第31話 魔人集結 ☆
数日前、世界のトップ層は、魔王の誕生を瞬時に察知した。
「今回はフリルがおるからの。完全に倒せるとよいなぁ」と、楽観的な龍王ユグド・レイシル。
「そんな……魔王の復活が想定より百年も早いなんて!」と、顔面蒼白の聖霊王クレム・デヴィメント。
「またあの地獄が始まるのか」と、妖精王コルベード・スリリン。
「この腹の底が落ち着かない感じ……魔王?」と、勇者カエデ・フタバ。
若干2名を除き、再び訪れる地獄に備え、王自ら指揮を取り、魔王討伐へと本格的に舵を切った。
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「お久しぶりです魔王様」
暗い洞窟の中。跪く魔人が一人。
「各地で封印が解け、魔人が徐々に復活を果たしております。強い者は魔王様の封印解除を、弱い者は現代の強者を狩りに行っております。おそらく、後数時間で魔王様本来の力を取り戻されるはずです」
跪く魔人の前には、一人の男が立っていた。身長約2メートル。ツノが生えていること以外、人間とほとんど変わりない姿の細身の男である。切長の目に、髪の間から端正な顔が覗いている。
「魔力が増えた」
「おぉ! おそらく魔人が封印を解除したのでしょう!」
無言が否定を表す。魔王本体の封印が解除されれば魔力は爆発的に上がる。確かに増えてはいるが、そこまでの量ではなかった。
「魔人がやられたか」
「魔人がですか?」
「俺が封印されたのも、聖霊を捕まえるのが楽しすぎて、魔人を作りすぎてしまい、俺自身の魔力が減ったのが原因だ」
魔人は魔王の考えを察し、動揺を見せる。話の流れからして、魔王は完全復活のために魔人の数を減らすつもりだ。そうなれば、現時点で簡単に処分可能な者からやられる。
つまり、自分だ。
「丁度いいな。減らすか」
「待ってください! 私はまだ魔王様のお役に立つことができます!! やられたのはおそらく討伐に回っていた弱い者達、私が魔王様の手を煩わせることなく、その者を殺して参ります!」
しばし沈黙の後、魔王は魔人の側を素通りし、洞窟を去った。どうやら、処分を免れたようだ。
冷や汗で水溜りを作っていた魔人は、急いで魔人を殺した者、怪物フリルの捜索にかかった。
仲間に声をかけ、徐々に数を増やしながら。
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フリルはエルフの国に行ったことがないため、フィナーシャにマップで位置を教えてもらい、転移した。飲み込むのに時間がかかったのは言うまでもない。
フリルが着いた頃には村の八割が崩壊し、国土の殆どが焦土と化していた。生き残った者たちも、族長と魔人の戦いの余波に巻き込まれ、殆どが怪我を負っている状態だった。
もはや復興の余地など、ないように見える。それほどひどい惨状だった。ユグドの言っていた、魔人と戦えば人間たちは無事では済まないというのも、大袈裟な予測ではなかったようだ。
着いた瞬間のことだ。
爆風がフリル達を襲い、周囲の枯れ木が全て吹き飛んだ。障壁をまとっていたため直撃は免れたが、威力が明らかに先ほどの魔人たちとの戦いとは違った。
「族長は、私がフリルさんを見つけるまでの10日間戦い続けているんです……」
「10日間……」
深刻そうにフィナーシャはいうが、常識知らずなフリルは、王宮でのことを思い出し、まだ大丈夫そうだな。という感想を抱いた。何せフリルは三十連徹を果たした男である。モンスターピートが発生すれば、十連徹などザラにあった。
「はぁあああ!!」
頭の飾りが特徴的なエルフの女性が、手をかざして叫ぶ。
魔人を中心に、巨大な火球が現れた。
魔人とエルフの族長の戦いは、既に10日も経っている。エネルギーがほぼ無限、そして魔法ではないため攻撃が通る。
だが、それを加味しても、やはり魔人を倒すまでには至らず、ジリジリと体力を削られ、命のリミットが迫っていた。
エルフの族長ミラヴィーは、美しい顔を歪ませ、爆炎の中を睨み付ける。
「あ……が……が……」
その熱量で体のほとんどが蒸発し、言葉も話せないほどボロボロの魔人。
ミラヴィーは、そこに、追い打ちをかけるように氷結させ、更に鋭い岩を何百も突き刺し、圧縮する。
直径30メートルほどの巨大な岩が空中に出来上がった。
その岩に亀裂が入り、魔力の波動がミラヴィーめがけ飛んでくる。
特に問題なくかわすミラヴィー。
「まだ、無力化できないのか……」
実力では圧倒している。だが、魔人の耐久力が尋常ではない。そのため、このような戦いをずっと続けていた。
