第35話 勇者の力

「世界が許容せぬ魔力を持つもの同士、仲良くなれると思っていたが、どうやら貴様にその気はないらしい」

「僕にないんじゃない。君にないんだ。あまり我儘を言うのはいけない」


 魔王は笑った。仲良くなる努力を怠ったという、フリルの指摘は図星だった。溢れ出る魔力は段階を上げ、より濃いものへと変化する。


「貴様のせいでこの世界は滅ぶことになる。もう手加減はせんぞ」

「どんな経緯があったとしても、滅ぼした君が悪い。そうやって責任転嫁するな」

「ふん、どこまでその態度が続くか見ものだな」


 フリルが言葉を発すたび、魔王の魔力は濃く、大きくなっていく。あまりの濃度に空間が歪み始めた。

 再び魔王は攻めの姿勢に入る。一気に距離を詰め、魔力を内包した拳で乱打する。先ほどの何倍も速い。だが、どれだけ速かろうと、フリルは避け続ける。


 しかし、一撃だけその攻撃を止めてしまった。


 空が割れ、大地が割れ、空間にヒビが入る。


「格上なら、格上らしく世界を守りつつ戦って見せろ。それとも、ハッタリをかましておしまいか?」


 流石のフリルもギアを上げた。


第一門ファーストゲート――アンロック!」


 フリルの髪が魔力に染まり、瞳の色も変化する。体もパンプアップし、筋が浮き出た。


「万が一にも、君に勝機はない」


 魔王の隙間のない攻撃の間を縫い、フリルの拳は再び魔王に直撃する。


「ぐっ………」


 魔王は一旦距離を取る。人差し指を弾いた。ひび割れた空間から、魔力が一気に流れ込む。


「なっ!! 呪縛玉が割れておる!!」


 ユグドが所持していた呪縛玉が、音をたて割れていた。


「え……じゃあ、魔王は……」

「あぁ、さらに強くなりおったぞ。」


 フリルの表情が珍しく曇る。


「…………」

「何千年ぶりだろうな。魔力を一つにまとめるのは」


 魔王はさらに上空にのぼる。


「避けるも良し、受けるも良し、どちらにせよ結末は一つだ」


 魔王の背後に、数十メートルはある巨大な魔法陣が展開される。怪しく光り、魔力が一点に集まる。



「おいおい! あんなの食らったらフリルさんでもたまんねーんじゃねーの!? なんとかしろよイザベラ!」

「あんたに目はついてないわけ? どう考えたって、あんな最終奥義みたいな技、私がどうこうできるわけないでしょ」

「使えねえなぁ……あ! 女勇者だ! 勇者ならなんとかできるだろ!」

「誰がそこまで連れてくのよ。それに、どこにいるかもわかんないでしょ」


 ユウタは頭を抱える。


「私がいきます。なんとか気を逸らすことができれば、フリルさんがなんとかしてくれるはずです!」

「……私も行こう。せっかく修行したし。」

「私もいきましょう! せっかくの杖の性能を試したいですし!」


 二人に便乗したシルビアに、ユウタは突っ込む。


「お前バカか! お前程度の魔法が通じるわけがないだろ!」

「何もできない名ばかり勇者のユウタには言われたくないですね!」

「はぁ? だったら俺もいってやるよ! 勇者ユウタの力を見せてやるわ!」

「え、ちょっと? 私はいかないからね!?」


 イザベラをのこし、四人が城の窓から飛び出した。


「ちょ、ちょっと! 女神を置いていくなああ!!」


 続いて、イザベラも飛んだ。




『もしもし、聞こえますか!?』


 フタバのポケットに入れておいた通信石が震えた。


「は、はい! フタバです!」


