第8報 『フリル損失の損害』について
王宮前、既に西国の一行が待機していた。
ユミル・ローカラッテ。
西国の初代女性首相。スレンダーな体型の貴婦人である。
二年前、当時、一介の役人だった彼女は、上司に言われるがまま、王国との会談に挑んだ。
国同士の会談に、国の代表が出ないと言うのは、いつ全面戦争が起きてもおかしくないとんでもない挑発行為である。
当然、フリルに会談に行くよう命じた王宮上層部の思惑も、そこにあった。
不景気に陥っていた両国は、景気を良くするため、お互い戦争を激化させることを目論んでいたのだ。
フリルを会談に出せば、全面戦争は避けられない。
更に、この邪魔者フリルをクビにできる……まさに一石二鳥。
王国側は、人類の頂点とも言えるエリートたちの策謀……完璧であるはずだった。イレギュラーなど起こるはずがなかった……。
が、知っての通り、両国の上層部の思惑は、お互いが同じようなことをしようとしたために、相乗効果でまったく真逆の方向へと動いた。
その結果、ローカラッテは歴史的快挙を果たした偉人として、国民から多大な支持を受け、勢いそのまま首相の座へと着いたのだ。
「あぁ……フリル〜!! 早く会いたいわぁ!!」
「首相……今回は少しばかり真剣に話していただかないと……色々と問題が起こっていますゆえ、」
「ふふふ、えぇそうね。でもま、それは十分で終わらせて、残り五十分は……」
ふふふと微笑むと、「はぁ! フリル〜! 会いたいわぁ」と恍惚の表情を浮かべた。
☆
その日の昼休み、王宮の小綺麗な食堂。
いつもは王宮職員たちがごった返し、きらびやかな雰囲気に包まれているそこに、似つかわしくないほど暗い闇を放つ人間が、チラホラと見えていた。
「どうしたんだお前、最近元気なくないか? 王宮勤めてんのに、何か不満なのか?」
「俺……もう……ここ……やめる」
そのうちの一人が突然、そんなことを言い出した。
クソ上司、グリルモートの部下で、フリルの先輩である。
「冗談だろ? この王宮に入るだけでどれだけの苦労をしたと……自分から人生イージーモードを放棄するなんて」
「………何がイージーモードだ……」
「お?」
「お前は言われたことがあるか………ここから8,000キロ以上あるところから、『はぁ!!? なんで今すぐ来れないんだよ! 魔物の襲撃で人々が危険に晒されてるって言ってるだろ!?』って……」
「………???」
相手の男は眉根を寄せて固まってしまった。
それもそのはず、8,000キロ以上離れていると言うのに会話が現在形、かつ『なぜ来れないんだよ』という、いかにもあちらから連絡を入れているような、あべこべな表現が使われているのだから。
………つまり、常識の範疇を超えた会話であることを知らないのだ。
「行けるわけないだろ……俺たちは人間なんだぞ………クソ………国民は『最近便利になったなぁ』くらいしか思っていやがらない………」
「ちょっと待て、その前からついていけてないんだが、なぜ8,000キロ以上離れているのに、そんなリアルタイムで会話しているような表現になるんだ? 手紙だろ? 普通届くまでに一ヶ月以上かかるぞ」
「あぁ? あぁ……そこからか。そうかお前らは知らないよな。お前たちのところは王宮掃除と検問常駐しかしないもんな。リアルタイムで話してんだよ」
「…………は?」
「いちいち驚くな。」と前置きし、続きを話そうとしたフリルの先輩を止める。
「いやいや、お前は何を言っているんだ? お前………まさかやばい薬でもキメてんじゃ………?」
「はぁ……まぁそうなるだろうな。お前はフリルをみてないからな。フリルもほとんど缶詰か外に出てたし」
「フリル? 飛び級で学院卒業したっていうバケモンか? 噂にゃ聞いてるが」
「んなぬるいモンじゃねぇよ」と、ため息混じりに吐き捨てる。
「……あの異人フリルが、遠距離通信機とかいう訳のわからん魔道具を開発して、それを方々にばら撒いたんだよ。」
男が「すごいな……」と万感の思いの前置きをする。
「だが、それが8,000キロを一瞬で移動できる理由にはならないだろ」
すると、フリルの先輩は、
――バンッ!!
と、思い切り台を叩き、そして机に伏せた。
「できるんだぉ………っ!! あいつはぁ……っ!! なぜか知らんが一瞬で移動できるんだよぉ……っ!! うぅわぁぁああ!!!」
溜まっていた心労が一気に来たらしい。
大声で泣き出した同僚に、いたたまれなくなった男が、励まそうと試みる。
「ま、まぁ……いいじゃないか。最近は王宮の仕事もめっきり減って、楽していい給料もらえる超ホワイトな環境で働けてんだし、何よりここ辞めるなんてデメリット以外何もないだろ? お前も元気出せよ。あれだろ? やりがいがないって嘆いてんだろ?」
全く見当違いの解釈に、フリルの先輩は呆れて閉口した。
「………そうかそうか。お前らは知らないんだな。いいこと教えてやる。フリルはもう居ない。あのバカ上司がクビにしたからな。」
「そうなのか、そりゃ痛い損失だな」
「………うちの部門で王宮の9割の仕事を担ってきた。そのうちあいつがやってた8割の業務が今、うちの部門でどう割り振りするかを決めるために、もろもろの見直しが始められている。」
「………待て待て。8割? なんの冗談だ」
「黙ってきけ。ついさっき『フリル損失による損害』のより正確な概算が発表されてな。これだとよ」
と言って、二本指を立てた。
「200万?」
フルフルと首を振る。
「2,000万?」
フルフル。
「2億?」
フルフル。
「20億……?」
フルフル。
「………200億か……?」
フルフル。
「もう教えろよ。」
「………………国家予算200年分だそうだ。」
放心する男。
フリルの先輩は、構うことなく言葉を続けた。
「奴が担っていた8割の業務が、これからお前たちの部門にも振り分けられるだろうな。なんせ、元々は四部問で分担してやってたんだから。仕事に関しては、前のようにやればいいんだから、お前たちは楽だろうよ。ただ、お前ら、覚悟しろよ。国民はそれじゃ納得しねぇ。国民の当たり前の水準は、さっき話した通り、バカみたいに上がっているからな。容赦無くあいつ基準の仕事を要求してくるぞ。移動は一瞬、改築時の改築案はカラーで、道路補修は二日以内、魔物災害の対処は連絡後1秒以内………。できないとなれば、不満が溜まりまくって何をしでかすかわからんぞ」
現実味のない話に、男は放心したままだ。
「それに加えて、まだ精査途中だから発表はされてないが、王国はフリルを失って、既に途方も無い負債を抱えている。それに、これから行われる定期会談。陛下が出ることになるだろうが、そこでフリルがいなくなったことがバレる。西国の首相は『一ヶ月に一度のこの会談が私の生き甲斐と言っても過言ではないわっ!!』と公言するほどの、フリル大好き人間だからな、それがいないとなれば、勇者奪還を体に八つ当たりしにくるぞ。もちろん、戦争という強引かつ非情な手段でな」
そこまで聞いてようやく話を飲み込んだ男。理解はできないが、整理することはできたらしい。
先程イージーモードと言ったこと、それが今やはるか昔のことに思える。
そういう錯覚に陥った男は、
「俺………もう………ここ………やめる」
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