25.英語で隣の彼女と

 俺はさっそく田辺た なべ さんのアイコン画面横にある、友達追加ボタンを押すことにした。

 そして、そのボタンを押すために俺は指を携帯の『追加』と書かれているところに近づけようとする。


 だが、指が携帯の液晶画面と1センチほど離れた部分まで近づくと、それ以上俺の指が動かなくなってしまう。


 いやー、異性を追加するときって何気緊張するよね。

 よし、「せーの」という掛け声と共に追加をしよう。


「せーの……えい」


 よし、やっと押せたぜ。


 そして画面には『【田辺果歩】を友達として追加しました』という文字が出てくる。

 ここまで来たらもう俺のターン。


 俺はすぐさまトーク画面を開いて田辺さんにメッセージを送ろうとする。


「なんて送ればいいかな?」


 この人無駄にプライド高そうだから、少しでも癪に障ること言うと俺の華の学園生活が闇に葬り去られてしまう可能性がある。

 少し考えなければ。


『あなたの単語帳が私のバッグに勝手に入ってきてしまったの。 私に懐いているみたいだから私が飼ってもいいかしら?』


 女口調なうえに、どこぞのアニメキャラだよそれ。


 しかも、単語帳二個も要らないうえに最初と趣旨がズレている。

 田辺さんに英単語帳を返す前提で考えなければ。


『あなたの単語帳を間違えて持ち帰っちゃった。ごめん、次の英語の授業のとき渡せばいい?』


 うん、結構いい感じな気がする。

 あ、英語の授業何曜日か調べんの忘れてたわ。


 俺はスマホのメッセージアプリを一度閉じ、写真のアプリを開く。


「確かこの辺だった気が……あったわ。えーと、月曜の五限目か」


 おー、月曜だったらすぐだし、席隣だからあまり勇気を出さなくてもそーっと渡せるね、ラッキー。


 マジで席離れてたりするとわざわざ田辺さんの席の真ん前まで行って、


「田辺さんホントにごめんなさい。俺、田辺さんの単語帳って気づかなくって間違えてバッグに入れて持って帰っちゃった。そのお詫びとしてご飯奢るから許してください。トリュフでもキャビアでもアイスクリームでもいいよ。え、いらない? 日方となんか行きたくない? ですよねー」と言わなければならない。


 というか、お礼の誘い断られてんじゃん。


 でも皆さん安心して下さい。


 俺が実際にそんなこと言えるわけないじゃないですか。たぶんこうなる。


 まず、田辺さんの席の真ん前まで行くのは一緒でしょ。


 あ、ていうか田辺さんが椅子に普通に座ってたら、真ん前まで行った俺のことを、田辺さんは机に突っ伏して寝てない限りは気づくか。


 じゃあ、田辺さんが椅子に座りながら、後ろの席の人と喋っている体にしよう。


 それでここからが違くてですね……、まず先ほどみたいに俺が田辺さんの名前を呼ぶことはないと思う。


 ではここで問題です。

 俺はどうやって田辺さんに気づいてもらおうとするでしょう?


 1 彼女の名前を呼ぶ

 2 彼女を凝視して視線で気づいてもらう

 3必殺「ねえねえ」

 4彼女の机を叩いて音で気づいてもらう。


 正解は、実際に起きてみないとわかりませーん(うざ)。


 まあでも1は論外でしょ。


 2は視線に鈍感な人だと気づかないからやらないと思う。


 3は一番有力候補かな。普段から俺は異性を呼ぶときに、大体の場合は近くに行って「ねえねえ」って言って気づいてもらってるし。


 4は俺がテンパったらやるかもしれないけど、音で気づかせるのなんか失礼な気がするからやんない気がする。


 ちなみに、なぜ名前を呼ばないかというと理由は至ってシンプルでなんて呼べばいいかわからないからである。


 いや、だってねー、異性の呼び方ってわからなくない?