「あと100年は大丈夫だという妖精王の話はなんだったんだ……」
「族長様ー!! フリルを連れてきましたー!!」
「!?」
下を見れば、フィナーシャが手を振っていた。
「なぜここにきた! ここは危ない! 今すぐ皆が避難しているアンペイ村にもどれ!」
ミラヴィーの忠告を無視し、焦土に似つかわしくない笑顔で、フィナーシャは魔人のいた方を指差す。
「しまった、魔人から目を!」
魔人の方を見て、ミラヴィーは固まった。
上裸の筋肉だるまが、先ほどまで苦戦していた魔人の頭を貫き、突き出た先の手には、禍々しい球が握られていたのだ。
「意味が……わからない……」
ですよね。その気持ちすごくよくわかります。
フリルが腕を抜き取り、距離を置けば、魔人はたちまち霧散した。
10日も戦った相手が目を離した隙にやられる。そんなファンタジーをすぐに受け入れられるわけもなく、ミラヴィーは目を白黒させる。
「フィナーシャ、あれは仲間なのか?」
とりあえず、フィナーシャの元に降りる。
「もちろんです! 助けてくれたんです! 族長様は大丈夫ですか?」
「あぁ、少し疲れたが攻撃は一度も食らっていないからな」
そこに、フリルも降りてくる。
「初めまして、フリルです。フィナーシャに助けを頼まれてきました」
ミラヴィーは若干警戒の色を隠せないものの、族長として救ってもらったことに感謝を述べる。
フィナーシャでご存知の通り、エルフはかなり高潔な種族。
それは族長とて変わらず、顔には出さないが上裸のフリルに耳を赤くし、頭を下げていた。
「助かった。なかなか魔人相手にとどめをさせなかったところだ」
「いえいえ。もしよければ、森は戻しておきましょうか? エルフにとって森は命だと聞きました」
「いや、森はまた再生する。それより、何かお礼をさせてほしい。これからアンペイ村に戻るが、時間はあるか?」
フリルは考えるそぶりを見せた。嬉しい誘いではある。フリルは知識欲旺盛で、新しい物事に強い興味を示す。ひとたび集中すれば一週間は飲まず食わず寝ずを、余裕でぶっ続けられる怪物なのだ。
大きな種族群で、おおよそ大陸が分かれているため、エルフに関する文献は数少なく、知りたいことが山ほどあった。特に、エルフや他の妖精属が操る自然エネルギーには多大な関心があり、誘いに乗ろう。そう思ったフリルであった。
しかしながら、
「ウソ……だろ……」
返事を待たずしてミラヴィーが声を上げた。
ミラヴィーの瞳に多数の黒い影が映っていた。同時に絶望に染まり、ガタガタと震え始める。
ミラヴィーの見つめる上空に、
「わざわざ見つけやすくしてもらってありがとうな。サーデル・フリル」
ミラヴィーが10日粘った上に、倒すことのできなかった魔人の姿があった。数にしておよそ60。
先ほどの魔人の比ではない程でかく、この世のものではないような禍々しい姿をしていた。あれは、戦ったことがない人間でも察しがつくだろう。
明らかに、先ほどの魔人の、格上の存在だと。
「どうやらまだ打ち上げ、とはいかないようだ」
フリルは空に浮かび上がる。
「フィナーシャと族長さんはその村とやらに逃げてくれ。流石にこの数の魔人相手に、誰かを守りながら戦うのは少し厳しそうだ」
強がりか、挑発か、フリルは少しと言い切った。本当に少し厳しいだけなのだろうか。フリルを見ても、切羽詰まった様子は確認できない。
仮にそうだとして、フリルはアンペイ村の場所を知らないため、転移門は出せない。二人はどっちにしろ、自力で逃げなけらばならない事になるが、二人の実力では応戦しながら逃げるというのは、流石に厳しそうである。
「頑張ってくださいフリル!! 行きましょう! 族長様」
「……わ、私は一族の長だ。わたしたちを救ってくれた彼を見捨てることはできない」
「大丈夫です! 本当にあの人やばいんで! ぜんっぜん心配しなくて大丈夫ですよ! それよりあの人が思う存分戦えるように離れた方が助けになります!」
「しかし……」
「奴らを殺してこい」
リーダー格の魔人が指示を出す。すると、一人の魔人が消えた。
エルフ二人の目の前に現れた瞬間、腕を思いっきり引き絞り攻撃体制に入っていた。
「!!」
「!?」
驚いたのはエルフだけではない。
魔人はカッと目を見開く。
魔人とエルフの間に立ちはだかったのは、筋骨隆々のフリル。
ではなく、細マッチョとなったフリルであった。髪は相変わらず魔力色に、今度は瞳の色まで魔力色に染まっている。
「人質を取ると後悔するよ。魔人にも痛覚が相応にあることはわかっているんだ」
ブチギレた前科のあるフリルの言葉は重かった。軽く腕を振る。
思い切り腕を引いていた魔人は、衝撃波をモロにくらった。
