第42話 冥界にグリルモート

「やけに敵が多いな」

「多分、この異形たちの姿の中じゃ、目立つからだろうね」

「まぁ都合はいいか」


「この人数差でまだここから逃げ出せると思っているのかぁ?」


 次の瞬間、異形たちの体が浮き上がり、ディノスの前に一直線に並んだ。


「な、なんだぁ!?」「か、体が勝手にぃ!!」「ぎゃあああ!! 体が動かねえ!!」


 ディノスが差し出した手に、魔力が集まっていく。


「相手の力も計れぬような低レベルな連中が、知っているとは考え難いが、一応覗いておくか。30人いれば多少は有益な情報が手に入るだろう」


 例によって、触れられた異形が灰となっていく。一匹、2匹と続いていき、突然、連続する破裂音と共に絶叫が止んだ。

 並んでいた異形たちが、一斉に爆散したのだ。


 屋根の上、人間に近い造形の人影が見えた。屋根に腰かけ、爽やかな笑みを浮かべながらディノスたちを見る。


「やぁ」


 その一言で、フリルたちは察した。こいつはこれまでの雑魚とは格が違うと。

 見かけは人と変わらず。ただしかし、右腕だけが以上に発達し、足元まで伸びるほど巨大なカニバサミをカチカチと鳴らす。


「貴様がこいつらの親玉か」

「ディノス待って、嫌な予感がする。攻撃しないほうがいい」

「勘が鋭いね。別に僕はこの人らの親玉じゃないけど、その子を渡してくれないかな?」

「それは断る」


 フリルがキッパリと言い張る。


「じゃあ、取引しないか? 君たちは冥王に用があるんだよね? 僕はこの世界や冥王についての情報を教える、君たちは僕に協力する。どうかな?」


 二人にとって、魅力的な提案ではあった。だが、このものが信用に値するのか、問題はそこだった。


「お前の目的はなんだ」

「冥界貴族を殺して欲しいんだよ」

「冥界貴族?」

「この世界で冥王の次に力を持つものたちの総称だよ。長いこと争い続けて、力の強いものたちが絶妙なバランスで残った。蠱壺みたいなもんかな」

「やつの言っていることは今のところあっている」


 ディノスがこれまで見てきた記憶と照合し、慎重に話を聞いていく。


「その冥界貴族は五つの派閥がある。それぞれ冥王の座を巡って争ってるんだけど、君たちには僕が冥王になるためのお手伝いをしてほしんだよ。そうしたら、僕が君たちを元の世界に帰してあげるよ」

「俺たちの目的をなぜ知ってるんだ? 親玉でないと言うのなら知ってちゃまずいはずだけど」

「最近僕の派閥に入った人間が同じようなことを言っててね。グリルモートって言うんだけど、君の話をよくしてたよ。だからもしかしてと思って」


 カニバサミでフリルを指してそういう。


「わざわざそんな回りくどいことをせずとも、直接冥王に会えばいい。協力は断る。俺たちには時間がないからな」


 ディノスはキッパリと断る姿勢を見せた。

 異形はかすかに表情を綻ばせると、


「冥王には会えないよ。正確には、冥王の力を持つ者かな。とある事情でね」

「なに?」

「こっから先は、これにサインしてくれないと言えないよ。血を一滴垂らしてくれるといい」


 言うと、ディノスとフリルの前に魔法陣が浮かんだ。


「絶対的な強制力がある契約魔法だ。初めて見るかな? 結んだ契約に魂レベルで拘束される」


 二人はしばらく考えるそぶりを見せ、目の前の魔法陣を破棄した。


「断る」

「断らせてもらうよ」


 異形は、驚いたような声を出した。


「へぇ。まぁいつでも歓迎だよ。今回は交渉決裂ということで。君たちにとってはいい条件だと思ったんだけどな」

「意外とあっさりなんだな」

「冥王に会おうとするなら、否が応でも今後会うことになるからね」


 異形がゆっくりと立ち上がる。


「すごいね君たち。普通、この世界に来た者は元の姿を保てないんだけどね。君たちには期待してるよ。それじゃ」


 一瞬で姿が消えた。ようやく緊張を解き、三人は身を隠せる路地の奥へと向かう。


「意味深なこと言ってたね。冥王の力を持つものには会えないとか」

「この世界での冥王は絶対的な力を持つ。俺たちのいた世界では想像のできないような強権だ。おそらく何かしらの力を発動して会えないようにしているのだろう。記憶の改竄だったりもあり得ぬ話ではないからな」

「それだけ理不尽な力を持ってるんだったら、色々対策しとかないとなぁ」

「……いま、どこに行ってるの?」


「そういえば、俺も気になってた」とフリルも同調する。


「記憶を覗いたときにこの世界に詳しそうなやつの情報があった。本当かどうかわからんが、確かめてみる価値はあると思ってな」

「そんな奴がいるんだなぁ。あ、マップも使えるようになったし、転移魔法の試運転も兼ねてそこ行く?」


 ディノスは少し考えるそぶりを見せた。


「どうした?」

「いや、転移魔法は使わないほうがいいだろう。俺たちですら引っかかった幻影魔法の使い手だ。転移先に何もないとも限らん。反魔法や障壁魔法を貫いてくる技も持っているかもしれん」

「それなんだよなぁ……ここ自然エネルギーないっぽいから妖精や精霊が使う技も使えないし、やっぱり徒歩か」


 三人は途中でクレイア特製の異形変装グッズをかぶり、影に紛れて街を出たのだった。

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