第24報 新たな住人

「はぁ……これで魔王退治完了か。」

「おつかれじゃったの!」


 魔王を討伐した後、フリルはユグドを縛り付けている鎖に手をかけた。

 鎖に繋がれていると言うのに、陽気なユグドに、フリルは白い目を向ける。


「なんでそんなに元気なんだよ」

「倒したは良いが、どうやって鎖を外すんじゃ?」


 ユグドは全く聞く耳を持たない。

 フリルもツッコむことはなかった。


「こうする」


 自身に強化魔法をかけ、フリルが腕に力を入れると、


 ――ガキン!


 と、鎖は大きな音を立てて千切れた。


「ば、ばか力じゃ………」

「ほら、早くでるんだ」


 フリルがさらに鎖に手をかける。

 フリルは魔法さえ使えれば、単純な握力で岩を粉々にできるほど力が強い。


 バキバキと音をたて、鎖が千切れると、ユグドの上に次々と降り注いだ。


「あイタ! お主! もっと龍王をいたわらんか! この火山じゃと防御力激減なんじゃぞ!」

「良いから早くしろ。体内で魔法行使し続けるのは酷なんだぞ」


 鎖で宙吊りになっていたユグドが、下に降りて服を整える。

 フリルは若干怒っているらしく、冷めた目でそれを見ていた。


「うし、」


 ある程度整え終わった。そして、


「に、人間がブレスを吐くじゃと!?」


 多少状況を整理したユグドが、目を見開いて叫んだ。


          ☆


「龍王様あああ!!」


 屋敷に戻ると、ドラゴンの身体能力全開でポロンがユグドに飛びついた。

 体全体を動かしてブオン! と風を切る音を立てられる存在は、それほどいない。


「なんじゃなんじゃ、ちょっとでとっただけじゃろ?」

「ちょっとじゃないですよおおお!! 確かに時間的にはそんなに経ってませんけどおおお!!」


 確かに、ポロンが言うように、フリルが行ってから一時間ほどしか経っていない。


「まあ、その………悪かったの」


 と、良い雰囲気を醸す二人だったが。


「感動の再会をしているところ悪いが……」

「なんじゃ空気を読めんやつじゃの、全く。おお、そうじゃ、わしもお主に聞きたいことがあるわ! なんでお主がブレスを使えるんじゃ!」

「してみたらできた、以上だ。それで………」


 フリルは珍しく睨みを効かせた。


「なんで封印が解けたのか、その辺じっくり聞かせてもらおうじゃないか」


 封印は、緩んでいたのではなく、完全に解けていた。

 さらに、魔王はフェイク用の台座まで作っていた。

 それは、長いこと魔力供給がなされていないことを意味する。


「ひいい……そ、それには、ふかーいふかーいわけがあってだの……」

「龍王様が言わないなら、私が言います」


 フリルはずっとこれが気がかりだった。

 先程、フリルに手も足も出なかった魔王だが、それはフリルが規格外なだけであって、魔王は魔王なのである。


 もしあれが、フリルたちの住う大陸に現れていたら、全人類もれなく絶滅だ。


 太古の英雄たちが完全に倒せず、やむなく封印を選択したほどの存在。

 完全体ではないとはいえ、それは充分な脅威であることは間違いない。


 そんな危険な存在の封印ならば、強度は念を入れて充分強いものにしているはずである。

 少し怠ったくらいでは、解けるはずがないものなのだ。


「実はですね――」



 ************************


「龍王様、今年は魔力供給の年ですよ」

「えぇ、もうそんな年じゃったか?」


 陽光の差す縁側で寝ていたユグドは、ポロンの声で目を覚ました。

 目をこすって寝返りを打つユグドを見て、ポロンはため息を吐く。


「はあ。さあ行きますよ。封印が解けちゃったら私たちですら危ないんですから」

「おぉ……はあ、気が進まんの。あそこは力がめちゃくちゃに制限されるから行きとうないんじゃ」


 ユグドが、口をとがらし言う。


「それはあなたが勇者たちからの信頼がなかったせいでしょう。もっと信頼されてれば、自然エネルギーを媒介に、ドラゴン特攻の封印を重ねがけするような真似はしなかったはずですよ」

「にしてもやりすぎじゃろ!! あんなところで小指でもぶつけようものなら、折れてしまうわ」


 ユグドのこの発言。

 この時点で、うすうすポロンは感じていた。


「痛ったああああああああ!!!!!!!!!!」


 こうなることを。


 火山に入って祭壇を目指している途中、運悪く、階段で躓いた反動で、思い切り小指をぶつけてしまったのだ。

 ブチギレたユグドは、怒りに任せてその岩目掛け、腕を引く。


「あ、あの、ここ火山ですよ……?」


 ポロンの忠告も聞かず、頭に血の上ったユグドはそのまま腕を振り下ろした。


「ばかもの!!」


 ――ボキ!!


