35.名も無き出会い
「ナイス!
田辺のボールカットに対し、
ちなみに、ボールカットとはそのまんまの意味で、ボールを奪うことを指している。
俺は、今さっきの田辺の見事な手さばきが信じられず、
「一応俺も見てたけど、ボールどうやって取られた? 普通に手が滑って落としただけ?」
茅野も未だに信じられないといった様子で顔が少し青ざめている。
「違う……普通に取られたわ。私がボールを構えたときに手元からすっと抜ける感覚がした。そしたら失くなってた」
茅野の今の口調は、いつもの口調に比べて少々幼稚じみているように感じる。
「あの綺麗なカットは、タイミングが合わないとできないよな」
「うん。彼女はたぶん、バスケ経験者だと思う」
「俺もそう思う。だけど万一運がよくてって場合もある。次は二人で空閑をマークして、田辺にパスを出させるように仕向けよう」
「わかった。ごめん、奪われちゃって」
「大丈夫。俺だって空閑を抜けなかったし」
俺はそう言ったあとに空閑の元に戻る。田辺と空閑も何か話をしていたようだった。
「再開しよ」
俺は空閑と田辺に向かって話しかける。
「おっけー」
田辺が茅野の近くに行ったところで再び試合が開始される。攻撃は相手からだ。
「ほい」
俺は空閑にボールを渡すと、彼の真ん中よりも左側でディフェンスをする。そして、茅野もこちらに向かってきて、空閑の右側に付く。
これで空閑は、俺たちが阻む限りは右にも左にも抜かせない状態になった。まあ、俺たちが振り切られたりすれば別だが。
技術で勝てないなら数で勝負だ。
流石の空閑でもこれは抜けないと思ったのか、田辺にパスを回す。
「田辺さん」
田辺の元にボールが飛ぶ。それを見たと同時に、急いで俺は田辺に向かって走る。間に合え!
俺は田辺がシュートを打つ前になんとか間に合うことに成功した。そして、田辺はシュートを打つフォームになっていた。
俺は走っていたその勢いのまま、できるだけ高くジャンプをする。
「あ……」
田辺は俺が飛んだ瞬間にシュートフォームを崩し、俺が着地をしたときには田辺の放ったレイアップシュートがすでにゴールを通過していた。
してやられた感が否めない。
「まんまと引っかかったよ」
「……」
田辺は特に俺の言葉には何も答えずに、無言を貫き通す。これで得点は現時点で0対2で相手が勝っている。
俺は先ほどから気になっていた疑問を素直に田辺に聞いてみることにした。
「田辺さん、バスケ経験者でしょ?」
「多少は……ですね」
いや、これは絶対。多少とかいうレベルでないことは明らかだ。
「バスケ部だったの?」
俺はあえて時期などについては詳しくつけ加えずに聞いてみた。
ピンポイントの時期を指していうことによって、それが間違っていた場合は「いいえ」の言葉だけで全否定されかねない。
そうなると、この質問ごと帳消しにされてしまう可能性もあるからな。
「……中学のときに、一応」
なんだか随分と話したくなさそうだ。俺はこれ以上田辺を詮索するのもかわいそうだと思い、話をここらで打ち切ることにする。
「そっか。だから上手いのか」
田辺は間髪入れずに答える。
「全然そんなこともないですけど」
すると、俺たちの様子を見兼ねた空閑が声を上げる。
「続きやろうー」
俺は先ほど拾ったバスケットボールを持ち、空閑の元に向かう。
今度は俺たちが攻める番だ。このまま普通にやっても、空閑のディフェンスは突破できないだろう。一点でも取って、一度空気を変える必要があるな。
俺が空閑からボールを受け取り、試合が再開される。俺は左右にドリブルをつきながらも、あからさまなくらいに茅野の動きに焦点を置く。
空閑は俺の視線を随分と気にしているようで、先ほどからちらちらと茅野のほうを見ているのがわかる。……今だ!