 修行の成果である。勇者カエデ・フタバは人と話すことができるようになっていた。


『今、探してるところなんです! 聖剣を空に出して場所を教えてください!』

「え!? あ、あはい!」


 言われるがまま、勇者の力で作りだした、輝く聖剣を空に出す。


「「「見つけたああ!!」」」

「な、何!?」


 勇者を見つけたルイス、ヴィネス、シルビアの3人は、勇者を掴むと一気に上空へ飛び上がった。目標は魔王の背後。


「フリルさんが何かをするための隙を、今から私たちで作ります!」

「えぇ!? そんな作戦聞いてないよ!?」

「……大丈夫。私たちがおとりになって、カエデが魔王を叩く。それだけ」

「任せてください! 私にはこの最高の杖がありますからね!」


 そこで二手に分かれる。あれだけ修行に対して文句を言っていたシルビアも、杖をもらってテンションが上がっているようだ。自ら進んで魔王の前に躍り出た。


「シルビア! やめろ!」


 フリルの必死の静止も聞かず、シルビアは長い詠唱を始めてしまう。


「我が名はシルビア! 神に与えられし権能を持ってして、貴様を倒すものなり! 邪に仇なすわが御霊、震え昂り姿を見せよ! 悠久の時を刻みてその名は受け継がれん! アブラカタブラちんプラホイ! 南無阿弥陀仏! 般若波羅蜜多! ナムナムナムナムナムナムナムナム……はぁぁ!! スーパースーパーアンドスーパーサイクロン!! アターック!!」


 瞬間、巨大な風の球が現れる。魔王城を飲み込んでしまいそうな程である。


「な、なんと……ふっふっふ、どうやらこれで決着してしまうようですね! くらえ魔王!! 私が魔王を倒した英雄として、世界に名を残すシルビア様だあああ! 冥土の土産に覚えて逝けえええ!」


 風の球がゆっくりと動き出し、魔王を魔法陣ごと飲み込む。

 避けられなかったと言うより、あえて避けなかったように見えた。高笑いするシルビア。

 風が治まるにつれ、シルビアの笑い声も小さくなっていった。


「は、はは……あとはまかせましたよフリルさん!」


 無傷のまま魔力をため続ける魔王を見たシルビアが、脱兎の如く森に避難する。入れ替わりにルイスとヴィネスが魔王へと向かっていった。


「やめろ!! お前たちの反魔法では触れただけで死んでしまう!!」

「やですね。わたしたちを舐めてもらっては困りますよ!」

「……たくさん修行してきた。フリルの役に立つために」


 ルイスとヴィネスは左右から飛び込み、乱打を浴びせる。魔王が動いた瞬間、フリルは咄嗟に転移魔法でルイスとヴィネスと飛ばした。

 二人はボロボロになった手を見ながら、息を吹きかける。


「か、かったーい……なんですかあの障壁魔法は!」

「……でも、時間は稼げたはず。」


 狙い通り、魔王のはるか上空。100メートルくらいはありそうな巨大な聖剣は、太陽に隠れ、魔王の視界から逃れていた。振るわれる聖剣。魔法に集中していた魔王の反応が遅れた。


「はぁぁぁぁ!! みなさんが稼いでくださった時間、無駄にはしない!!」


 魔法陣に触れることのできない。しかし、聖剣はそれを切り裂き、魔法陣はガラスのように飛散させ、勢いそのまま魔王に当たった。だが、光の剣は魔王の体を貫通し、魔王にダメージはない。


「え……どう言うこと……と、とりあえずフリルさん!! あとはまかせました!」


 代わりに、振り切った剣の先から、拳大の黒い球体が一つこぼれた。カエデは転移魔法で飛ばされ、戦場を去る。


 黒い球に、ユグドが反応する!


「まずい!! それを地面に落とすな!! それと、触れてはいかん! かはっ……」

「まだ完全には回復していません、ここはフリルさんにまかせましょう」


 一番間に合う可能性のありそうなのはフリルだが、詠唱をやめ、突っ込んできた魔王の対処に手を焼いていた。攻撃を受ければ世界が崩壊する、そんな極限の戦闘をこなしながらで、さすがのフリルもそこまで手が回らなかった。


「誰かいないのか……このままでは星が大爆発するぞ!」


 その地点に視点を移す。落下地点周辺に、息を切らしながらタラタラ走るユウタの姿があった。


「ゼェゼェ……あいつら、出鱈目な速度で行きやがって……」


「あの球は一体なんなのですか?」

「あれは勇者の力で魔王から分離した魔力の塊じゃ。聖剣で魔王に対してダメージを与えることはできないが、その代わり魔王から能力や魔力を強制的にはがし、弱体化させることができるんじゃ。それが魔王戦で勇者が必要となる理由じゃ。勇者がパーティーを組んで魔王に挑むのもな。」

「そんな理由が……あの球の処理は、以前はどうやっていたんですか?」

「魔力を切り離す効果は一時的なもの、それを恒久化するために、精霊が犠牲となり、外殻を作り外への影響を漏らさぬようにしていたのだ」


 まるで呪縛玉とそっくりだが、実際呪縛玉とあの球体は同じものである。のちにそれに目をつけ、魔王の力を上から被せたものが呪縛玉だ。


「だったら、先ほど割れた呪縛玉の精霊たちがいるじゃないですか!」

「残念ながら、呪縛玉となり生き残る精霊はごくわずかなのじゃ。マナの奴は特別なんじゃよ……。 ?! マナはどうした!! マナならあれを玉にできる!!」


 精霊なら誰もができるわけではない。力を持つものでないとできない。フリルの魔力を受け継いだマナは、うってつけの存在だった。


「通信石は! 今すぐマナに連絡するんじゃ!」


 ポロンは暗い顔をした。


「通信石は……魔王の一撃で完全に壊れてしまっています……」

「なんじゃと……? ならばお前がいけポロン。ワシのことは放っておけ」

「できません!!」


 今ユグドの治療をやめれば、おそらくユグドの命はない。ポロンもユグドもそれはわかっていた。


「くそ……誰かいないのか。」


 再び視点は落下予測地点に戻る。ユウタに大きく差をつけられていたイザベラがようやく追いつきそうであった。


「ぎゃあああああ!!! 助けてええええ!!」


 ヘトヘトだったユウタは後ろを振り返り、短距離走選手顔負けの、見事な前傾姿勢で駆け出した。


「助けてええってばああああああああ!!」

「てめえ!! そんなもん、連れてくんじゃねぇぇええーーーーーーーー!!!」


 口から触手が伸び、体が半分腐ったような大型魔獣。イザベラはそんな魔物に追いかけられていた。なんかこう、鳴き声がきしゃーって感じで、気色が悪い。

 触手が心底嫌いなイザベラは、全身鳥肌まみれで、いろんな液体を垂らしながら走っていた。


 魔王の魔力球が地上に迫る。イザベラとユウタも、その落下地点へと迫る。


「逃げるなクソ男ぉ!! うぉおおおお!! 女神なめんなよおおお!!!」


 落下地点。


 追いついたイザベラは、思い切りユウタを突き飛ばす。追ってきた魔獣は、魔王の魔力玉に触れた瞬間、灰になり消滅。


 魔獣にぶつかり球は弾かれ、イザベラの頭に直撃する。イザベラの全身から光が溢れる。


 球からは紫の閃光が走り、まるで闇と光が拮抗しているようだった。


「あぎゃあああ!! 痛い痛い痛い! 何これ!! あいたああアアアアア!!」


 ユウタは、イザベラの指が引っかかりズレたズボンに足を取られ、地面にダイブした。まだ青タンの残るケツが顔を出す。


 痛えのは俺の方だ!! と叫ぶ気力もなく、アドレナリンの切れたユウタはぐったりと泥に顔を埋める。


 イザベラの、光と闇の勝負は、光の勝利。表面の硬化した魔力玉は、イザベラの頭に弾かれ、ユウタのケツの割れ目にワンバウンドし、くぼみに収まった。


 格闘を制したイザベラもぐったりと倒れ、ユウタのけつに顔を埋めた。


 こうして、人知れず女神と勇者は、世界の危機を救ったのである。

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