第12報 『対西国』

 爽やかな秋晴れの元、フリルは眉をひそめながらつぶやいた。


「この進路だと、村にぶつかる。幻影魔法かけてるから、避けて通ると思うんだけど、万が一避けて通らなかったら、知らないうちに畑を踏み倒されたり、ここに転移してきてしまうな。」

「それはまずいんじゃないんですか……?」

「しょうがない……行くか。」


 クワを担いだフリルは、転移魔法を使い、西国軍が行軍しているあたりへと飛んだ。





 景色が変わり、あの戦争の傷跡残る、全滅した村。


 ――ぽい幻影魔法をかけた村へ着いた。


 見渡す限りの西国軍。それが、土埃をあげながら進軍していた。


 ルイスは圧倒され、「す、すごい……」とこぼす。


「それで、フリルさん、どうするんです? 交渉するんですか?」

「まぁ、それ以外ないだろうね。最悪戦闘になる」


 それを聞いて、西国軍に圧倒されていたルイスは、冷静になり空笑いをこぼした。


 ――戦闘って……フリルさんとまともにやりあえる人間なんているんですかね……。


 すると、そんな二人の前に一人の男が出てきた。


「貴様、なんだそのクワ、何者だ。ここは西国軍が通る。農民なら邪魔にならないうちにとっとと消えろ」


 やたら横柄な態度の兵隊に、ルイスはヘソを曲げ、睨みつけた。

 まぁまぁとなだめるフリルのそばで、水を得た魚のように、舌を出して兵隊をアオリ続ける。


「あのさ、この先に廃村があるじゃない? そこを避けて通って欲しいんだけど。君たちの上司に伝えてもらえるかな?」

「行軍の邪魔になる。そこら一帯は全て更地にするつもりだ。今更、進路変更はしない」


 と淡白な返事が返ってきた。


「それは困ったな……」


 頭を悩ますフリル。


 本来なら、そんなことを頼まずとも、自力で言うことを聞かせるくらいわけないが、穏便に解決したいらしい。


「フリルさん、あの淫乱のっぽに言ったほうが早いんじゃないんですかね?」


 舌を出したりして兵隊を煽っていたルイスが、思いついたようにそうこぼすが、どうにもフリルはアレが苦手で、できれば関わり合いたくないのだ。


 煮え切らない表情のフリルに、ルイスは首を傾げる。


「……背に腹は変えられない………はぁ、気は乗らないが、ローカラッテに相談するとしよう。」


 空間魔法をつかって通信機を取り出し、ローカラッテに連絡を入れたフリルは、暗い顔をして空間魔法に通信機をたたき込んだ。


 ……一体通信機の先で何があったんだろう……。そう思うルイスに、フリルは遠い目をする。


「『避けて欲しかったら、私の元にきてキスの1回くらいしなさいっ!!』………だとさ。」

「あの淫乱のっぽめ………よくも職権濫用を………っ」

「もうこうなったら、力ずくで進路を逸らすしか無いみたいだ」


 行って、キスして、はいおしまい。


 という選択肢は鼻からない! とばかりの決意の固まった瞳に、ルイスは思わずツッコんだ。


「そんなに嫌なんですかっ!? 別にあの人、変態ですが、普通に綺麗ですよね……っ? それに、力尽くと言わなくても、フリルさんならもっと他に方法はあると思いますけ、」


 そこまで言って、ルイスは気づく。


 ――違うっ!! こ、これ……あれだっ。少しでも損害を出して、ローカラッテさんに嫌がらせしてやろうとか思ってるんだ………っ!