 中学生の頃まで俺は、普通に異性でも苗字呼び捨てで大体は呼んでたし、八割型くらいは恋人とかでない限り異性同性関係なく相手も苗字呼び捨てだった。


 でも、なんか高校に上がってからなぜか人によって呼び方が全然違うんだよね。

 俺の名前で例を上げてみよう。


 日方くん、日方、総司くん、総司、日方さん、総司さん、総さん、総ちゃん、総くん、総、かな。


 あ……、でも総ちゃん呼びは中学の頃に通ってた塾の友達だけだわ。


 それと中学生まではさん付けで呼んでくる人は一人としていなかった。


 とりあえず、男子の端くれである俺に沿って例外的な呼び方を除いて、一般的な呼び方で考えてみよう。


 日方くん、日方、総司くん、総司の四つの選択肢から「どれが一番呼ばれたいか」のランキングを付けるとすると


 一位 総司

 二位 総司くん

 三位 日方

 四位 日方くん


 たぶん、大体の男子はそうだと思う。

 しかしだ。『距離が近そうな呼び方』のランキングでいくと少々結果は異なる。まあ、俺個人の見解ではあるが。


 一位 総司

 二位 日方

 三位 総司くん

 四位 日方くん


 距離が近そうな呼び方ランキングで考えると上記のような結果になる。それにしても、二位と三位が逆転するから不思議なものである。

 これは俺だけかもしれないけどね。


 なぜかはわからないが、俺の中ではなぜかいくら名前呼びでも「くん」がついてしまうと苗字の呼び捨てより順位が下がってしまうのである。


 これに関しては「なんで?」と言われても「なんとなく」としか答えられない。


 まあ、関係性の聞こえ方の観点だけにおいて考えて強いて言うならば、名前呼びであろうと苗字呼びであろうとそれはさして重要ではなく「呼び捨てこそが正義」ということだ。


 あと誰にでも呼ばれる可能性がある「さん付け」をランキングに入れなかった理由としては、今までで同級生には一人にしか呼ばれたことがないからである。


 本当は、さん付けをどの順位に入れればいいか、めちゃくちゃ迷ったけど、いくら考えても答えは出なかったからランキングから抜いただけであるのは大目に見て欲しい。

 でも、改めて考えてみると、ランキングなんてものを付けてしまったあとに言うのもなんだが、やはりどれも魅力的ではある。


「名前呼び捨て」に関しては言うまでもなく、全男子の夢と希望がつまっている。


「名前にくん付け」に関しても、名前呼び捨てにはない……なんというか、一種の矛盾? みたいなものがあって凄くいい。


 名前呼びで距離近いのかなと思いきや、くん付けでやっぱ距離遠いのかな、どっちなんだろうな〜、みたいな魅力がある。


 たぶん伝わらないよなー。

 まあ、俺のイメージ的には、下級生の彼女が上級生の彼氏に向かって言っているイメージがある。


「三郎くん、明日映画見に行かないですか?」


「うん、行かないよ」みたいな。


 三郎くん彼女に対して冷たすぎだろ。

 一緒に映画見に行ってあげてよ。


 太郎兄さんと二郎お兄ちゃんもたぶんそう思ってるよ。


 今これで思ったけど、これが学校ではなく会社でのお付き合いになると年下の彼女のほうはさん付けで呼ぶイメージがある。


「三郎さん、来週一緒にボーリング行きません?」


「うん、行かないよ」みたいなね。


 おい、三郎! お前流石にその断り方を二回もするのは酷いと思うぞ。


 あと、あれだね。学生中の年下彼女と年上彼氏においていうと、また学園に話し戻っちゃうけど「先輩呼び」も捨てがたいよね。


「三郎先輩、一緒に明日遊園地行きません?」


「うん、行くよ」みたいね。


 ……おー。っていうか三郎お前成長したな。ついに無碍に彼女のお誘いを断らなくなったか。


 親元を離れる雛が飛び立ってしまうみたいな気持ちで少し悲しいけど、彼女と末永くお幸せにな。


 それにしても、三郎にとっては先輩呼びが一番グッときたから今回は断らなかったのかな?


 俺も先輩呼びされたいなー。俺部活とか入ってないから後輩と関わる機会あんまなくて、後輩に知り合いがいないから難しいんだよね。


 正直、この「呼び方問題」については人類の永遠の課題であり、まだまだ話し足りないが、これ以上これに時間を割くとあっという間に今日一日が終わってしまいそうなのでまたの機会に話すことにしよう。

 ということで、俺は自分の想像上の世界から現実世界に回帰してきた。


 というか、なんでこんな話になったんだっけ?


 あ、そうか。田辺さんに連絡するんだったわ。

 なんて送ろうかな。


 田辺さん、呼び方とかで怒ったりしないタイプかな。


 まずは『勝手に友達に追加してごめん』でしょ。

 それで『友達追加した理由は俺が間違えて田辺さんの英単語帳を持って帰っちゃったからなの。本当にごめんなさい。いつ渡せばいい?』


 そしてこれを一回送信して、続けて『次の英語の授業明日の五限だからそのときに渡せばいい?』でいっか。


 うん、我ながら当たり障りのないいい連絡だと思う。


 名前の呼び方にも配慮して一番安泰な苗字にさん付けにしておいた。


 そして、俺は実際にそのメッセージを田辺さんとのトークルームに打って送信した。


 よし、ミッションコンプリート。


 あ、空閑く が からも返信来てるわ。


 俺はすぐさま空閑とのトークルームを開く。


「えーっと、15時半に図書館に集合か。『了解』とだけ送ろう」


 そして俺はスマホを閉じて、今度こそ自分の英単語帳で英単語を覚えようと思ったが、空閑とのトークルームを閉じるとすでに田辺さんからのメッセージが来ていることに気づいた。


 いや、返信早! しかも友達追加したばっかりだから見ずらかったろうに。


 俺は即田辺さんとのトークルームを開く。

 そこにはこう綴られていた。


『わざわざ報告ありがとう!』と一つ目の枠には書いてあり、『じゃあ、日方くんの家行きたいから住所教えて! 』と二つの枠目には書かれていた。


 こ、こ、この人ビックリマークとか使うイメージなかったからびっくりしたわ。


 ……。驚くべきところはそこじゃねえーんだよな。

 いや、は、え、何言ってんのこの人? ぶっ飛びすぎでしょ。


 ツッコミどころが多すぎてどこから触れればいいのやら。


 まずさ、『わざわざ報告ありがとう!』から『じゃあ、日方くんの家行きたいから住所教えて!』になった経緯を詳しく教えてくれ。


 うん、え、この人結構頭おかしくなーい? 大丈夫そう?

 普通に恐いんだけど。頭の可笑しさでは誰にも負けないことを売りにしている俺が恐怖するって相当やばいよこの人。


 危険注意報! 危険注意報!


 関わっちゃいけない気がするけど、この英単語帳を俺が持っている限り、俺は田辺さんと関わりざるを得ない。もうなんか田辺さんをさん付けで呼ぶの、「田辺」を声に出すときだけにしよ。いちいち田辺に「さん」って付けるのめんどい。


 それはさておき…なんて送ったもんかな。


 正直、同じクラスでしかない田辺に家の住所を教えるのは気が引けるが、この事件の発端が俺である以上彼女に今よりもっと迷惑をかけるわけにはいかない。


 そのうえ、この状況では田辺のほうが立場が上である以上、俺が低姿勢にならなければならないのは自明の理である。

 とかカッコつけたことを言っている俺だが、君ただただ女子を自分の家に招き入れたことがないから招き入れてみたいだけじゃないの?


 はー。ホント男って馬鹿だよね。

 田辺に抱く警戒心よりも女子を自分の家に招けることを喜んでいる自分のほうが勝っているのだから。


 そりゃあ、女に騙させる男が続出するわけだ。

 でも、正直これに関しては、性の問題なので理性ではどうしようもできないことだ。


「男の宿命」とでも言えば少しは格好がつくだろうか。


 まあ、田辺のほうから俺の家に来れることを望んでいるのだから素直に教えることにしよう。


 そして俺は田辺に自分の住所を送った。


 それにしても、俺もガードが甘すぎるよなー。


 田辺がもしもヤバい奴で、血まみれの包丁でも持って家に来たらどうするわけ?


 そこからはもう殺されるの一択しか君の選択肢にはないと思うよ。

 でも今思ったけど、俺と同じ咲紅さき く 高校に通っているから、もしその近くに家があるのであれば俺の家までは一時間以上はかかるはずだ。


 そう考えると田辺が俺の家の住所を知った今、田辺は俺の家に来ることを諦めてくれるのではないだろうか。


 流石に英単語帳一つのためにわざわざ一時間以上かけて家来ない、よね?

 田辺がよっぽど頭のおかしい人でなければだが。


 ほら、そこガッカリしない!


 もうそろそろ返信来たかな? と思い、俺は携帯を確認する。


 するとそこには『了解! 今から行くから待ってて』とだけ返信が来ていた。


 いや、えー、この人正気? ちゃんと俺の家までの電車の経路調べた?

 マジで絶対やばいってー。


 しかしだ。今さら断るわけにもいかないので、田辺が来るのを待つことしか俺にはできない。


 はあ……、先が思いやられる。


 もうどうにでもなれという気持ちでスマホは安定にベッドにステイさせ、俺は今日四度目? にもなる机に向かうことをする。


 よっしゃー、いっちょやってみっか。


 俺は遂に、自分の単語帳を覚えることに取りかかる。


 あ、ってか今何時だ? と思い、俺は机に置いてある時計を見やる。


「11時17分か。結構いい時間だな。まあいいや、単語やろ」


 俺はの英単語帳を少しの間で見つけ出すことに成功。


 俺は赤シートを駆使してひたすら単語を隠す、英単語を読む、日本語の意味を言う、当ってたらチェックを入れる。


 そして時には英単語とその単語の意味を書くという作業を繰り返す。


 約一時間ほどその作業をしたところで、ベッドの上に置いてあるスマホがコール音を鳴らす。


 はあ、疲れたー。


 俺は俺の英単語帳と一旦お別れをして電話に出ることにする。

「はぁー」という掛け声と共にベッドに倒れ込み、電話に出る。


「もしもしー」


『お、出た』


「どうしました?」


『あ、あの、家の前着いたから電話で報告を――と思って……』


 へぇ、この人案外分かってんじゃん。気の遣える奴だったのか。

 ……いや、え、ホントに家の前に居んの? やばないか。


 とりあえず、よくわからんが礼を言っておこう。


「お気遣いありがとう」


『それでどうすればいいですか?』


「いや、あな――そちらが勝手にこっちに来たと思うんですけど」


 田辺は何かを考えているのか、俺たちの間には妙な沈黙が流れる。


 まあでも家の前で待たせるわけにも行かんし、家に入れるしかないか。


 一応、念のため大事なことをもう一度確認しておこう。


「あのー、ホントに家の前に居るの?」


『……うん』


 うわー、急なタメ口「うん」やめてよ。

 ちょっとドキっとしてしまったではないか。恐怖のほうの……。


 まあ、一旦家に入れるか。


「とりあえず、今ドア開けるからちょっと待っててくれ」


『わかりました』


 俺はズボンとシャツを着替え、自分の部屋から玄関に向かう。


 家にパパンは居ないが、ママンがいるんですよね。どうしましょう。


 正直、親には絶対に知られたくない。


 俺は靴をすばやく履いてドアの鍵を解錠し、ドアを勢いよく開けて外に出る。


 しかし、ドアの前に立っているはずの田辺はそこには居なかった。

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。

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