上半身から上が吹き飛び、足だけが残る。
そして、その後ろで命の危機が迫っているというのに、フリルの言葉に頬を染めているものがいるが、誰かは察してほしい。
「フリル……さっきより細くなってます?」
「だんだん操作ができるようになってきてね。今くらい魔力量なら、このサイズにまで押さえつけられる」
ちなみに、フリルの魔力量は微量に漏れ出ただけで物質が魔化するような、とんでもないレベルの魔力である。
(魔化という現象は、最終魔導兵器を持って、初めて確認されるような現象です)
当然、魔力の大きさによって操作難易度は跳ね上がるはずだが……フリルにとっては、一発の魔法で世界丸ごと消し飛ばせるレベルの魔力は、このくらいらしい。
その様子を見ていた魔人たちの中から、こんな声が上がった。
「お、おい!! 俺はあんなバケモンを相手にするとか聞いてねえぞ!」「明らかに本気じゃない攻撃で最終形態の魔人が吹き飛ぶんだぞ!? 何が少し強いくらいのただの人間だ!!」「あんなバケモンどっから湧いてきやがった!」「数百年前にはいなかっただろが!」
どうやら、魔人も一枚岩ではないらしい。だが、次の言葉で魔人は嫌でも一丸となるしかなかった。
「言ってなかったな。ここで死のうが死ぬまいが、逃げれば確実に魔王様に殺されるぞ」
固まる魔人たち。魔人をこれほどまでにすくみ上がらせるのが魔王という存在のようだ。とても常人では想像のつかない領域の生物らしい。
「全員と戦わなきゃいけないらしいね」
フリルも腰を落とす。そして、戦闘が始まった。
フリルは魔人に突っ込んだ。咄嗟に魔人は、拳を一つ繰り出す。
それが当たる前に、フリルの拳が3発先を行く。
魔人の拳は消し飛び、体にもフリルが通れるサイズの穴が二つ。
だが、まだ魔人を倒しきれていなかった。上位の魔人ともなれば、呪縛玉の操作も桁違いに跳ね上がるらしい。
瞬時に呪縛玉を足に移動させた魔人は、まだ生き残っている。
魔人は即座に腕を再生させ、フリルの片腕を掴む。それを皮切りに、魔人たちが次々とフリルに向かって突っ込んだ。
「くっ……」
振り払おうとするが、何十人の魔人が全力で止めにかかれば、フリルとて引き剥がすのは容易ではない。
その間に、逃げていたエルフ二人に危機が迫っていた。
一人残った魔人が、二人の元に向かった。ミラヴィーと魔人が対峙する。
「離れていろフィナーシャ。はぁあああ!!!」
眩い光が弾け、その禍々しい体を包む。
「くそ………」
だが、魔人にはまるで効いてはいなかった。
「その程度か?」
「逃げろフィナーシャ!!!」
魔人の手に、漆黒の光が浮かぶ。先ほどの技を真似て、放とうとしているらしい。
命の危機が迫る中、フリルはいまだに身動きが取れないでいた。
力めば魔力が漏れだしてしまい、余計に魔人に押さえつけやすくしてしまうだけ。
絶体絶命。
そんな時、
『フリル様……私はあなたに助けられた精霊です。あなたの魔力を私にお貸しください。あの二人は私が守ります。』
!? フリルは驚く。しかし、今はなりふり構っていられなかった。
「なんでもいい! いくらでも貸す! あの二人を守ってくれ!!」
『わかりました。私の命に変えても、あの二人を守り抜きます』
言った瞬間、フリルは魔力が抜けていくのを感じた。膨大な魔力が、堰を切ったように流れ出る。このまま抜け続ければ、魔人の攻撃に耐えられるだけの力まで無くなってしまう。
フリルは咄嗟に、魔力封印の蓋を開く。
「
開いた勢いで再び魔力が溢れるが、一瞬で体に押し込める。しかし、抑えがまだ難しく、体は筋肉だるまへと戻ってしまっていた。
フリルから、魔力流出が止まった瞬間。
ミラヴィーに攻撃を仕掛けようとしていた魔人の腕が、跡形もなく消えていた。
その後ろには………白い光を纏う少年の姿あった。
「あなた達も、私とフリル様が必ず救います」
その言葉は、ミラヴィーやフィナーシャではなく、魔人に向けられているようだった。
反転した魔人は、咄嗟に腕を振るう。
しかし、引いた腕は消失。続き、右足も、左足も。
「つ……つよ………バケモノが………」
「魔王が片づけば、すぐに解放します。もうしばらくご辛抱ください」
手をサッと下に振る。魔人の体は花びらが散るように音もなく消え、コロンと呪縛玉が地面に転がった。
「誤解があります」
少年は呪縛玉を拾い、独り言のように呟く。
「本物のバケモノは僕ではなく、私を生み出してもなお激しく溢れ出る魔力を、体内に押さえつけ続けている、フリル様です」
最強の戦士、爆誕!!
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