第6報 『狂人村』

 フリル宅のリビング、陽光が差し込む質素な木の部屋。少女が二人。

 王宮職員が木目の綺麗な机に髪を広げて突っ伏していた。


「うぅ……フリルが人間じゃないだけなのに……ぐすっ……仕事が遅いだの……うぅ……道路の補修に来て欲しいって言われたから、『距離的に着くまでに一ヶ月はかかります。それから補修となると一週間ほど……』って言ったら……うぅぅ……」

「はいはい。わかります、わかります。『はぁ!? この前、いや、フリルさんなら遅くても翌日には補修してくれたぞ!!』って言われたんですね。」

「うぅぅぅ………っ……スケジュールも………スケジュールもおかしいっ! 分刻みで王国の端から端まで往復できるわけない……っ!! うちは人間だ……! あんな人外狂人基準で仕事を……うぅ……振ってくるなぁ……」

「うんうん、大変ですね。あの人、息吐くように転移魔法使いますもんね……」

「……転移魔法なんて、フリルが使い出したから名前がついた魔法……うぅ……みんな好き勝手言って……ぐすっ………っ」

「ですよねですよね。転移魔法なんて未だに作り話だと思ってる人たくさん居ますもんね。」


 ルイスは、五歳ほど歳の離れたヴィネスを慰め、「フリルさんの仕事をたった一つ引き継いだだけで……」とこぼす。


「フリルさんって王宮でどんな感じだったんですか?」

「……フリルは、真面目で、優秀だった。」


 ヴィネスは机に伏したまま答えた。

 コクコクと頷く。


「……後輩はみんなフリルさんに憧れてた、でも先輩たちには嫌われてた。」

「フリルさん………」

「……外面はフリルのゴミ上司とか国王が、直近二年間の改革を進めたってことになってるけど、」


 そこまで聞いてルイスの目が曇る。


「……あのゴミ上司が、できるわけない」


 ――やはり万死。国の安泰のためには死んでもらうしか。

 一瞬、そんな考えがルイスの脳裏をよぎった。


「……でも、うちらの仕事はどんどん減って、最終的に業務はフリルがほとんどやってたから、うちたちがすること言えば王宮内の掃除と、フリルが作った勤務表にそって昨日みたいに検問所に常駐するとか、誰でもできる簡単な書類整理。あとは国民のいろんな相談とか。」

「エリート……じゃなくても、制服着てそれっぽくしてたらできますね……。他には?」

「……フリルは掃除できないからいつも散らかってた。売れば一つで国家予算一年分くらいになる、フリルいわく……が。」


 目が点になる。が、一度フリルの投影魔法を間近で見ているので、「あぁ……あれのことか」と自己解決した。


「……フリルが休んでるとこ見たことない。」

「あ、あぁ……」


 言葉は出ないがこれには納得のルイス。


「……あんなの人間じゃない。国民もうちらとを一緒にしないで欲しい。うぅ……」

「心中察するに余りあります………」


      ☆


 と、そんな人外ですら人外と呼ぶ狂人、フリルは一人、子供たちの迎えに行っていた。


 王国の西側、国境くにざかいの村々。

 今も二年前まで行われていた戦争の爪痕が痛々しく残っている。


 戦争を終結させたあと、フリルは村の復興の援助を求めた。

 草案を書き、費用を絞りに絞って求めた金額は、通常かかる費用の10000分の1。

 魔法の遠隔操作や、転移ができるフリルだからこそ、そこまで削れたのである。


 一度失敗したことから、学習したフリルはこれくらいならなんとか出してもらえるはずだ。


 と思っていた。


 が、例によってあのクソ上司。

 紙を受け取り一瞥いちべつした瞬間、ビリビリに破いて『こんなくだらんことに税金を遣わせるか!!』と、突っぱねたのだ。


 なので、そのまま放置され、今の状態に至る――


「あぁ!! お兄ちゃんっ! 今みんなご飯食べたところだよ!!」


 わけはなく。

 当然フリルが仕事の合間を縫って、国にバレないように手を加えていた。


 フリルが村に入ると、水面のように波紋が広がり、景色が一変する。

 焼けた大地は、多種多様な野菜や果物が成る畑へ。

 瓦礫と化していた家は、フリルの村にあるような木造平家へ。


 そう、幻影魔法である。それも国の超重要機密を守る魔法のレベルを遥かに超えた……。


 木造の大きな家の中から、女の子が飛び出してきた。


「おぉ! ちゃんといい子にしてたか?」

「うんっ!」


 撫でられ、嬉しそうに微笑む少女。


「外には出てないか?」

「うん! ちゃんとお留守番してたっ!!」


 ここら一帯はつい最近、2年前まで戦争があった。そのため周辺住民は寄り付かない。

 フリルがここに手を加えていることがバレるとすれば、王国職員が地域調査で訪れるくらいであるが、あいにく心配には及ばない。


 なぜならそれも、カラーの投影魔法と、転移魔法が使えるフリルが、行っていたから。


 しかし用心のため、念を入れて幻影魔法をかけていたと言うわけだ。

 それも国の機密――(以下略)


