第41話 ディノスの料理
「クレイア、君はいつからここにいるの?」
クレイアは、気まずそうに視線を外した後、小さく答えた。家を追い出され、先ほどのような輩から、もう既に何年も逃げ続けて来たという。ずっと店の残飯やゴミを漁り、生きて来た。
小さな少女には過酷な生活であったことは想像に難くない。ロクに頼れる者もおらず、大勢の人間に命を狙われながら、彼女は生きて来たのだ。
「でも……被り物してたから……クレイア見つからなかった……」
「手が器用なんだな」
やはりディノスは怖いらしい。上目遣いになり顎に皺を寄せ、目にはいっぱいの涙を溜めている。
「はぁ……フリル、食材はあるか」
「んー、あ、あったあった。よかった収納魔法の中身はそのままみたいだ。一応、村で取れた野菜と、獣の肉ならあるよ」
「それでいい」
「調理器具はいる?」
「そんなものまで収納しているのか」
「いや、鉱石があるから、いるなら作ろうと思って」
「……よろしく頼む」
一瞬困惑した魔王は、出来立てのフライパンと食材を受け取り、周囲に結界を張りゴミの侵入を防ぐ。
「このおじさんの料理めっちゃ美味しいから、楽しみにしててね」
「う……うん……」
フリルが保管していたのは、森で刈った獣肉。このままでは固たく筋も多く臭いため、とても食えたものではない。葉野菜を細切れにしつつ、肉には重力魔法でさまざまな方向から力を加え、柔らかくしていく。
同時にフライパンの火力を調節し、薄くスライスした肉から焼いていく。
「フリル、塩はあるか」
「海水ならあるから、今から作るよ」
「……お前は器用だな」
塩をふりかけ野菜を投入してしばらく焼く。ただ、塩だけでは獣臭さは消えない。ダメもとでハーブを注文したが、なぜかフリルはありとあらゆるハーブを収納していた。それを香り付けに振りかけ、完成した頃には香ばしい香りが漂い、クレイアの腹の虫を叩き起こす。
ディノスと目があったが、やはり食欲には勝てないようで、瞳には涙を、口元には涎を垂らし、食べたい欲で体を震わせていた。
「フリル、箸とコップと机と飲み物を頼む」
「おやすいごようさ」
あっという間に食事台が完成し、クレイアはちょこんと座る。
今回の机の完成度は総合評価B。特に不満はないが、特に感動もないので、この評価である。
「食べて……いいの……?」
「ダメだと言ったら?」
もう食べてしまいそうな勢いだったクレイアは、泣きそうな顔でディノスを見上げる。
「冗談だ。喉に詰まらせぬよう、ゆっくり食べるんだぞ」
「うんっ!」
勢いよく、手で食べ始めた。
「なんだ、箸は苦手か」
「美味しいでしょ? なぜかこのおじさん料理めちゃくちゃ好きなんだよね」
「うまい料理を作ってやれば、村の子どもたちが喜ぶからな」
あっという間に平らげたクレイアは、はっとしたようにバチの悪そうな顔をする。
「ご、ごめんなさい……」
「口に合わなかったか?」
「う、ううん……美味しすぎて、全部食べちゃった……こんなにいっぱい……」
「何をいうかと思えば。それは元々クレイアのために作ったものだ。腹に隙間があるなら、とっておきの奴を食わせてやるぞ? 空きはあるか?」
「とって……おき……」
ゴクリ吐息を飲んだ後、激しく頷く。嬉しそうに口元を釣り上げたディノスは、フリルに砂糖と卵、そして植物の種から抽出した油を受け取り、空中で氷結魔法を使いつつ、激しく混ぜ合わせた。
「アイスクリームという、夏に食べると美味しいデザートだ。冷たいから気をつけろよ」
「あいすくりーむ……!」
一口。クレリアの脳天に衝撃が走った。またさらに一口。どんどんと口に運び、あっという間に皿に盛ったアイスは空になる。
満足そうに笑顔を浮かべ、口をぱくぱくした。どうやら、何かを言いたがっているらしい。
「……………あ、ありあと……」
「美味かったか?」
「…………ぜっぴん」
「そうかそうか。これからも食いたかったら、もう二度と俺を怖がらないことだ。約束できるな?」
「クレリア……」
ディノスの顔を見て、ギュッと目を瞑る。
「ディノス、こわくない! 優しいおじさん!」
「よしよし。おじさんではないがな」
クレリアがディノスへの恐怖を忘れたところで、三人は大通りにでた。もちろん、元の世界に帰るための手段を探すためである。
先程、脳を覗き見たことで、ある程度この世界について分かったが、それでもまだ確証には至らない。下っ端は間違った情報をつかまされている可能性もある。
とりあえずの目標は、クレリアを追っていた異形の親玉を見つけること………
「ディノス」
「あぁ、つけられてるな」
すぐに狙いは的中した。
あえて小路に入り込む。瞬間に、目の前、屋根、背後、両脇を壁に挟まれたフリルたちは、一斉に囲まれた。顔の半分がタコのような異形が、十数人。
「自らこんなところに入るなんて、アホだねぇ」
数的有利の余裕からか、自らアドバンテージをとっていると思って疑わない異形に、フリルも苦笑いを隠せないでいた。
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