「あぎゃああああああああああ!!!!!!」


 力が封印されており、大きな怪我はなかったものの、岩をなぐれば当然痛い。

 痛々しい音を奏でたユグドの小さな手は、どこが指かわからないほど真っ赤に腫れ上がっていた。


「もうよいわ! 帰る! あのクソったれ勇者ども! 絶対許さんからなあああ!!」

「ああ! 待ってください! そんなに急いだら……!」

「たわけえええええ!! りゅうおうが転ぶかああ!」


 と、反論したユグドだったが、小指の痛みで思うように足の上がらなかったので、その結果。


「あぎゃ! ヘブっ!」


 階段でまた足をぶつけ、盛大にひっくり返ったのだ。


 ********************


「ということがあり」

「つまり、ほとんど逆恨みで魔力供給をやめたと? そういうことなのか?」

「ええ、そういうことです」


 先程までの感動的な雰囲気は既になく、いままでの鬱憤を吐き出すようにポロンは全てを話した。


「ポロンんんん!!!! お主、龍王であるワシの顔を少しは立てようとせんかああああ!」

「いやです。反省してください」

「・・・・」


ユグドはしばらく黙る。


「はい、反省した。フリル! お主、第二門セカンドゲートだのなんだのといっておらんかったか?」


「ちょ! それじゃ許されませんよ!」とポロンがキレる中、フリルは対して気にしていないようであった。


「お主、もしや、自戒者じかいじゃか?」


 自戒者じかいじゃとは、その名の通り自分自身に封印をかけ、力を抑制している存在の総称である。


 世界の強度に対し、力の強すぎるものが、できるだけ物を壊さないように、自分の魔力に区切りとなる封印をかけるのだ。

 するのは、主にドラゴンやエルフといった、莫大な魔力を持った上位種で、普通、人間はしない。


 フリルは頷いた。


「わしの攻撃を受け止めるレベルの障壁魔法を使っておきながら、あれが全力ではないと……?」

「まあ、そういうことになる。それじゃ、俺は村のみんなが待ってるので帰る」


 フリルが転移魔法を発動しようとすると、


「ありがとうな、フリル」


 塩らしい顔で薄い笑みを浮かべるユグドが目に入った。


「私からも、ありがとうございました」

「これからは魔力供給する必要もなくなったわけだ。達者でな」


 フリルは淡白に返す。

今度こそ魔法陣を展開させると、


「待てえええ!! わしも、その村とやらに連れてけ!」


 急に叫び出したこと、そしてその内容にポロンは大きく口を開いた。


「なに言ってるんですか! 龍王様が! あなたは龍王ですよ龍王!」

「じゃが、もう決めたんじゃ!」

「そんなこと許しませんよ!」


 転移魔法に乗っかろうとするユグドを、全力でポロンは引き止める。

 ユグドはフリルの許可を、そしてポロンはユグドをなんとか説得してくださいと、フリルを見た。


だが、フリルにはポロンが一緒に行きたいと伝わったらしい。


「……ま、まあ、来るくらいなら」


        ☆


「まあ、そういうわけで、」


 ドラゴン族のナンバーワンと、ツーを脇につれ、村に帰ったフリル。

 家のリビングに出ると、先に帰っていた二人が居た。


 あれだけ深刻にユグドの救出をお願いしていた二人だが……どうもフリルの心配をしていた様子はない。

 それどころか、


「ルー! がんばれーー!!」

「………ルー、もう少し、がんばれ。」


 フリルの帰宅に気付いてすらなかった。


「帰ってきたんだが……なにしてるんだ?」

「なんじゃ?」


 見れば、その注目の先には、薄皮がまだ取れていないルーがいた。

 頭以外の皮はすっかり剥け終わっている。


 どうやら、こちらも最終局面を迎えていたらしい。


「クゥ!!」


 前足を器用に使って皮を取り除くと、ルーが雄叫びをあげた。


「やったあああ!!」

「……うん、よくやった。」


 ルビーと呼ばれる由縁。ルーの新品の鱗はいつもより鮮やかさを増していた。

 それと、ひとまわり大きくなっていた。

腕で抱えられるほどだったのが、背中に背負えるくらいになっている。


「そういえば、ルーの容態がおかしかったからドラゴン島に行ったんだっけな……いろいろありすぎてすっかり忘れてた」

「龍王様がもったいぶったせいですね」


 白い目を向けられるユグドだが、我関せず、とばかりに半笑いを浮かべていた。


「ルー、おめでとう。無事に脱皮できたみたいで」