「そっかそっか。窮屈な思いをさせたな……」と、涙ぐむフリル。


「お兄ちゃん……?」


 心配そうに見つめる少女の後ろから、大勢の子供たちが飛び出してきた。


「「「「「わぁぁ!! お兄ちゃんだぁぁ!」」」」

「「「お兄ちゃん泣いてるー」」」

「「「「「どうしたのぉ? どこか痛いのぉ?」」」」


 フリルを囲った子供たちが、心配そうな顔して口々に言う。

「おっと……心配かけちゃったかな」と呟くと、フリルは鼻水をすすり、笑顔で笑いかけ、


「しいていうならお尻が痛いかな?」


 と冗談を言ってみせた。

 ワッと笑いが巻き起こる。


 一通り一緒に笑ったあと、しゃがんで視線を合わせた。


「ごめんな、今まで窮屈な思いをさせて。でもこれからは思いっきり遊べるぞっ!」 

「ほんとう!?」


 年長の少女が言う。


「おおそうだ、可愛いドラゴンだっているんだぞ? みんなで畑を耕して、みんなで思いっきり遊んで、みんなで仲良く暮らそう!」

「「「「やったぁぁ!!」」」」


 フリルの一言で子供たちのテンションは最高潮を迎えた。


「よぉぉし!! それじゃみんなでお引っ越しの準備だぁぁ!!」


     ☆


「にしても、フリルさん遅いですね。子供たちの警戒心を解くのって大変だから……大丈夫かなぁ」


 村を救った際、ルイスは村人に宴会を開いてもらった。そこそこの規模の村だったので、その場には、子供もそこそこいた。

 ともにテーブルを囲んだことで、村人ともかなり打ち解けた。

 だがしかし、子供たちは警戒して誰一人としてルイスに懐かなかったのだ。


 そんな悲しいトラウマを抱えたルイスが、フリルのことを心配していた。


「……大丈夫でしょ。」


 泣き疲れた様子のヴィネスが言う。


「そうかなぁ……でも、どうやって連れてくるんでしょうね? 転移ですかね? 六千人いるとか言ってましたけど……」

「……フリルなら、もっとこう……すごいことすると思うけど。」

「確かに、例えばどんなのですか?」

「……うぅん。超高速転移……とか?」


 ただ速くなっただけであんまり変わってない気が……。と、思ったルイスだが、先輩なので口には出さなかった。


「そ、それは確かにすごいですね……! じゃあ私は、何か大きな方舟でも作って、そこに乗っけてくると予想しますっ!」


「……またぶっ飛んだとこ言うね。」と目を丸くするが、まぁフリルならできそうだけど。とヴィネスは思う。


「……帰ってきたら答え合わせね。」

「ある意味楽しみですね!」


 そこにタイミングよくフリルが現れた。


「おっす」

「遅かったですね? 大丈夫だったんですか?」


 フリルは頭をかきながら。


「いやぁ、実は戦争が……」

「「戦争!?」」


 勢いよく立ち上がる二人。


 こんなに早く……でもまだ三日目。フリルさんは戦争が始まるのは四日後以降だって……。

 なぜフリルがいなくなったことがバレた……?! 箝口令が敷かれてるはず……まさかこの女っ!? 


 と、各々自由な感想を抱き、ヴィネスに限っては赤い眼光でルイスを睨んでいた。


「そうそう……という名の争奪戦争が……それで長引いてさ……」


 超人フリルは、疲れた様子で乾いた笑みをこぼす。

 二人は何事もなかったかのように静かに席に座り直し……


 そして、ルイスは再び勢いよく立った。


「もうっ! こんな時期に!! 悪い冗談ですよ悪い冗談っ! びっくりしたじゃないですかっ!?」


「すまんすまん」と苦笑いで空謝りをするフリル。

「全くもう」と席に着いたのを確認し、ヴィネスが先程の話を出した。


「……それで子供たちはどんな手段で連れてきた?」


 じっと見つめるヴィネス。

 はっ、そうだった! とルイスも息を呑む。


「流石に今までいたところをいきなり離れるのは寂しいだろうと思って、自由に行き来できるようにポータルで繋いだよ」


 全く予想外の答えに二人は放心する。


「……なにそれ。」

「う〜ん、転移魔法……的なノリで行くなら、【転移門】ってところかな?」

「えっ!? まさか魔法の常駐ですか!?」

「……なんて馬鹿げたことを。」


 興奮して迫る二人をまぁまぁとなだめる。


「ルイスはともかく、ヴィネスは使ったことあるだろ?」

「……そんなふざけたものどこに。」


「ふざけたって………」と苦笑いすると、フリルは指を立てる。


「ほら、あの遠距離通信機だよ。道路補修の連絡来たって言ってたじゃないか? あれも転移門と同じ原理で、ただの石に転移魔法組み込んだだけだぞ。空気の震えをそのまま転移させてる。便利だろ?」


 膝から崩れ落ちる二人。


「どうした!?」

「……さすが狂人。」

「非常識がすぎますよっ!」

「……でも……なんでそんな人智を超越したような魔道具がそこらの地域に?」


 フリルは「あぁそれは」と前置きを置き、二人は傾聴けいちょうする。


「俺が配り歩いた」

「なぜ?!」

「便利だから」

「……一体いくらで。あんなもの一つで国家予算一年分以上はするで――」




無料タダで」




 その日、ヴィネスは一晩中『無料タダで』というフリルの言葉にうなされたと言う。

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