34.バスケットボール
「遅かったな……え」
俺はなんの当たり障りのない言葉を彼女たちに返すが、そこには、いるはずのない姿でいる
「それは
バスケットボールを抱えた
「いくら聞いても果歩ちゃんは『運動できる服装は体育着しかなくて、それも今は洗濯してる最中なんです』の一点張りだったし」
すると、遠くから俺たちに話しかけてくる声が聞こえる。皆が一斉にそちらのほうに振り向く。
「このボールー、お兄さんたちのですかー?」
俺も彼に声が届くようにいつもよりも声を張り上げる。
「はいー、そうですー」
俺の声が見事に届いたのか、彼はボールをこちら側に転がしてくれる。
「ありがとうございますー」
それだけを言って、俺は彼から視線を外した。
「それでさ、茅野の後ろにいる『果歩ちゃん』って子と二人の関係を教えてほしいんだけど」
茅野が腰に手を当てながら、しょうがないとばかりに口を開く。
「私の後ろに隠れ気味でいる彼女は『
茅野による田辺の紹介が終わると、田辺も茅野の横に並び、挨拶をする。
「日方果歩と言います。よろしくお願いします」
俺は「日方果歩」という名前をもう何度も聞いているが、未だに馴れず、その名前を聞く度に何だかむず痒くなる。
「よろしくお願いします。でも、それは嘘だろ」
「「え?」」
俺は茅野と田辺の驚きの声を聞きつつ、一人頭を抱える。
流石に空閑を騙すのは無理だったか。でも、なぜだ。
「なんでそう思うんだ?」
俺は素直に空閑になぜそう思うのかを聞いてみることにした。
「中学のときに、自分で散々『俺一人っ子だから、お前の気持ちわかんないわ』みたいなこと何度も言ってたじゃん」
「いつ? どんなとき?」
「俺が兄のことについて話してたときとか。あと、俺一回だけ
そういえば、俺ん家に一回だけ来てたな。ぼーっとしてたから何も考えてなかったわ。
でも、まだきっと逆転できるはずだ。もう少し抵抗してみるか。
「そうだっけ? でも、空閑は俺の部屋しか入ってないからわからんだろ? たとえ、妹の部屋があったとしても」
俺は喋りながらもその日のことを思い出していた。
俺、こいつが家に入ってきてからすぐに部屋紹介始めてたわ。だから、わかっちゃう。
だが、俺はこいつがそれを覚えていないことに懸けることにした。
「俺が家に上がってすぐに総は部屋紹介を始めてたじゃん」
それはそれは随分と呆れ気味な声音だった。完全に俺の負けだ。降参。
「たしかに。……本当は妹じゃないです。すみませんでした」
俺はもはや言い逃れはできないと判断し、咄嗟に誠意をもって謝った。
これは浅間だけに対する謝罪ではない。この場にいる三人全員に対する謝罪だ。
妹役を演じてもらった田辺、騙してしまった茅野、騙そうとしてしまった空閑に対する。
「別に全然いいけど」
空閑は特に気にしていない様子だ。しかし、俺の目の前にいる奴から物凄い圧を感じる。
「嘘……だったのね。後で色々と話があるから」
「わかった」
俺は渋々ながらも頷く。大方どんな話をされるか予想はつく。
「じゃあ、バスケするか? どうする? 俺はちょっと疲れたから休憩する」
まあ、空閑は俺たちが来る前からずっと一人で練習してたんだもんな。いつ来たかは知らんが。
「俺は久しぶりだから、体鳴らしのためにも、とりあえず一人でやるわ。茅野と田辺はどうする?」
「
隣にいる空閑が独りごちていた。
「田辺果歩……、田辺さん、果歩さん、やっぱり果歩ちゃん? 」
茅野は改めて田辺のことをどう呼ぶのかを考えている様子だった。
「私は、皆さんの練習姿を見てますね」
茅野から借りた運動着を着ている田辺が体育館の脇に座った。ズボンはそうでもないが、シャツの丈が少々長いように見える。
「茅野は?」
「私はこの空閑のボールで練習する」
「そうか、わかった」
そして俺達は練習をしたり、休憩をしたりなどを各自で開始する。
俺は、少しの間基本的なドリブルの確認をしたりする。茅野と田辺ってどのくらいバスケできるんだろう……と一人思い耽りながら。
その後は、ひたすら様々な体勢からのレイアップシュートの練習をする。
では、このレイアップシュートというもののシュートの仕方を簡単に説明しよう。
これは、一般的にはボールを持って走りながらゴール近くまでいき、ボールをゴールのリングの上に置くように放つシュートのことである。
ちなみに、この時の最初の走りが三歩以上になってしまうと、「トラベリング」という名の反則を取られてしまう。
だから、ゴールと自分の距離が遠いときなどは、このレイアップシュートをする前にドリブルをしたりしてゴールとの距離をあらかじめ調節する。
「総! もうそろそろ1on1しないか?」
俺は空閑に向けて、手の人差し指と親指とを曲げて花丸マークを作り、それを肩の位置に掲げる。
そして、空閑はペットボトルの飲料を軽く飲んだあとにこちらに向かってくる。
「よし。じゃあやるか」
「なあ、茅野と田辺さんは放っておいていいのか?」
「茅野は放っておいてもいいと思う。田辺さんのほうはわからない」
そりゃそうだよな。こいつと田辺は今日が初対面なんだからわかるわけがない。俺は、咄嗟に田辺のほうまで歩み寄る。
「田辺さんもやる?」
こいつ、眼鏡いつの間に取ってたんだ? これはこれで新鮮だ。まあ新鮮と言っても、田辺の顔をしっかりと見たのは今日が初めてのことなのだが。
「私もやっていいんですか?」
「もちろんいいよ」
俺は座っている田辺に手を差し伸べる。無意識だった。けれど、その手を引っ込めることはしない。
「え……」
田辺はどうしたらいいのかわからないのか、目を左右に泳がせ始める。
「いや……ごめん。お節介だったよね」
俺は田辺に差し出してしまった手を急いで引っ込めるが……、田辺はその俺の手を勢いよく掴んだ。
「ありがとうございます」
「あ、うん」
なんだか俺のほうが恥ずかしい。
「何やってんだ? 早くやろうー!」
空閑は俺達が戻ってくるのが遅かったからか、業を煮やしているみたいだ。
「行こ」
「はい」
俺は座っていた田辺の体を引き起こし、急いで近くにいる空閑の元へと向かう。そして、ものの数秒で空閑の目の前に来た。
「田辺さんも一緒にやるって」
空閑は特にそのことについては気にした様子もなく、一度だけ頷いた。
「そうか……それで思ったんだけどさ、三人で1on2? みたいなのをするのもやりづらいから茅野も一緒に入れちゃって2on2にしないか?」
俺は特に不満もないので空閑の提案を受け入れることにした。
「俺は全然それでもいいけど、田辺さんは?」
「私もそれで大丈夫です」
「そうか。ならよかった」
空閑は一度そう言ってから、茅野のほうに目を向ける。俺もその行動につられて茅野のほうを見る。
すると、茅野はシュートを打とうとしていた手を一度止めた。俺たちの視線に気づいたのではなかろうか。
「ねえ、さっきからずっとこっち見られてて打ちづらいんだけど」
空閑はしめたと言わんばかりに茅野を手招きする。茅野がこちらに向かってくる。
「なに、どうしたの?」
ここは俺から説明してやろう。
「今から四人で二対二をやろうと思ったんだけど、どう?」
茅野は特に悩む様子もなくすぐに答える。
「全然いいけど」
「じゃあ、決まりだな。チームはグーパーで決めればいいか」
空閑はそれが納得いかないのか、一度俺の言葉を否定する。
「いや。俺と田辺さんペア、総と茅野ペアのほうがいいと思うけど、どうだろう? 茅野は一応小学校のときにバスケクラブに入ってたし」
