第7報 『フリルの存在』

 追放されて四日後、運命の日。

 今日、本来なら西国との定期会談の予定があった。



 首相とフリルの出会いは、今から二年前の就職翌日、

 関係最悪だった西国との会談に望ませ、失敗させ、それをダシにクビにしようという王宮上層部の思惑だった。


 で、言われるがまま望んだ結果『ずっと続いてきた戦争の終結』という歴史に残る快挙を果たしてしまったというわけだ。


 元々は講和会談という体で行われていた。

 しかし、今や西国の首相の日頃のストレス発散になっており、

『一ヶ月に一度のこれが私の生き甲斐といっても過言ではないわっ!』

 と公言するほどである。


 そのため、会談といっても、西国の首相と一時間ばかり雑談をするだけ。

 いつもはそれでよかった。


 ただ、今回は勝手が違うらしい。


 ものものしい雰囲気で王宮の前に西国の一行が近づいていた。


    ☆


 四日目の朝、フリルの部屋。

 朝日が当たるように調節したベット。


 妙な息苦しさを感じ、フリルは目を覚ました。

 鼻先をくすぐる女の子の優しい匂い。そして微かに木の匂い。

 スゥスゥと妙な音も聞こえる。


「……なんだ」


 まずは木目の天井、次に窓から見えるシャボンツリー、最後に小さな頭が視界に入った。


「………ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィネス!? な、なぜここに……!?」


 ――バタンっ!! 


 と大きな音を立てて開かれるドア。


 学院の制服姿で慌てていたルイスは、部屋の様子を見て一変。


 目が合ったフリル。

 背筋の凍るような錯覚を覚えた、冷たい汗が頬を伝う。

 一瞬の沈黙の後、これはまずいと感じたフリルは、早口で弁明を試みる。


「ち、ちが! これは違うんだルイス!! 俺はなにもしていないっ!! 気づいたらここにヴィネスがいて……それに!! ち、ちょうどよかったなルイス……俺も今起きたところだったんだ……な?」


 なおも変わらぬ凍った目。


「なんで二人が………同じベットで寝てるんですかぁぁ!!!」

「だから、俺はなにも、」

「私も寝ますっ!!!」


 流石は剣一本で、魔物数十万を相手にした英雄、強烈なダッシュで一瞬のうちにフリルの布団へと潜り込んだ。


      ☆


「つまり、危険な森で暮らしてたから、安心できる場所じゃないと寝れない……で、その安心できる場所が、フリルさんの腹の上だったから、本能的に夜這いしてしまったと………いうことですね」


 リビングで、フリルは申し訳なく縮こまっていた。

 例によって仏頂面のヴィネスは、目こそ空いているが、おそらく起きてはいない。


「そう、そう。わかってくれたか。」


 ルイスが「そう言うことなら、別にいいですけど。それはそうと、」と一言おく。


「なんで今日そんなにそわそわしてるんですか?」

「おととい言っただろ? 今日会談があるんだって」


 思い出したように「あぁ〜」とこぼす。


「ルイスはなんだよ? 今まで俺の部屋を覗くことなんてなかったろ」

「あっ! そうですよ! 今日学校なんですっ! それで送ってもらおうと思ってフリルさんの部屋に行ったらあんなことに!」

「なるほど、偶然が重なった結果ということか。ヴィネスには俺から言っておくから。んじゃ、行こうか」


「もう、よろしくお願いしますよ。」とルイス。

 ルイスはまだ思春期真っ盛りの可愛い女の子です。


     ☆


 その頃、王宮、部長室。


 イェラン・グリルモート。

 王立学院に入学後、実力で王宮に勤務する権利を獲得。

 4回の試験の後、はれて王宮の職員となった。

 順調に地位を上げ、気づけば王宮内でそこそこの地位へと昇格していた。

 現在は、四部問あるうちの一つのまとめ役を担っている。


 ………そう、ヴィネスが言うところの、である。


 爪をかみ、机が揺れるほど激しく貧乏ゆすりをしていた。


「くそ、くそ、くそ!! あぁぁ、どいつもこいつもフリルフリルと……」


 扉が勢いよく開かれ、若い王宮職員の姿が見える。


「なんだっ!! このクソ忙しい時に、クソが!!」


「……ど、道路補修の要求が……623件……古くなった建物の改築が……2817件……」

「新規公共事業47件全ての滞りに伴い、負債が16兆5,600億3000万……魔物災害により遅れていた事業18件全ての作業計画見直しに伴い、必要経費13兆7800億の増額……」

「魔物災害の被害にあった地域の復興支援要請が61件、なぜ呼んだ時に助けに来なかったのかとクレームが多数」

「……都市開発38件、うち、16件の中途中止に伴い負債が59兆9,200億、これは現時点での見積もりです……今後10倍以上に拡大する見込みとのこと……」


 顔から血の気がスッと引く感覚に襲われた。

 真っ青になったグリルモートに、若い職員はさらに言葉を続ける。


「……さらに、都市開発、新規事業の全てがフリルさん基準で行われていため………これから全ての見積もり見直しが始められます……。フリルさんの能力を数値化し弾き出された増額目安は……プラス19,600%増……………およそ、」


 呼吸を忘れていた若い職員はそこで一息入れ、そして――


「6京3760兆超………国家予算約130年分です……」


 途方もない数字に、二人とも息を荒げる。

 閉口しカタカタと震え、何も返事のないグリルモートに、疲労の溜まった若い職員は、意を決して言葉を綴る。


「………やはりフリルさんを………ただ数兆円単位の、最後の一桁を打ち間違えたくらいでクビにするのはやりすぎだったのでは………二年間失敗したことがない、それどころか、嫌がらせで与えられた仕事全てで完璧……いや、それ以上の成果を出している人智を超えた狂人ですよ………」


 そこまでいうと、膝を折り、手を床につけた。

 涙を流し額を床に擦り付ける。


「どうか………どうかお考え直すことはできませんか……!! ……フリルさんにっ!! ……フリルさんに、どうかちゃんと謝って………戻ってきてもらいましょう……!! このままでは……っ……このままでは………この愛すべき王国が滅んでしまいます……っ!!」


 王宮職員としてのプライドなどかなぐり捨て、ただただ王国の安泰を哀願する職員。


 しかし、


「だ……黙れ……俺は………俺は何も悪くない……」


 ふらふらになりながら立ち上がったグリルモートは、土下座する職員のもとへ歩み寄る。


 目に見えて実害が出ている、そして自分もここまでやってるんだ。

 いくらこのクソ上司といえど、人の心は残っているはずだ。

 そう思い、イエスの返事を期待していた職員は、唖然として涙や鼻水でぐしょぐしょに濡れた顔をあげた。


「……………はぁ……?」


 次の瞬間――


「ぐふぉッ――!!」


 グリルモートの足が、職員の腹にめり込んでいた。

 更に、苦しそうにもがき、床で悶える職員の顔を踏みつけ、


「そんな無駄口を叩く暇があるのなら、西国との会談の準備をしろ」


 血走った目をしてそう、吐き捨てた。

 フリルにしたように、唾を吐きかけ………。



 ――会談まで残り1時間。


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