「ローカラッテめ、変に勿体ぶったこと、後悔させてやる。」


 正解である。


 フリルは決意の固まった目で、再確認するようにそう呟いた。


        ☆


 王国のとある街、ダンジョンで栄えたその街に、勇者がいた。

 その賑わいを見せる街の、冒険者ギルドなる物の、一階の酒場。

 その勇者は昼間から酒……に見せかけたフルーツジュースを仰いでいた。


「プハァ……っ! マスター、おかわり」

「嬢ちゃん、よく飲むな。王国から傭兵の募集が来てるが、嬢ちゃんも行かないのか?」


 カウンターを挟んだ小綺麗な酒場。ガタイのいい中年のマスターが、ジョッキにジュースを注ぎながら、背中越しに声を掛ける。


「我は常に、強者であるがゆえに一匹狼、一匹狼であるがゆえに強者。烏合の衆に混じっては、それがなくなってしまう。なので、烏合の衆に混じるつもりは無い。我は一匹の誇り高き狼なのだから。」


「そうかいそうかい」と軽くあしらい、勇者は受け取ったジョッキを再び一気飲みし、「もう一杯」とねだった。


 受け取り、再び身を翻し、ジョッキに注ぐマスターの背中を見て、


「……てか待って、私………〈も〉?」

「おう、ここらの冒険者は誰一人として受けねぇらしいぞ。最近やたら魔物がよく出るから、わざわざ小賢しい人間相手にするより、魔物倒してたほうが稼ぎがいいんだとよ」

「……そうなのか。」


「私もそろそろ働いた方がいいのか……?」と溢す勇者。

「お? どうした?」とマスターが、ジョッキをカウンターに乗せた。


「いや、なんでもない。時は来てない。そして我は強い……それゆえに一匹狼なのだ」

「嬢ちゃんも、討伐に行ってみたらどうだ? パーティーでも組んで。そこの掲示板に討伐依頼が貼られてるから、それ破って二階の受付に持っていけばすぐだぞ」

「き、貴様っ! 我のアイデンティティを奪うつもりかっ!? 我は一匹狼じゃないとダメだと言ってるだろうっ!?」

「んなこた言ってねーだろ? ガハハ! ひがな一日飲んでるだけじゃ、つまらんだろう? どうだ、王国の傭兵でも受けてみれば。王国からここまで迎えが来るんだ。最近じゃ日帰りできるらしいぞ?」


 日帰り!? そんなバカな……ここから何千キロあると思ってるんだ………? とは思ったが、取り乱すのは恥だ。と、すまし顔でジュースを飲み干す。


「何も身構える必要はねぇだろ? 嬢ちゃんは若くしてSランクまで登った天才なんだから」

「いや……遠慮しておこう。我は他人と馴れ合うつもりも、祖国に対する愛情もない。私にあるのはただ一つ。魔王討伐と人類の平和、それを築くいしずえになると言う使命だけだ」


 ただいま絶賛ニート中の勇者を取り合って、戦争が勃発していることなど知る由もない彼女は、十四歳ピチピチ十代、カエデ・フタバちゃんです。(2章で出そうと思います)(多分)


      ☆


 王宮、部長室。


「くそぉっ!! なぜだ……なぜこうも集まらん………っ!! あーーークソがクソがクソがっ!!」


 西国が進行してきたため、王宮は二年ぶりに全国に傭兵募集をかけた。


 だが、数日前から立て続きに起きた魔物災害、それに対する王宮の対応の遅れによる信頼の急落、さらに、予算が足りない為、報酬も低く設定したのがあだとなり、「んなもんに行ったって時間の無駄だ」とばかりに、冒険者は魔物討伐に躍起になっていたのだ。


「それもこれも……全てフリル……あのアホ面のせいだ。」


 クソ上司、グリルモートの机は、激しい貧乏ゆすりにより、かなり損傷していた。

 部長クラスが使うものなので、かなりの高級品なのだが、ギシギシと悲鳴をあげており、今や見る影もない。


 そこに、突然の扉が開かれる。


「き、急報っ!!」

「チッ」


 慌てふためく王宮職員に、イライラが溜まりに溜まっていたグリルモートは、舌打ちのみ返した。


「西国の軍が……!! 先鋒隊大破のため……撤退しました!!」

「は……?」

「原因はただいま究明中です……!! しかし………」


 クソが……こちらがどれだけ苦労をかけて準備したと……おちょくりやがって。


 前半のみを聞いて、ほっとするグリルモートだったが。


「北国、東国、南国………西国を除く残り三国が……一斉に挙兵しました……っ!!!」

「あぁぁぁぁああ!!!! くぅぅぅそぉぉぉがぁぁぁぁ!!!!!!!」


 その一言で、限界に達したのか、机を叩き割ってしまった。




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