茅野は髪を結びながら答える。
「『一応』が余計よ」
「すまん、」
というわけで、俺達は晴れて二対二をすることになった。
「ボールは俺たちからでいいか? いくら総のバスケ技術が下がったとはいえ、中学でバスケ部だったことには変わりないし」
俺は納得せざるを得ない。確かに……。こちらは俺と茅野でバスケ経験者が二人もいるんだ。
それに対し、相手は空閑だけなはず。田辺に直接聞いたわけではないからわからんが、バスケしたことなさそうだし。
「わかった。何点だ?」
空閑がひとしきり唸る。
「とりま五点先取で一回ゴールに入るごとに一点。 どこからシュートを打っても全て一点。皆もそれでいい?」
全員が納得らしく、一同に頷く。すると、空閑が地面にボールをバウンドさせて俺にパスをしてくる。
そして、俺も空閑と同じことをして空閑にパスを返し、ついに試合が開始した。ちなみに、この試合はハーフコートで行われる。
一般的なハーフコートがどうかは知らないが、ここでいうハーフコートとは体育館の半面を指す。俺たちがいるのは、体育館のステージ側ではないほうの半面だ。
空閑が地面にボールをつこうとしたその瞬間、田辺が声を上げた。
「あの、攻守交代はいつするのでしょうか? なんとなくはわかるんですけど、確認のために教えてください」
あー、そういえば説明してなかったな。田辺の疑問に俺が返答する。
「攻守交代は相手がゴールを決めるか、相手にボールを取られた時点で交代する。あとは、コートの端にある白い線をボールが出たらだな」
「わかりました」
「じゃあ、始めるね」
今度こそ空閑の合図で試合が始まった。俺は目の前でドリブルをついている空閑を徹底的にマークする。
だが、流石に現役バスケ部なうえに部長なだけはある。俺はあっという間に空閑の華麗なドリブルによって抜かされてしまう。
「茅野!」
俺がそう叫ぶと、茅野が田辺からマークを外し、空閑のディフェンスにつく。
しかし、茅野のディフェンスも呆気なく交わされてしまった。そのまま空閑は右側のゴール下でシュートを打ち、軽々と一点目の点数を取った。
「よし」
空閑は小さくガッツポーズをした。
「ッ……!」
その空閑の隣では声にならない悔しさを噛み締めている茅野の姿があった。わかるぞ、その気持ち。次は守りきろうぜ!
そして、空閑が点数を決めたことにより攻守が交代し、俺らが攻める番となった。俺は空閑にパスを出し、空閑からボールを受け取る。
ここで補足説明をしよう。先ほどから俺らは一度、相手にボールを渡してからそれを受け取って試合を始めているが、これは相手が試合の準備が整ったかを確認するために行っている動作だ、たぶん。
俺は空閑からボールを受け取ったので試合を始める。俺はドリブルをつき始めるが、空閑にがっしりとマークされていて攻めようにも攻められない。
しかも、これ下手に動いたらボール取られるな。
「日方、パス」
俺は茅野の言葉を聞き、ここでは攻められないと判断する。だから、茅野に頭の上から両手でボールをパスする。
茅野は俺のパスしたボールを見事にキャッチし、ドリブルで目の前にいる田辺を交わす。よし、これならいける。
茅野がレイアップをしようと、ドリブルをやめてボールを胸元に構えた。
「え、」
しかし、茅野の手元にはボールがなかった。
「マジか……」
ボールを取られた当の本人だけでなく、俺も思わず声を上げていた。
そう。茅野がレイアップをするためにボールを胸元に構える直前、そのボールは一瞬にして奪われていたのだ。
田辺の手によって。
────────────────────
二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます