるのも時間の問題だろう。
まあ、大也の気持ちもわかる。俺も過去に、滅多に泣かないオカンが泣き始めたのを見たときには、俺も自然と号泣しちゃったからな。大也自信もこんな友樹の姿、見ていたくはないのだろう。
そんなことを思っていると、俺の近くに立っていた茅野が急に、少年達のほうに向かって歩き始めた。
「どうした?」と俺は茅野に尋ねてみようと思ったが、なぜか声が喉元で留まってしまう。
「……」
何をする気だ、こいつ。少年たちが自分たちに近づく茅野のことをじっと見つめている。
茅野は少年たちの目の前まで行き、一度立ち止まる。俺の位置からは茅野の表情を窺い知ることはできない。
ただ、その細くて女性らしい茅野の背中は、いつになく凛として見えた。
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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