第43話 冥界の魔女クルック
冥王城、玉座。
所々に年季が見られ、漂う紫色の霧が怪しい雰囲気を醸し出す。そこに冥王の姿はない。
「君たちの世界の人間って、本当に優秀なんだね〜。あの二人も見えるほどの変化はなかったよ」
「世界で一握りにエリートだから当然だ。もう一人は小さい女か」
「いや? 身長の高い男だったよ」
「そうか、知らんな。まあいい。フリルは俺に殺させろ。俺を散々コケにしたことを血を吐くほどに後悔させてやる。楽しみだな、あいつが泣いて命乞いする姿が」
「この世界に死なんて概念ないのにね〜、まぁその子は君に任せてあげるよ」
数年前に冥王は殺された。冥王貴族の一人、ハガンダの手によって。
冥界のルールに則り、次はハガンダが冥王となるはずだった。だが、そうはならなかった。
冥王となった者は、末代までその力を保持し続ける。つまり、全て殺したと思っていた冥王一族が、まだどこかに生き残っていたのだ。
それが判明したのは数年後のことであった。
そして、わかったこと。
『冥王一族の最後の一人、冥界の姫クレイアド・シーネイラという名の末の娘がまだどこかで生きている』
冥王が殺されてから、城はすっかり冥界貴族たちの住処となっていた。
お互い敵同士の彼らだが、城の中で争うことはなかった。
なぜなら、お互い打算により、必然的に残ったトップの五人だからだ。
彼らの能力は五人で一つの円を描くように互いに相性を持っている。それが一つでも崩れれば、崩した者は相性の悪いものに確実に殺される。
だから互いに殺そうとはしなかった。冥王になるその瞬間まで、一時休戦しているのである。
「ホステト、どこに行ってやがった」
カニの手を持つ男に、少女が詰め寄った。名はローべ。冥界貴族の一角である。
仮面をし、背中には歪な羽が一本生えている。この者も、人の姿を保ってはいられなかったらしい。
「いや〜? ただ散歩してただけだよ。その辺に姫でもいないかなって思ってね〜」
「この辺りはもう既に調べ尽くしたはずだ。いるわけないだろうが」
「さぁ、どうだろうね〜。まぁ見つけても言わないけど」
「何を考えているか知らんが、ポッと出のお前が生かされているのはただの慈悲だ。和を破った瞬間、真っ先に殺されれるのはお前だ」
ホステトは、蟹の手で自分の体を抱き抱え、小さく笑う。
「怖いなぁ殺さないんじゃなくて、ころせないくせに」
「舐めるなよ」
一触即発。そんな空気が流れ、それを止めたのはグリルモートであった。
「やめておけ。殺しても次は生き残った方が死ぬだけだ」
「そうだよローべ。消えるのを一番怖がっているのは君じゃないか〜」
「私が冥王になったら、真っ先に貴様を消してやるよ」
そう言い残し、背を向ける。
ある程度距離が離れたのを見計らい、ホステトはグリルモートに耳打ちする。
「実はさ、ここだけの話、ようやく見つけたんだよね」
「!? さっさと殺してくればよかっただろうが! なぜそのまま帰ってきた」
「だって、あの子、君がよく言ってたフリルって奴と一緒にいたからさぁ。しかも、もう一人は見たこともない魔法を操る奴で、流石に相性が悪いよ」
「なに? あいつ以上の魔法の使い手はいるはずがないが」
「まぁ、すぐにここに向かってくると思うから、約束通りねぇ」
「気は進まんが乗ってやる。貴様に命を救われた身だからな」
「助かるよ。僕が冥王かぁ〜何しようかなぁ」
「噂はこの辺りだが、やはり目に見える位置にはないな」
「探ってみるよ」
広い荒野を一望できる岩山の上。空風が吹き付け、砂が舞い上がるそこに、不自然な窪みがあった。
フリルが魔力玉を作り出し、その窪みの中を縦横無尽に走らせる。そして、何かを探るように徐々に動きが限定されていった。
「あそこのあたりだね」
「クレイアはどうする?」
「行く!」
「ならばフリルについておけ。何かあった際はこいつの方が頼りになる」
「そんなことないよ」と謙遜しているようだが、ディノスの超成長を持ってしても、実力ではフリルの足元にすら及んでいなかった。
もし本気が出せる状況で、必要があれば、フリルは一瞬の時も与えずディノスを葬ることができるだろう。それを一番わかっているのは、ディノスであった。
「多分、幻覚魔法で見えないようにしているだけだから、何かしなくても入れるみたいだ。構造は完全に頭に入った」
見えざる扉に手を掛け、フリルは戸を引く。二人もそれに続いた。
踏み入れた瞬間、無数のパイプで作られたような施設が現れた。
「やっぱり、外向きの幻術魔法だね。中に入ってしまえば効果は無いみたいだ」
「しかし、すごい施設だな。はるか昔だが、魔王軍に入れてくれと言っていた人間に、似たような施設を作ってやったが、それ以上だ」
「あぁ……研究とかって、国じゃあんまりさせてもらえないからね。そういう人もいるだろうね」
「人間を滅亡させたいとか言ってたな」
流石にフリルも苦笑いである。
ちなみに、その人間は数百年以上前に自身が作成したダンジョンに籠ったっきり出てきていないとされている。
「あ、な、なんかいる……!」
クレイアが指す、そこに、ディノスの半分程度の身長の異形がいた。
人間の形を保ってはいるが、虫のように片側に三本づつ、合計六本の腕が生えていた。
「あいつっぽいな。気をつけろよ、俺たちがここに来た時、命を狙ってきた奴らの親玉だ。何か仕掛けてくるかもしれん」
慎重に近づき、試験管を握りワキワキと動き続ける背中に話しかける。
一瞬固まり、こちらを振り返ると、突然絶叫を上げた。
「ぎゃああ!!! わっ!! わっ!! なんでええにゃああ!?!」
あたふたしながら、地べたに座り込む異形を見ても、ディノスは警戒を解かない。
「貴様が冥界の魔女、クルックだな」
「ど、どうやってここを見つけてきたにゃ! 吾輩の幻影魔法は冥王ですら欺けにゃのに!」
「お前で間違えないらしいな。単刀直入に聞く。元の世界に戻る方法を教えろ」
「にゃっ!?」
ディノスの質問に声を上げたのではない。
複眼で隣にいる少女を確認したクルックは、驚嘆の声を上げた。
すぐさま視線を二人に戻し、腕を使って蜘蛛のようにゆっくりを体を起こす。
冷静を装い、防護メガネを外しながら息を吐く。腕以外は完全に少女。仮面の下は、よくあるような白衣を身に纏った普通の女の子だった。
「なんにゃ、お前たちは死んだんじゃないのにゃ?」
「死んでいない」
「あぁ、寝て、気づいたらここにいたんだ。そして君の手下に襲われた」
「大目に見ているうちに話せ。さもなくば殺す」
クルックは二人の圧に押され、ジリジリと後ろにずり下がる。
「そ、それはすまんかったにゃ。でも吾輩が直接主らを殺すように指示したわけではにゃいにゃ!! プログラムを組んで、この世界に新しくきたやつを片っ端から刈ってただけにゃのにゃ………」
どうやら、フリルたちがこの世界に来た際、何らかの方法でそれを察知したプログラムが、自動的に攻撃を仕掛けたらしい。
納得はしていない様子の二人だが、特に命を脅かされたわけでもないので、ここは流すことにした。
「帰れる方法は教えるにゃ。でも……ただでとはいかんのにゃ! 我輩もカツカツだからにゃ」
「食い物か金か? 金なら残念ながら持ち合わせがない」
「にゃーにゃーにゃー」
人差し指を立てる。
「研究の材料がいるのにゃ。魂ポイントと呼ばれるものがにゃ」
魂ポイント………耳慣れない単語である。この世界の住人であるクレイアも、当然知っているはずなのだが、小首を傾げ、まるで聞いたことがないと言った様相である。
「なんだそれは?」
クルックは、しめたとばかりにクルックは口元を吊り上がらせる。
「冥界での取引に使われるものにゃ。それを、10万ポイントよこすにゃ。一人10万ポイントにゃ。どれ、確認してやるにゃ」
怪しげな舞を踊り、フリルたちの周囲を回る。
何も知らないフリルたちに吹っかけてやろうと目論んでいたらしい。ニヤニヤとしながら、浮かび上がった魂ポイントを覗いた。
舞を止め、ピタリと止まる。変な顔をしていた。まるで豆鉄砲を食らったハトの如き間抜けな顔である。
「………ヒョエッ?! お、主らどうやってこんにゃ!?」
「??」
「ポ、ポイント200万超えとか………どんだけにゃ……や、やっぱり100万ポイントにゃ! 100万ポイントくれたら教えてにゃる!!」
一気にディノスの顔が曇った。クルックの身が震えるほどの殺気を放つ。
「にゃ、にゃああ!!! わかったにゃ! 10万ポイントでいいにゃ! ここにサインしろにゃ!」
