第36話 神頼み
上空では、まだ、世界の命運をかけた戦いが続いていた。
「…………くっ」
お互いに魔法を使わないのは、意味のないことだと理解していたためである。この世界が崩壊するレベルの魔法でなければ、互いに障壁魔法、反魔法を突破することはできない。
まだまともに攻撃は当たっていないが、フリルの顔がくもってきた。
「能力だけで無理矢理闘い続けてきたツケが回ってきたな」
「殴り合いの経験がないのは、お互い様じゃないかな」
「人間と同じにするな」
魔王はニヤリと笑った。まるで今までの攻撃は、全てウォーミングアップだ。そう言わんばかりに、一旦距離を置き、首を鳴らす。
「ふむ、くくく、はははは」
「何がおかしいのかな」
「いや、どれだけ貴様が強かろうが、種族差は絶対に埋まらぬものなのだなと思ってな」
魔王の変化に、フリルの眉間に皺がよる。空間すら歪ませていた魔王の魔力が、徐々に収まっていく。
似ている。
フリルが魔人と戦う際、そして今も使っている物理戦闘形態に。
魔王の体は、徐々に膨らみを増していく。髪色は魔力色に変化し、瞳の色が怪しく光る。
完全に、同じである。今まさにフリルが使っている、物理戦闘形態だ。
全身の筋肉が肥大し、魔力を一切漏らしていない魔王が、そこには立っていた。
フリルが数十日もかけてなんとか物にした技を、魔王はこの一戦だけで物にしてしまった。
確かめるように手を閉じたり開いたりし、魔王はニヤリと口元を吊り上げた。
「ふっ」
「!? くっ!!」
一瞬で間合いを詰め、蹴りをくらわす。咄嗟にガードを作ったフリル。避ける余裕はなかった。
「もう限界か?」
「ははは、こりゃまいったなぁ……」
「どうした、世界を守りながら俺を殺すんじゃなかったのか? 命乞いでもするか?」
フリルは少しの間、難しい顔をして硬直する。何かを考えているようだった。
世界を守らなければいけないフリルと、そうではない魔王では戦闘の難易度があまりにも違いすぎる。
これは……無理かも知れない……。
フリルは正直、そう思い始めていた。
「……よし」
「死ぬ覚悟はできたか?」
「あぁ、正直ここまでだとは思ってなかったよ。君の成長速度が完全に僕の計算を狂わせた」
ここにきてまさかの衝撃発言である。バチの悪そうな顔をして、フリルは苦笑いをする。
「でも、少しくらい抵抗させて貰おうかな。
フリルからブワッと魔力が溢れた魔力が、大気を揺らし空間を崩壊させていく。
先ほどの魔王と同様、激しすぎる魔力は空間に干渉し、周囲の景色を歪めた。
フリルを覆うように、幾多の魔法陣が展開されていく。突き出した両手を、輪切りにするように幾重もの魔法陣が重なり、隙間も見えぬほど緻密な魔法陣が、手の先に浮かぶ。
「固定魔法以外で魔法陣を使うなんて、何年ぶりだろうな……」
さらに、上下左右、フリルの魔法陣は、球のようにフリルを囲い、さらに魔法陣が重なっていく。
魔法陣は本来、手のひらサイズの簡単な一枚作り上げるだけでも、相当の修練が必要な代物だ。おいそれと多重に発動できるものではない。
証拠に、魔王が先程魔法を放とうとした際、巨大な一枚しか魔法陣を練らなかった。高度な技術のない魔王には、できなかった。
通常の魔法陣を二枚作るか、サイズを大きくする、前者の方がはるかに難易度が高いのだ。
「世界よりプライドを取ったか愚か者が。そんなもの、放った瞬間世界は消えるぞ」
フリルは何も答えない。さらに魔法陣を増やしていく。
「フリルさんは一体幾つの魔法陣を展開してるんですか?」
「……今千枚超えた。」
「なんと!? あんなデタラメに緻密で複雑な魔法陣、天才魔導師である私でも一枚描くのに一時間はかかりますよ! あの人、とんでもない化け物ではないですか!」
「フリルさんはすごいんです」
フリルはすごい、そんな事、わかりきっていることである。
回復が完了し、立てるようにまでなったユグドが、3人の元までやってきた。ポロンの肩をかり、ゆっくりと近づいてくる。
「ユグドさん! 生きてたんですね! もう死んじゃったかと思いましたよ」
「本当じゃよ。死ぬかと思ったからの。それより、あいつから何か聞いておるか?」
「いえ! やめろ! としか言われてませんが!」
シルビアの返事に、ユグドは難しい表情をする。
「フリルのことじゃから、何か考えがあってしているはずじゃが……あんな魔法、ぶっ放した瞬間に世界崩壊待ったなしじゃぞ……」
フリルの言葉に、不穏な空気が流れた。
「……今五千枚突破した。」
全員が目を見開く。
「あいつは何考えとるんじゃ!?」
「魔法陣の数と質で、魔法に込められる魔力は変わりますからね、異次元の複雑さとあの枚数の魔力を死ぬ前に見れるなんて、天才魔導師としてはこれ以上ない幸せですよ! 世界なんて壊れてもらって構いません!」
「滅多なこと言うんじゃないわ! ワシはまだ死にとうないんじゃぞ!!」
「……あ、魔法陣に魔力が溜まり始めた。」
「さあて……神頼みといきますか……」
フリルの頬に、冷たい汗が伝う。
五千枚を突破した魔法陣は、フリルを覆うように展開し、徐々に魔力を注ぎ込まれていく。
フリルの手に、白い稲妻が走り出す。それは徐々に拡大し、フリルを中心に空が明るく照らされる。
