第40話 人間の少女?

 空へ飛び上がり、雲にぶつかる。かと思いきや、辺りの景色がスッと晴れ、荒野が現れた。


「少し明るくなったくらいか。空は相変わらず赤黒いな」

「あっちの方に建物見つけたから行こう。早く村に戻らないと」

「今日は遠足の約束をしていたな」


 街は晴れやかで、東国の遊覧街に似ていた。隙間なく立ち並ぶ木造の建物に瓦、それからさまざまな色のオーブが街を照らしている。歩いている者たちは人間には見えない。一つ目だったり、岩のような頭をしていたり、体から木が生えていたり、異形ばかりである。


 埃っぽい古い店に立ち寄った二人は、飲み物を一杯注文する。

 中は空いていて、二人は店の奥の丸い席に着いた。


「さっきのやつだが、言っていたことは本当だった。ここは冥界という場所らしい」

「てことは、俺たち死んでる? いや、でも……死ぬようなことしたっけな」

「何かの手違いだろう。記憶が正しければ俺たちはただ寝ていただけだ」

「そういえば心当たりがあるだけど、ディノス倒す時女神が現れたんだよ。それで、結界張ってもらって、魔法ぶっ放したわけ。その時言ってたんだけど」


 女神の言葉をフリルは思いだす。他の神のミスでフリルはここに来た、と、そう言っていた。


 そして、こうも言っていた。『あなたたちはこの世界にいていい人間じゃない』と。


「もしかしたら、神様が関わっているのかもしれない」

「ミスでここに来た、か」

「多分、ディノスもそうだと思うんだよね。普通さ、その世界を壊せるような奴を入れないだろ?」

「かもな」


 フリルがふと外を見ると、人混みの中をかける被り物をしたヒト型。それを追いかける数人の異形が見えた。こっちの世界に来て初めて見るヒト型である。


 自分達の他にはいないのではないかと、そう思っていたところに幸運が舞い降りた。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。


 二人はすぐさま店を出た。


 そして、ドン! とディノスにぶつかり、よろける少女。落ちた被り物から現れたのは、髪はボサボサで、長い間風呂に入っていないような汚れた女の子だった。

 顔も体も泥だらけで、靴も履いていない。来ている服は……薄汚れているが、ちょっとやそっとじゃ作れないような複雑な作りをしていた。


「っ………」


 尻餅をついた少女は、ひどく怯えた顔でディノスを見上げたまま固まる。丸い瞳は紅色で、瞳の中には小さな星が二つ浮かび上がっている。


「やっと止まったか、ぶっ殺せ!」


 後を追ってきたらしい異形たちが、周囲を取り囲む。一斉に変な形の刃物を抜くと、少女めがけ飛びかかった。その眼前に、ディノスが立つ。


「大丈夫? ちょっと話聞かせてくれる?」

「………あっ……あっ……だれ……私……殺される……」

「大丈夫、殺さないよ。さっきぶつかった人も悪い人じゃないから安心して」


 その隙に、フリルは少女を介抱する。

 おってきた男たちは、明らかに二人にも殺意を向けた。


「おい、なんのつもりだ! どけ!」

「貴様らこそ、一人に寄ってたかって殺すだのなんだの、どういうつもりだ?」


 ディノスの睥睨は、その者たちを簡単にすくみ上がらせる。


「ど、どかねえならてめえらごと殺すぞ!」


 ディノスがニヤリと笑う。


「やれるものならやってみろ」


 ターゲットを変え、十数人全員がディノスに狙いを定めた。洗練された動きで、目に留まる間も無く刃物が振るわれ、ディノスに当たる。


 バキンッ! と鋭い音を立て、刀身が宙を舞い、地面に刺さった。


 刃物を見つめて固まる異形たち。ディノスの障壁魔法には、文字通り刃が立たなかったようだ。


「満足か?」


 ディノスは重力魔法を選択。全員が、折れた刃物と共に宙へと浮かび上がる。


「や、やめろ……危ないだろうが……刃物を宙に投げたら……」

「先ほどまで人に向けておいて、よくもいえたものだ」

「ディノス、そいつらにも一応話聞きたいからさ?」

「わかっている」


 異形たちがゆっくりと回転し始める。さながら、ミキサーである。


「や、やめろ!! あぶねっ!」


 異形たちは体を捩り、必死に刃物を避けるが、それも時間の問題だった。


 風は徐々に加速し、目に見えぬほどの速さとなった凶器に、全身を切り裂かれた。


 ディノスが開放すると、ドタドタと音を立て、空から落ちてくる。


「なぜこのガキを追いかけ回している?」

「はぁ……はぁ……わかったぜ、貴様らその見た目……フヘン一族か……」

「三秒以内に答えろ。3……2……」

「わ、わかった! 答える! 答えるから、待ってくれ……」

「1」


 パンっと小気味のいい音を立て、異形の頭が破裂する。


「さて、次はお前たちだ」

「ディノス、ここは視線を集めすぎる。それに、他にも集まってきてるやつがいる。一旦影に潜もう」


 ディノスはうち一人を掴み上げると、フリルの後を追った。


 薄暗い路地。街灯の当たらない汚れた小路には、蟲やゴミが散乱していた。


「知らないんだ!! 本当にそのガキをずっと殺せって上から命令されてええ!!」

「後で真偽は確かめるとして、何かしたのかクレイア」


 クレイア、先ほど追われているところを助けられた少女だ。ひどく怯えており、ディノスが視線を送る度に、瞳にたくさんの涙を溜めていた。

 ディノスもそんなに悪いやつではないのだが、先ほどの惨状後だ。

 事情を知らない人からすれば簡単に人を殺す冷徹な人間に見えるのかもしれない。


「そんなにビビらなくて大丈夫。あの人殺意向けられるのが大っ嫌いなだけなんだよ。いつもは子供たちと満面の笑みで遊んでるただの優しいおじさんだからね」


 涙をポロポロ落としながら、クレイアは首を横に振った。


「ということだそうだ」

「や、やめてくれ!! ほんとなんだ! 俺たちは本当にただ!」

「お前たちの親玉はどこだ」

「そ、それは……教えられねえ」


 フリルがさっとクレイアの目を隠す。


「そうか、まぁどっちみち確認するつもりだったからな」


 頭を掴んでいる右手に、魔力が集まっていく。異形は、三つ目から涙を流し始める。


「やめてくれ……たのむ……たのむ……」

「人に刃物を向けておいて、命乞いとはいい度胸だな」

「たのむ……」

「いいだろう。この魔法に耐えられたらお前を解放してやる」


 異形はパッと希望を見せるが、ディノスが使おうとしている魔法は、頭の中を覗く魔法。助かる見込みなどないのである。ディノスの腕が発光し、ミッ!! と小さい悲鳴をあげて、息たえた。


「鬼畜なんだから……子供達の前で暴力行為はやめてくれよ。トラウマになったら困るから。それでなにかわかった?」

「気をつけよう。こいつは本当にただの使いコマだったらしい」

「じゃあ、あんまりいい情報はなかったんだ」

「いや、一つあった」


 記憶を覗き見たディノス。

 しかし、この時見た記憶は、これから相手にすることになる厄災の、ほんの一部の情報だけであった。

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