第5報 『子供たちを迎え入れよう……とその前に。』

 二日後の朝。王国の検問にフリルが現れた。


「はい次……て、えっ!? フリルさん!? なぜこんなとこに!?」


 芸者顔負けのリアクションを見せる警備員。


「い、今、王宮関係者を呼んできます……!」


 笑顔で頷くフリルの後ろには、不自然に胸の膨らんだルイス。

 警備員も一瞬疑いの目を向けたが、フリルの連れ、そして王立学院の校章をみるや、「……あそこの生徒か」と一人呟き、門の陰に走り去った。


「世界一厳しい検問を顔パスなんてさすがですねフリルさんはっ! 私まで検査されないなんて!」


 王国の検問は二年ほど前のある魔道具導入によって、怪しい者は一切侵入できなくなったことから、安直に『世界一厳しい検問』などという呼び方をされるようになっていた。


 フルフルと首横に振るフリル。


「あそこを見て」


 指先には門上部に取り付けられた小型の装置が取り付けられていた。

 ルイスは目を細めて、それを凝視する。


「機械……?」

「そう、魔道具だ。不審な者とそうでない者を見分けて警備員に通知する機能がついてる」

「あぁ!! そういえば学校で習いましたよ! 現代の技術レベルを数十年進めた代物ですよね! 貿易やら人の通りやらが今までの数十倍の速度になって、あれ一つで革命が起きたって! 作った人はまさに天才ですよね!」


 ルイスが学校で習った知識を間近で見ることができてはしゃぐ。


「警備員が一瞬ルイスのこと見ただろ?」

「見てましたね?」

「それはあの魔道具が反応したからだよ」


「え?! どこが不審ですか!?」と本気で慌てるルイスに、

 苦笑いをこぼし「そのお腹……ルーのことだよ」というと、

「え! バレないと思ったのに……なんでバレたんでしょう?」と真面目な顔つきの返事が返ってきた。


「ちなみに、実はあれ、俺が作ったから」

「………そうなんですか? だったらこの上なく信頼できますね……」


 またさらっととんでもないことを……私だって、世紀の発明を指差して『実はあれ私が作ったんだよ』なんてさらっと言ってみたいですよ。


 口にこそ出さないが心の中でそう思うルイス。


「あれは王宮に勤務して初日だったなぁ、いきなり『検問の効率を上げて人の通りをよくしろ』って仕事を受けて」

「初日……それ、仕事与えた人は絶対、失敗したフリルさんを理不尽に責めてクビにしてやろうって思ってましたよ……」

「今思えば……そうだったなぁ。それから仕事が一気に増え出したのを覚えてるよ……」

「フリルさんってちょっと抜けてますよね……」

「まぁでも、王国はまだ荒れてないみたいだし、俺の予想は当たったみたいだな」


 と、転移をつかえるフリルがわざわざ検問を通ったのには、二つほど理由があった。


     ☆


 時は遡り、王国を追放されて数時間後。


「俺の家も子供たちの家も完成だ!」

「おぉ!! ついに!! やりましたね! フリルさん!」


 中央には村のシンボルとなる大樹『シャボンツリー』。

 間を開けて、フリルとルイスが一緒に住むことになった二階建ての木造建築。

 子供たちの教育のために、そして自給自足するためにと、新たに森を開拓し耕された畑。

 岩盤をぶち抜いて水脈に直接繋げた井戸。

 子供たちが生活することになる巨大な木造平家。


 生きるのに必要な最低限のものがたった数時間で既に揃っていた。


「でも……一ついいですか?」

「なんだ?」

「あの木はなんですか……?」


 白く太い幹に、光を反射して虹色の光を放つ実の垂れ下がる枝。

 ファンタジーの連続に、いい加減慣れてきたルイスが、どうしてもツッコマずにはいられなかったものだ。


「あぁ、あれ? 南国にお呼ばれした時に見かけたんだよ」


 ――まさかそれを引っこ抜いて……!? 流石にこんな大きなの持ってきたらまずいんじゃ……。


 ルイスがそう思うのも無理はない。南に行けば行くほど木は巨大化するが、それでも平均四十メートルほどで頭打ちになる。

 目分量でもそこに植えられた木は六十メートルを優に超えている。


 しかし、ルイスの心配は、想像の斜め上で裏切られた……


「それを参考にオリジナルで作った」


 なぁんだ引っこ抜いたわけじゃないんだ。なら安心あんし――て、んなわけあるかぁぁ!!


 セルフツッコミを済ませたルイスはものすごい勢いでフリルに迫る。


 が、そこで一つ思いとどまった。


 フリルさんのことだ。このくらいの造木を作るくらいわけないのかも……創造魔法が得意な人なら二十メートルくらいのもの作れる人いたし………まぁそれでも人外を超えた人外なんですが……。


 そして、側から見れば明らかに不自然だが、平然を装って、


「へ、へぇ。さすがはフリルさんですね……っ! 学院で一番の創造魔法の使い手でも二十メートルの造木しか作れないのに………。こんなに大きなしかも精巧で綺麗な物作れるんですもんね……っ!」


 言った次の瞬間――


「造木………? いや、これからも成長するはずだぞ?」


 ルイスは膝から崩れ落ちた。


 ――そんなバカなぁぁ………っ!!