それは加速度的に広がっていき、空気を切り裂き大気を揺らし、なおも激しく広がり続ける。
「……………どうかな」
その呟きは稲妻の唸りにかき消され、魔王に届くことはなかった。魔王は何もせず、黙って徐々に広がる稲妻を眺めている。
もう半分の魔法陣に魔力充填が完了していた。フリルは何かを待っているようだ。少し速度を落としていた充填速度を一気に戻し、四千枚まで充填を完了する。
「…………もうちょっと頑張ってみるか……」
「……五千枚で止まってた魔法陣がまた増え始めた。でもちょっと遅い。」
「当たり前ですよ! あんな数の充填済みの魔法陣を維持するだけでも、相当な神経使います! 私ほどの天才になれば、五枚くらいは同時にできますがね!」
「千分の一じゃな」
「単純な比例ではですよ! 難易度的には0が100個くらい足りてません! 一生かかけようが、できるようになる気がしませんし!」
シルビアの解説に、特に誰も反応はしなかった。フリルの力を想像すること程、無駄で時間を殺すものはないからである。
「はぁ、最後に子供たちに会いたかったの」
「最後だなんてなんてこと言うんですか! フリルさんを信じましょう! 転移魔法やマップ、あの人は、ずっと私たちの想像の斜め上を超えてきたじゃないですか!」
「そうじゃな、あとは神に祈るのみじゃ。」
まさに九千枚に届こうとしていた時だ。魔王も稲妻の渦に包まれ、魔法陣は八割が充填完了した時点で、あたりが一気に暗くなった。音も止み、静けさが一体を包む。
フリルの表情が少しだけ明るくなる。
瞬間、フリルの前に、この世の人間とは思えぬほど美しい人が現れた。髪は白く、瞳は黄金に輝く女性だ。
「女神様……ですよね?」
確かに、はっきりとフリルは女神と言った。
「えぇ。なぜ来たかわかりますね」
美しい姿に似合わず、少しノイズの入った響きのある声。冷たく呆れを含んだような、迷惑を押し殺したような声音の質問に、フリルは答えず、残りの魔法陣に魔力を込めながら苦笑いをする。
「無視するんじゃなぁ! あなたの担当女神は誰ですか!」
「いやぁ……それが覚えてなくて……」
「困りますよまったくもう。そんな魔法を使われると、他の世界にも影響が及んでしまうのでここに来ました。ていうか、早く魔力充填止めなさいっ?! もうそれアウトだから!!」
「ははは……」と空笑い、フリルは女神の絶叫を軽く流した。
「ちょっとお願いがあるんですけど、稲妻が覆ってる範囲を外界と切り離してくれないですか? そしたらこれ、どうにかできるんで」
女神を名乗る女性はため息を吐く。すると、背に鳥のような美しい白い翼が生える。
「人間の頼みで女神の権能を使いたくはないんですが。女神の力も毎月の給料制なんですよ」
「給料制……そこをなんとか頼みますよ。」
指を折って何かを数え始め、また大きなため息を吐き、目を閉じる。胸の前で手を組み合わせる。
「天主よ。女神の権能を与えたまえ。」
ゆっくりと目を開き、そのままガン開きとなった。
「き、き、二ヶ月分の給料とかマジですか?! 天主様?! ただの壁でそんなにとるんですか!? 誰なのよほんとに!! 他神のせいで明日から極貧飯じゃないのよぉぉ!」
神の権能の対価は後払い。どうやら想像以上の出費だったらしい。先ほどまでの美しいイメージが、完全に壊れていく。
「うぅ……絶対犯神見つけてコロス……」
「すいません、もう大丈夫ですか?」
「さっさと打ちなさい! ああもう! イライラするわ! あなたは別に悪くないのに!」
なんだか居心地の悪いフリルであった。だが、ようやくフリルのターンが始まる。最後の一枚を充填しおえたフリルは、範囲内に入っていた魔王めがけ、一気に魔力を解放する。
途端、龍の咆哮の如き爆音と共に何千倍にも稲妻が広がり、とてつもないエネルギーが魔王を襲う。
フリルの渾身の一撃、しかし、
「本当に打ちやがっただと……?」
魔王は交わすことに成功していた。魔法の光で女神が見えておらず、世界が崩壊していないことに疑問を抱く。
「まだだ!!」
神の権能で外界を閉ざされた壁に反射し、魔法は魔王めがけ一直線に走る。予期しない挙動をした魔法に、魔王の反応が遅れる。
「な、なに!? 貴様あああ!! クソがあああ!!」
直撃したが、魔王は魔力を解放し、ギリギリでフリルの魔法に拮抗する。服が消し飛び手の皮が捲れ上がる。
「どうやら、有言実行できたようだね」
「ぐ……ぐあああああああああ!!!」
時間をかけ丹念に準備したフリルの魔法と、即席で魔力を解放した魔王。
結果は言うまでもなく、フリルの魔法の圧勝であった。
断末魔と共に魔王は消え、女神の権能で止まっていた世界は、何事もなかったかのように再び動き始めた。
同時に、フリルに一言残し、女神を名乗る女も消えた。
「……ふぅ………今回ばかりは流石にまずいかと思ったな」
薄暗かった空気は晴れ、爽やかな風が森を吹き抜けた。
魔王VSフリルの勝負は、精霊王、妖精王、その他の多くの犠牲を出したが、見事フリルが勝利した。
魔人の被害を含めれば、多くの犠牲を出したが、歴代最少の犠牲で済んだのは、他でもなくフリルのおかげである。
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