差し出された契約魔法陣には、魂ポイント10万を対価に、元の世界に戻る方法について教える。と言った趣旨の内容が書かれていた。二人はそれに手をかざし、魔力を込める。
「全くにゃ〜。吾輩は苦労して貯めとるというのに、どんだけ強いんにゃお前ら。どおりでプログラムが敵わんかった訳にゃ……数年前にもお主らみたいのがおったしにゃ」
契約は絶対。
どれだけ力の差があろうとも、交わされた契約は必ず実行される。
クルックは部屋の中央に置かれた机に座ると、乱雑に置かれた研究資料を片付け、三人を座らせた。
「冥王、については知ってるにゃろ?」
二人は首を縦にふる。
「にゃぁ。知っての通りにゃ。冥王の力は絶対。主ら、神は知っとるか?」
「あったことあるよ」
「冥界においては、その冥王が神の役割をににゃっとるにゃ。にゃから、冥王の元に行き、自分の世界に魂を戻して貰えば、主らは帰れる。肉体が健在で、その世界で寿命を迎えていなければの話にゃがにゃ」
「だったらまずいね……」
話を聞いて、フリルが焦りを見せる。
「なぜだ?」
「王国は火葬の文化があるんだ。でもすぐに行うわけじゃない。魔術学的に死亡を確認し、その後丸二日に渡って葬儀をした後、火葬する。ここに来て大体四時間ほど経っているから、残された時間は四十四時間だ。それまでに帰らないと俺たちは二度と帰れなくなってしまう」
「最悪、花見の件は延期するにしても、肉体を燃やされては洒落にならんな」
「あぁ、急がないと」
クルックが人差し指を立て、舌を鳴らす。
「それは正確な数字じゃにゃいにゃ。時間軸は神が決める。こちらの世界より速いかも知れにゃいし、遅いかも知れにゃいからにゃ」
二人が大きくため息をつき、席から立ち上がる。
「だったら一刻も早く冥王の元へ行かねばなるまい」
「冥王の城はここから東にずーっと行ったところにゃ。外に出ればテッペンが見えるはずにゃから、それを目指していくといいにゃ」
「急ごう、ディノス」
三人はパッと席を離れる。その背中にクルックが声をかけた。
「その娘はどうするにゃ? 主らは多分強引に行くにゃろから、きっと邪魔になる。吾輩が預かるにゃ?」
「それもそうだな。命を狙われている件は、冥王にどうにかして貰えばいい。それにこいつの幻影魔法なら、そもそもバレずに過ごせるはずだ」
ディノスはクルックの案に同調するが、フリルは一瞬思考し、思いとどまった。
「いや、連れて行こう。城でクレイアが逃げてきた経験が活きるはずだから」
「どうするクレイア? フリルの側に居れば危険はないが、少々目に悪いものを見せてしまうが」
「つ、ついていく!」
決意の固まった顔でクレイアは答える。
三人は外に出た。外に出ると、施設は景色に溶けこみ姿を消した。東を見れば、山よりも高い影が微かにみえる。三人はそれを目指して出発。
一方、クルックは。
「ちっ……勘のいいやつめ。まぁいいにゃ、城で冥界貴族のやつらと潰しあってくれたらそれでいいにゃ。にゃにゃにゃ、ポイントも貯まったし、悪魔を呼び出すとしようかにゃ」
部屋の奥へと移動する。そこには、脈打つ球体が、幾つもの管に繋がれ、厳重に管理されていた。
「しかしばかにゃの〜、行ったところで、冥王なんかとっくの昔に死んどるにゃ」
魔法陣を展開する。
「神をも喰らう悪魔、バオア。元の世界で採取しておいた肉片が、まさか魂ポイントで復活するにゃんてびっくりにゃ。色々施した。あとは、こいつを使って城に残った奴らを殺し、最後にあの娘の心臓を捧げれば、晴れて吾輩が冥王にゃ」
先程回収した魂ポイントが注がれるに伴い、激しく胎動し始める。
「にゃー!! さあくるにゃ!! 苦労して手に入れたバオロアの力を、吾輩に見せるのにゃ!!」
追放された元賢者、僻地でのんびり村を作る〜E?他国が攻めてきた?E?魔族が攻めてきた?E?国が不景気? 知りませんが一応、御冥福だけお祈りしておきますね〜 @サブまる @sabumaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。追放された元賢者、僻地でのんびり村を作る〜E?他国が攻めてきた?E?魔族が攻めてきた?E?国が不景気? 知りませんが一応、御冥福だけお祈りしておきますね〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます