第30話 賢者フリルは怪物認定される
「はぁ、はぁ……なんて辛い修行なんだこれ……マジで死ぬ……」
「魔法……使い……である……私が……肉体的な修行……をして……なんの……意味が……あると………いうので……あ、もう死ぬ」
「………バタッ」
イザベラが静かに逝った。
続き、シルビアも膝をつく。
「も、もうダメのようです……ユウタ……私を置いて……世界を救う修行を……続けてください……」
まるで、もうすぐ昇天するのかと思わせる迫真の演技に、汗ダラダラで顔面崩壊しているユウタも、片膝をついて乗っかった。お互いに手を握り、最後の別れのように涙を流す。
「お、お前たち……お前たちの無念……必ず俺が晴らしてみせる……!!」
シルビアは満足そうな笑顔を見せると、パタっと力尽きたように地面に倒れた。
「本当に恥ずかしいからやめてほしいアル」
後ろを歩いていたリンシアタは、三人の茶番劇に呆れながらそういう。
「面白い人たちですね」とルイスは苦笑い。
「……本当に役に立つのか。」とヴィネスはため息をつく。
修行をつけることになったユグドの付き人ポロンも、とんでもない仕事を任されたな、と心の中で後悔していた。
「ポロンさん、後どのくらいで修行の地まで着くんですか?」
「もう少しで着きますよ。あの様子では先が追いやられますが」
茶番劇を繰り広げる3人を見て、瞼を半分閉じる。修行の地は山の頂上にあり、山登りはお花見程度のものであった。山は紅葉を迎え、とてもあんな茶番が似合う舞台とは言い難い。
「それに、修行の地はもっと殺風景で荒んだところなので、あの茶番を繰り広げるのはまだ早いかと」
そう、つまり修行はまだ始まってすらいないのだ。だが3人は既に限界寸前だった。
「にしても、勇者さんは平気なんですね?」
「あ、あぁ……え、……はい……」
「やっぱり勇者だから何ですかね? 勇者に選ばれた者には特別に力が宿るって聞きますし!」
「あ、……そ、……でs……はい……」
酒場から連れてきた本物の勇者の方のカエデ。ずっと同じ街に住んでいたため、知らない人と話すという機会がほとんどなかった。その結果が、これ。
まともに会話が成り立たない上に、酒を飲んでいなければノーともいえないイエスウーマンなのである。
「はぁ……こっちもこっちで大変そうですね。」
虚弱体質コミュ強の勇者と、体は強いがコミュ障の勇者。正反対のこの二人が合体してくれればいいのに、そう思うポロンであった。
「フリルさんは今頃何してるでしょうか。ユグドさんもまだ帰ってこないですし……」
********************
「よし、こんなもんか」
村に戻ったフリルは、地下シェルターの設計に取り掛かっていた。今回のように障壁魔法が効かないヤツへの対策である。
岩の層より下、およそ地下二キロの位置に、地上の街を完全に再現できるくらいのスペースが確保されていた。
岩や宝石の原石がところどころ見えて壁がマーブル模様になっているのは、フリルが空間を指定して、転移魔法でその土を吹っ飛ばしたからだ。転移魔法の境目にあった岩は、綺麗に割れて中が剥き出しになっている。
「やっぱりフリルはすごいんですね! 人間なのにこんな大規模な魔法を使えて!」
そばで見ていたエルフのフィナーシャは、興奮でぴょんぴょん跳ねている。その度に胸が揺れ、フリルの視線を集めているのは内緒だ。フリルも男なので仕方がない。
エルフは自然の力を使い、魔法と同じような現象を起こす。
魔法とは違い、自然のエネルギーを直接使うので実質エネルギーは無限だ。なので操ることさえできれば、いくらでも規模の大きい現象を起こすことができる。実際、自然エネルギーの操作能力がエルフ間でのヒエラルキーの基準となっている。
「太陽光はあそこに設置して、空気穴は足元に設置しとこう」
極小の転移門ならうっかりの事故もないだろうし、安全である。フリルの考えはこうだった。
ただ、転移門はかなりの魔力操作能力を必要とする。それこそ、エルフの自然エネルギーの操作能力で換算すれば、族長レベルは必要だ。そのくらいになれば、意図的に大規模な地震を起こすことも容易い。
それを、フリルは多重進行で行うことができる。
ものの数秒で暗い地下には太陽光が差し、ジメジメとした空気はカラッと爽やかな森の空気に入れ替わった。
「…………わぁ。」
ある程度魔法に素養のある者なら、魔法を無詠唱で、しかも同時に、さらに特に苦労もせず扱った時点ですぐにわかる。あ、こいつやべえ。と。
あっという間に、すごいすごいとフリルを絶賛していたフィナーシャの評価も、こいつやべえ、に変わる。
フィナーシャもフリルファミリーの仲間入りを果たした。出会ってから仲間入りを果たすまでの時間は歴代最短を更新である。
「大丈夫? 家族とか心配だよね」
大人しくなったフィナーシャを不思議に思い、村を丸ごと地下に移しながら声をかけた。
「確かに心配です……でも、フリルの規格外の方がびっくりというか……」
既に事情を知っていた子供たちは、地下に来ても特に変わりなく遊び始めた。
そりゃ、こんな規格外がそばにいるんだから、子供たちの感覚もおかしくなっちゃうよね。
村に来てから若干違和感があったことに対して、フィナーシャはようやく答えを見つけ出せたらしい。
「よし、魔人討伐にいこうか」
「は、はい!」
人間よりもはるかに強いエルフにすら、怪物扱いされるフリルであった。
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