冥界の姫編

第39話 冥界の使徒

 暗く、足元には重たい煙が漂っている。

 赤黒い空には、鉛色の雲が浮かび、枯れた木々が小丘の上にまばらに生えていた。


「なんだここは」

「こんな景色初めてみたなー」


 フリルとディノスがそこにいた。警戒しながら足元の悪い地面に障壁魔法をかけ、探索がてら周囲を歩き回る。


「転移は使えないっぽい。マップも試してみたけど、天上の雲っぽいのが邪魔してまともに映らない」

「魔力探査もあまり使えんな。この薄暗い空気が邪魔をしているらしい」


 魔力の反射で確認できる範囲は、およそ半径2メートル。かろうじて足元の安全のみ確認できる程度であった。

 二人は色々試しつつまっすぐ歩き続けたが、再びみたことのある場所へと戻ってきていた。


 黒い枯れ木の傷を眺め、魔王は再び周囲を見渡す。


「先ほど付けておいた傷だ。どうやら一周してしまったらしい」

「210歩で一周か」

「数えていたのか?」

「いや、ここについて何歩歩いたか数えただけだよ」


 すごい記憶力だな、と感心するディノス。すると、周囲に変化があった。フリルらを中心に灰のような黒い粉が舞い始める。

 薄暗い空間、小山の影から複数の視線を感じた。


「何か来る」

「ディノス、俺はちょっと周囲を探るから、地上は任せた!」


 フリルが上空に浮かんだ途端、ディノスの周囲を膝下くらいの異形の者が取り囲んだ。


「いひひ、いひひ、人間だ、人間だ」


 1匹がそういえば、合唱が始まる。


「「「殺せ、殺せ」」」

「「「「「殺せ、殺せ」」」」」


 一つ目が赤く光ると、一斉に飛びかかった。おそらく30ほどは居る。恐ろしく早い速度でディノスめがけて真っ直ぐ飛びかかる。


「暇をつぶす方法も奴から聞いておくべきだったか」


 ぼそり。ディノスが呟く。


「遅すぎて軽いウォーミングアップにもならん」


 瞬間、飛びかかった異形が大きな音を立て破裂する。ディノスは、何が起こったかわかっていない異形の頭を掴み、持ち上げた。


「あ、アリエ……ない……アリエ……ない……この空間は………対象の者の力を半分にする……アリエ……ない……」

「それはすごいな。力を半分にした程度で俺を殺せると思ったか」

「……何者……何者……」

「先に質問に答えろ。ここはどこだ、俺たちに何をした」

「シラナイ……シラナイ……」

「そうか、ならば仕方あるまい」


 瞬間、異形は声にならない悲鳴をあげ、激しく痙攣し始める。


「どうだ。効くだろう? 相手に致命傷を与えず、痛みのみ与える精神系魔法だ」

「……アガガ……ガ……っ……」

「話す気になったか?」

「……シラナイ……シラナイ……」

「そうか、ちなみに今のが100段階調節できるうちの一段階目だ。1上がるごとに倍で増えていくぞ」


 異形は再び激しく痙攣し始める。しばらくすれば、全身に至る穴から汁が溢れ出し、一つ目は白目を剥いていた。


「安心しろ。死にはしない。何せ、同時に再生魔法で壊れた神経細胞を、再生させ続けているからな。おまけで更に痛みの許容量を上げておいた。天井なしに痛みは増えるぞ」

「……ソンナ……アクマが……」

「出会い頭に殺意剥き出しで囲んでおいて何をいう。時空の狭間を永遠に彷徨ったりしないのだから可愛いものだろう」


 再び魔法を発動させる。異形は、再び激しく痙攣し始めたあと、糸を切ったようにガクンとうなだれた。


「おっと、寝るのはまだ早い。お前には色々吐いてもらわねばならんからな」

「ギシャアーーーーーーー!!!」


 いった瞬間、異形は叫び声をあげ再び動き始めた。ディノスが魔法を使い、強制的に意識を引っ張り起こしたらしい。気絶で逃げられると思い、安心していたか、異形はワナワナ震え出す。


「ヤ……ヤメテ……クレ……」

「話す気になったか?」

「……ハナス……」


 ここは冥界で、輪廻転生の際に弾かれた魂が集まる場所だという。弾かれる理由は様々で、魂に傷が刻まれている物、漂白できないほど強い意志が残っている物、など、転生の輪に乗せることのできない物たちが集まってしまうらしい。


 この異形はただの小間使いで、親玉がいることもわかった。そいつは輪廻の輪に向かう時点で意識があり、その過程を全て見てきたという。


「ディノス! この空、ただの投影魔法で、飛べばこの空間を抜けれるっぽい!」


 フリルが上から降りてきた。周囲の木々に肉片が散らばっているのを見て、観察を始める。


「ならばお前ももう用済みだな」

「は、ハナシタ! カイホウ……! カイホウ……!」

「この技は、うちの村にいる女神を名乗る奴が使っていた技だ」


 異形の話など聞きもせず、ディノスは掴んでいる手に魔力を集めていく。

 ディノスのいう女神とは、王都が潰れたのでフリルの村に住むことになった、イザベラのことである。一応、本当に元女神なのだが、その品のなさから、一部の人間以外からは『女神を自称する痛い奴扱い』を受けている。


 魔力球に触れたことで、自己防衛が働き女神の力を少しだけ取り戻した。おかげで、ディノスの言うように、相手の脳を覗くことができるようになったのだが、とある事件以降、覗き見行為は禁止されている。


「便利な技だぞ。相手の頭の中身を覗き見ることができるそうだ。ただ、神ではない俺はこうやって相手に触れていなければならないが」

「……ゼ、ゼンブ……ハナシタ! ホント……ノコト!!」

「それに、神ではないが故、そこそこの魔力を使うのだ」

「……ヤ、ヤメロ……ヤメテクレ……ワルカッタ……」


 瞬間、ディノスの腕が怪しく発光し、異形は再び激しく痙攣し始めた。

 魔法発動の際の挙動とは違う、その光に蝕まれ、異形は徐々に脱色されていく。

 灰のように白くなった異形を、枯れ木に投げ捨てた。


「まぁ。神の力を持たない俺が使えば、のぞかれた方は死ぬんだがな」

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