 フリルがいう。


「あ! フリルさんっ! 帰ってきてたんですね? あ、ユーグちゃんも、ポロンちゃんもセットで」

「……げ、ユーグ。なんでここに。」


 ヴィネスが顔を歪める。


「なんじゃ、いたらわるいのか?」

「違いますよ龍王様、皆さんあなたの心配をしてくれていたんですよ。二人ともフリルさんに龍王様を助けるようお願いしてくださったのですから」


 ユグドが、ポロンから視線をゆっくりとその二人に視線を移す。


「そうじゃったのか。心配かけてすまんの」

「ああ……なんかむかつきますけど、ユーグちゃんが無事で何よりです! フリルさん、お疲れ様でしたっ!」

「……別に心配してないんだけど。フリル、おつかれさま。」

「魔王とやり合ったというのに、お主の仲間は随分と軽いの……。ところでヴィネス」


 ユグドは目を細めると、イタズラな笑みを浮かべてヴィネスに寄った。


「ワシを助けて欲しいと頼んだそうじゃないか?」

「……うざい。ニヤニヤするな。だいたい、私はその場の流れに乗っかっただけだし、言わなくてもフリルは結局助けてた。だけど、あんだけバカにされて、フリルがお前を助けるのもちょっと癪だろうなと思って、フリルの助ける動機を作るためにそういう。演技!をしただけだから。」

「ようしゃべるようしゃべる」

「……この、クソチビ。」


 仲睦まじく、ヴィネスとユグドが戯れる中、ルイスがフリルに声をかけた。


「魔王はどうなったんです?」

「倒したよ、分割して封印されたうちの一つだけどね」

「あぁ……とうとうフリルさんも英雄になられてしまいましたか……でも、誰も信じないでしょうし残念ですね。」

「まあ……そうなる、のかな? ところでハユは?」

「元気に遊んでますよ! それで、なぜこの二人が?」


 フリルは一旦二人を見ると、ため息混じりに言う。


「実は、ここに住むことになったんだよ。」

「ええ! いいですねっ!」

「毎度のこと、受け入れが早くて助かる……村人が増えるのはいいんだけど、」


 歯切れの悪い理由は、ルイスもなんとなく察していた。


「まあ確かにそうですね。龍王を村人として従えちゃったらますますフリルさんがわけわかんなくなっちゃいますね」


 と、ルイスはケラケラ笑った。


 リビングには斜陽がさしていた。まだ昼前。

 午前中色々あって、フリルはもうお腹いっぱいだろうが、太陽はまだ一日を終わらせる気はないらしい。


「そうじゃ、せっかくきたんじゃから、人間の王に挨拶しておかんとの。縄張り争いなぞしとうないからの」


 時間的にはちょうどいい時間だろう。

 ユグドはフリルに近ずくと、


「フリル、連れてって?」


 と、上目遣いで甘い声を吐いた。


「まあ、俺も少し気になる用事があったし、連れて行ってはやるが、それやめろ。シンプルにムカつく」

「ふふふ、ユーグちゃん、心やさしいフリルさんにここまで言わせるなんて、さすが龍王様ですね」

「おい、どういう意味じゃ」

「なーんでーもなーいでーすよー」


 ルイスがうすら笑いを浮かべてユグドを笑う。


「……私も、あのクソ上司に用事がある。」

「まあ、まだ昼前だし、今から行こうか」


【作者より】


 今回、長くなってしまって申し訳ないです。


 次回。おそらく、この作品を見てくださっている方の99、9999パーセントが待ち望んでいたであろう展開が……展開が!


 きます。


 察しの通り、ざまあな展開です。


 ヴィネスにクソ上司と揶揄される存在が、ついにざまあな感じになります!


 そして、謎の転生者との邂逅も!


 フリルの強さの謎が明かされるのか、明かされないのか!

 なにやら意味深な言葉も出したり出さなかったり!



 ということで、二章もそろそろ終わりを迎えます。


 なんともまとまりのない構成ながら、見てくださった方々、レビューをつけてくださった方々、本当にありがとうございました。


 ランキングにも度々載せていただけたのは、単に皆様方の応援があってこそです。

 つい先日、リワードを初めて獲得できました。お小遣い程度の少額ですが、私自身の執筆が、お金に変わった瞬間はなんともいえぬ幸福感でした。


 本当に、皆様のおかげです。

 今後とも、拙いながら精進してきたいと思いますので、この『追放された元賢者、僻地でのんびり村を作る』をよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る