「あ、またやられたよ」
俺は空閑の股の間にボールを通すことに成功する。当の本人は必死に脚を閉じていたが、少々反応するのが遅かったようだ。俺は股を通ったボールに追いつき、再びドリブルを開始する。
すると、田辺が茅野からディフェンスを外して俺のほうに寄ってくる。空閑も後ろからすぐ側まで追ってきている。
俺は田辺と空閑の両方が俺のディフェンスに付いているうちに急いで茅野にパスをする。
「決めてくれ!」
茅野は俺のボールを冷静にキャッチした。すると、田辺が俺からディフェンスを外して再び茅野のディフェンスに付こうとするが、その前に茅野はレイアップシュートを放った。
そのボールは見事にゴールの中へ――。
「よし!」
俺はついつい大声で叫んでいた。茅野のほうを見てみると、彼女はちょうど小さくガッツポーズをしているところだった。
負けず嫌いなのがひしひしと伝わってきますねー。普段、しっかりしてるイメージがある人のあどけない姿はそれはそれで目の眼福になる。ギャップ萌えサイコー!
俺は茅野に近づき、手の平を少し上の位置に掲げる。
「「イェイ!」」
俺と茅野の、声と掌が見事に重なり合った。ここまで他人と息ぴったりになったのも久々な気がする。
「
すると、茅野が後になって恥ずかしそうに頬を染めている、ように見えなくもない。
俺もその恥ずかしさが伝染したのを隠すように顔を伏せる。おい、気にしないようにしてたのになんで指摘しちゃうんだよ。
茅野が顔を俺たちから少し背ける。
「別にハイタッチくらい、男女間でも普通にすると思うけど」
空閑はさもありなんとでも言いたげな表情になる。
「……それもそうだけど、どっちかっていうとハイタッチのことじゃなくて、その阿吽の呼吸? みたいなことについて言ってるんだけど」
俺と茅野は顔を見合わせる。茅野の顔の位置自体は俺のほうを向いているが、目は合わせてくれない。
俺は空閑のほうに振り向き、何とか言葉を振り絞る。
「まあ一応、一年のときは相当喋ってたからな。席も一時期は隣だったし」
空閑は口の先をしかと尖らせる。
「ふぅーん。あっそ〜」
何だよ。その訝しみを含んだ喋り方をやめろ。
空閑は試合を始める前の定位置に戻る。
「はい、ボール」
空閑が俺にボールをパスして来たので、俺もパスをし返す。
そして、俺と茅野の息ぴったりのコンビネーションで取った一点を皮切りに、俺達のチームの大逆転が予想された。
だが、その予想は見事に外れ、俺たちのチームは空閑と田辺の強さの前にひれ伏すこととなった。
得点は2対5で圧倒的負け試合だった。しかも二点目は、通常だったらスリーポイントラインにあたる場所からの投げやりシュートがたまたま入っただけ。
「あー、疲れたー。死ぬ〜」
俺は久々にガチの運動をしたせいもあってか、喉はカラカラになり、体はいわゆる「だる重状態」になっていた。
「総って『体力だけが俺の自慢の武器だぜ!』みたいなこと前に言ってなかったけ?」
水筒の水を飲みつつ、俺は隣にいる空閑のほうに顔を向けた。
「どのくらい運動してなかった?」
そうだな……。
「学校の体育の時間以外は、ほとんど全くと言っていいほどしてない」
どうでもいいけど、ほとんど全くって日本語の用法的に合ってるのか?
「……そっか。でも運動自体は好きなんだよな?」
体育館の壁を見据えながら、俺ははっきりと答えてやる。
「うん。そこに運動がある限り、俺は運動をすることをやめない」
「決めゼリフのあとにはドヤ顔を忘れずに」という決まり文句に則り、ドヤりつつも再度空閑に顔を向ける。
すると、ある男子が空閑に何やら話しかけようとしていた。俺は彼らのこれからの会話を把握すべく、耳をそばだてる。というか今思ったが、この男子……。
『このボール、お兄さんたちのですか?』って俺たちの試合前に、俺にボールをパスしてくれた人じゃないか? よし、こいつは男子Aと名付けよう。
「さっきのお兄さんたちの試合を見てたんですけど、僕たちとも2on2をしてくれませんか?」
空閑はどうする? と言わんばかりに顔ごとこちらに向ける。俺は特に迷うことなく自分の考えを口にすることにした。
「やるよ」
空閑の隣で俺のほうを見ている男子Aを無意識のうちに気にしすぎてしまっていたのかもしれない。思いのほか言葉少なになってしまった。
「どうじゃった?」
男子Bと思わしき人物が俺たちの元にやってきていた。
「いいって」
「どっちの意味じゃい?」
「2on2してくれるって」
男子Bの喋り方の癖、めっちゃ強いな。
こうして名も無き少年たちと名がある俺たちの試合が幕を開けることとなった。
────────────────────
二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます