9.再び

 その日の私は授業中もずっと上の空で、授業に全く集中できずにいた。


「なんなのよ、あいつ……」


 私から話しかけてあげたにも関わらず、それすらも拒否する姿勢を見せた日方ひ かた に私は心の底から腹が立っていた。


「私と同じ最寄り駅だとネタばらしするの、凄く勇気が必要だったのに……」


 その勇気を振り絞った私をあそこまで無下にされては誰が私の立場でも腹が立たずにはいられなかったと思う。


「何をぶつぶつとさっきから言ってるのですか、茅野ちが や さん。私に対して言いたいことがあるのなら、私にはっきりと言ってください」


 先生の声が私の耳に届いた。


 どうやら、私の声が思いの外大きかったらしい。


「あ、いえ、何もありません。すみません」


 早く授業終わってくれないかな……。


  × × ×


 俺はつい先ほどの会話が頭から離れず、授業に全く集中できずにいた。


「日方君……、日方君……、大丈夫ですか。体調が優れないのなら保健室に行くなり、家に帰るなりした方がいいと思いますよ」


 気づいたら俺は授業中に先生から話しかけられていて、皆に注目されていた。


「あ、いや、大丈夫です、すみません。続けてください」

 あー、本当に最近何にも集中できないな……。


 これじゃ前に進めない。


 覚悟を決めてもう一度、授業が終わった後にでもあいつと話をしてみよう。


 そもそもこの原因を招いたのは俺なのだ。


 しかも、茅野はそれでも俺に歩み寄ろうとしてくれた。


 それすらも拒絶する俺は、どれだけ最低な人間なのだろう……。


 いや、でも、あの言葉はそれでも言わせてはならなかったものだったのだと思う。


 仮に言うとしても、自分から言いたかった……。


 俺は男から告白するという風潮をあまり好まない。


 でも、男のさがとして自分から言わなければいけない、という本能が生まれたときから染みついてしまっている。


 俺は思わずため息をついてしまう。


「はぁ、めんどくせえ……」


 何もかもがめんどくさい。


 そんなことを考えていると、いつもと何ら変わらない、今日も今日とて最後の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。


「よし、帰るか」


 そう。この言葉から読み取れるとおり、俺は帰宅部に所属している。


 この学校で一番人気のある部活だ。

 毎年不動の一位を獲得しているのは統計を取らなくても明らかである。


 あれ? ってか今思ったけど、あいつと学校に来たルートが一緒だったから、必然的に帰りも一緒になるんじゃね!?


 行きと帰りで電車のルートが違うというのは考えられない。

 だって、電車の券には定期券というものがあるから。


 そしてこの定期券という制度、ほぼ毎日学校に通う生徒たちにとっては欠かせない存在だと言えるだろう。

 それで茅野もその例外ではなかろう。まあ、ちょうど良かったのかもしれない。


 この状況下の中、俺自らの判断で茅野に近づく勇気は俺にはない。


 なら、偶然にばったり出会ってしまったというシチュエーションの方が自分も受け入れることが出来るし、自分から茅野に会いに行手間も省ける。


 しかし、今まで家に帰る電車で俺が彼女に出会うことはなかった。


 そうか。よくよく考えてみれば、今までも電車で会ったことはなかったし、今日だけ会うっていうのもおかしな話か。


  × × ×


 今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「はあ……、帰ろっと」


 私は今日は誰とも遊ぶ気にはなれなかった。


 何せこの心理状態で誰かと遊んだところで全く楽しくないだろう。


 そんなことしたって時間の無駄でしかない。


 だから私は、誰かに遊びに誘われる前に教室を急いで出た。


 私達は友達と遊びに行くときにはその日のノリで決めることが多い。

 というのも、友達と帰宅している時に「今日、カラオケ寄っていかない?」


「いいねー!」


 これで遊びに行くのは確定である。


 今どきはこういう人たち、いや、私たちのことを「フッ軽」と呼ぶらしい。


 呼ぶらしい……というか、私もそう呼んでいる。


 なら、その仲間や友達である私たちは「フッ軽仲」とでも言うのかもしれない。


 ここまでの話を聞いていて、SNSが発達している今日こん にちでは「遊びに誘われないために急いで教室を出る」という抵抗は意味を成さないのではないか? と思う人も多いと思う。


 ここで私にしか発生させることの出来ない効果がある。


 私は家が皆よりも遠い、学校まで電車で約一時間半かかってしまうくらいには。


 そうなると、私の家が遠いと知っている彼女らは私が家に帰ったあと、もしくは私と別れたあとでは私を遊びに誘うのを遠慮する。


 だから、皆に誘われる前に帰ってしまえばこっちのものである。


 閑話休題。


 私は今、家に辿り着くための移動手段である電車に乗ろうとしている。


 私は迷うことなく日方とは違う車両の電車に乗る。


 日方と違う電車に乗ることが癖になっている私は、一日中頭が働かなくてもこのことだけは容易に、そして無意識にこの行動を起こすことが出来る。


 そして私は無事、家に辿り着くことが出来た。でも、家に帰る気にはなれない。


 このまま家に帰ったところで、私は何も出来ずにただぼーっとしているだけの時間を過ごしてしまうのは目に見えて分かる。


 そこで私は日方の家に向かうことにした。日方の家の場所は知っている。だって、昨日日方が自分の家の中に入る直前の様子を目撃しているから。


 私は何かについて考えるわけでもなく、無心で日方の家に向かった。考えてしまうと今行っている行動を止めてしまう恐れがあるから。


 一心不乱に彼の家に向かった。


 私は日方の家に着くと、軽く頷いた。


 家の前に彼がいたから。


 そこに日方がいるであろうことを私はすでに知っていた。


 決して根拠があったわけではない。


 でも、何となく知っていた。


 女の勘、というものだろうか。


  × × ×


 茅野がここに来るであろうことを俺は知っていた。


 刑事の勘、というやつだろう。


 いや、絶対違うな。


 そもそも俺は刑事じゃないからね。


 ―――俺と彼女はどこか似ている部分がある。

 ―――だから話せばきっと分かり合える。


 ―――今までのもつれを紐解くことが出来る。


 そんなことを考えながら視線を前に向けると、茅野が俺の目の前で立っていた。


「あの―」


 俺が声を発しても、茅野はその場に立っているだけで全くといって差し支えないほど動かない。


 そして自分でもわかるくらいには俺の声は上擦っていた。


 それでも、言わなければならない。


「「話したいことがある」」


 二つの声が上手く重なった。


 別に驚きはしなかった。


 その場に流れている沈黙。


 お互いに気まずい状態。


 そして「もうそろそろ何か発した方がいいよね」という心境。


 ついに耐えられなくなり、二人は同時に言葉を発する。


 同じ人間なのだからこれらのことが重なっても何ら不思議ではない。


 そして、二人にとってこの言葉のチョイスが一番適切であっただけのことである。


「「あ、先にいいよ」」


 この時の空は随分と晴れていただろう。


 そしてまたひとつ、俺達とは違った声が聞こえてきた。


「お前らここで何やってんの?」

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。

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