「え!? フリルさん!? じゃああれ生きてるんですか!?」

「う、うーん。植物に生きてるって表現はあんまりしっくりこないけど……生きてるよ」

「いやいやいや! フリルさんっ!? ふ・つ・う!! 創造魔法で作成できるのは無機物だけですよ?! 生物を生み出してしまったらもうそれ――」


ちなみに、王立学院の生徒の言うは、世間一般で主にファンタジーとしてたしなまれるような常識である。


「う、うん?」


 しゃがんだフリルの肩を掴み、グワングワン揺さぶり、


「神様じゃないですかぁぁ!!」


    ☆


 と、そんな長い前置きがあり。

 二人は先程造ったマイハウスの一階リビング部分にいた。


 新居に興奮を露わにしてしきりに見渡すルイス。

 フリルは一望すると深呼吸し、満足げにうなずく。


 中は入ってすぐにリビングがあり、横に階段、その奥にフリルの部屋があるという広い空間を二部屋に区切った簡単なものだ。

 中は特になにもない。

 窓が取り付けられており、斜陽が床を照らしている。


「おぉぉぉ!! この匂い……この落ち着く感じ、見渡す限りの自然……優しい……心が洗われていく……新鮮だぁ」


 はしゃぐフリルに、ルイスもコクコクと相槌を打つ。


「それで、今から子供たちを迎えに行くんですよね?」

「おっと、そうだった。確認したいこともあるし、あとそのルーもつれてこっか」


 ルイスに抱かれたルーが「クゥン」と嬉しそうな声をあげている。


「確認したいこと?」

「あぁ、俺の予想がちゃんと当たってるか、それとドラゴンに詳しそうな人も知ってるからルーについても、あとその他もろもろ!」


       ☆


「――というわけなんだ」


 フリルとルイスは応接間に案内されていた。

 ルイスが不自然に膨らんだお腹を抱え、「フリルさん、この人は?」と耳打ちする。


 机とソファのみが置かれた質素な部屋。

 フリルとルイス、そして目の前には幼女……


 ではなく、


「こちらは俺の元部下、ヴィネス・シーペンだ。」

「ヴィネスさん……」


 横目で確認して、ぺこっと頭を下げるルイス。


 ヴィネス・シーペン。

 王宮で働いていたフリルの一年後輩。

 王宮の制服を着こなし、長い髪を背中のあたりで束ねている。

 表情にとぼしく、子供のようななりだが、年はフリルの二つ上の立派なお姉さんである。


「……どうも。ところでフリル先輩。」

「先輩じゃないよ。もう」

「……どうしてうちがここにいる事を……」

「そりゃ、俺が全職員の勤務表作ってたから」


 隣に座ったルイスが「そんなことまで!?」と言いたげな顔して勢いよくフリルの方を向いた。


「全部記憶に入ってるよ。それで、」

「……というわけでって言ってたけど丸一日空いてるんだけど。」

「あ、あぁ……ちょっと家具なんかを作ったり、ルーを可愛がったりしてたら……盛り上がっちゃって……」

「……あっそう。」

「………。それで、ドラゴンのことについてなんだけど。ドラゴンの幼体を拾ってさ。何か知らないかと思って聞きにきたんだけど、」


 そこまで言いかけフリルは言葉を止める。

 ――なんでこの人に聞くんだろう? ルイスの顔にそう書いてあった。


「この人、子供のころ一人で魔物の森で数年間過ごした人なんだよ」


 納得の様子でルイスが頷いたのを確認すると、ヴィネスが口を開いた。


「……ドラゴンについては、空から卵を産み落とす事しか知らない。」

「そうなの!? ずいぶんヴァイオレンスな産卵だな……」

「……幼体は数回見たことあるけど、懐かれたことない。」


 服の隙間から顔を出したルーを、ヴィネスはかすかに羨ましそうな目で見る。

 その機微を察したフリルが「そ、そうか……」と言い、あからさまに話題を変えた。


「それで、次は王宮のことなんだけど、」


 またしてもヴィネスの顔を見て言葉を止める。


「どうした……?」

「……もういいや。箝口令敷かれてるけどもういい。全部言う。」


 デジャブを感じたフリル。

 ヴィネスは一瞬ルイスの方を気にしたが、そのまま言葉を続けた。


「……フリルがいなくなってから王宮はとんでもないくらい荒れてる。仕事が進まなくてどうしようもないから、フリルがやってたところの一部を私が引き継いでやってるけど――」


 表情は乏しいが真剣さは伝わってくる。

 ヴィネスは充分タメを置き、嗚咽と共に机に伏した。


「どうした!? 大丈夫か!?」

「……………………ない。」


 小さな声で何かを呟いている。


「なんだって……?」

「大丈夫なんですか……? なんか喘いでますけど……あれ? もしかして泣いてます?!」



「うぅ……警備しながら国を32往復なんて……できないっっ!!」



 普通であれば理解不能。


 当然、フリルは「それはそれは大変だね……」と真剣を装っているが、何を言っているのか、わかってはいない。

 しかし、フリルとしばらく過ごしていたルイスにはその言葉の意味が、ヴィネスの気持ちが、よくわかった。


「あぁ……それはお気の毒で……」

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