第9報 『会談直前』

「なに? 西国との会談に出ろじゃと?」


 王クライスが、トゲのある声音で、そう言い放った。

 眼前で控えていたクソ上司、グリルモートは、首を垂れたまま、びくりと震える。


「は……はい。フリルがいないので……」

「まぁ、良いじゃろう。普通は、国の代表同士が出るものじゃ。今までが異常だったのじゃからな。それに、お前はよく働いてくれているようじゃしな」

「………は、はい。ありがたき幸せ………」

「フリルが未だに見つからぬのは残念じゃが、行政はワシ一人でもできる」


 クソ上司が、面倒だと言う理由で、フリルを王の元へ向かわせた時、王はフリルに行政について話した。


 初めは自身の素晴らしさを誇示するためにそうした。


 しかし、フリルは、肯定しつつも、直した方が良い点や、施行に伴うメリット・デメリットを、王が想定したものよりも、遥かに深い理解で補填ほてんしたため、

 興味を抱いた王は、その意見をそのまま反映させた。


 すると、驚くことに、フリルの言った通りに、全て事が進んだのだ。


 その後以降、王は行政を行う際、必ずフリルに確認をとるようにしていた。


「今後も頼んだぞ」

「………は……っ」


 ちなみに、その時やった仕事は『冒険者カードの作成』というものだ。


 冒険者は定住しない。そのため、よく国を行き来するのだが、毎回長い検問を通る必要があった。


 それが、冒険者カードを見せれば、一気に解決できるようになったのだ。その他、素材の取引などでも、元々は長い手続きが必要だったのだが、それもカードで一瞬。


 表向きには王がそれを解消したとされているため、クライスは冒険者にかなり支持されている。


 ただ、弊害もあった。

 それは、危ない人間が容易に入ってくるかもしれない、という懸念だ。

 以前検問で、ルイスが引っかかったあの魔道具、あれは施行に伴い、デメリットを取り除くためにフリルが作成したものだ。


   ☆


 数分後、会談の間。

 バロック調の室内に、壺や巨大な絵画などが飾られている。


「一ヶ月ぶりだわ……もうフリル!! 会いたかったのっ――」


 一ヶ月ぶりにフリルに会えるという期待を胸に、勢いよく扉を開いたローカラッテは、


「ようこそおいでくださりました。ローカラッテ首相」


 若く、好青年なフリルではなく、萎んだジジイがそこにいたことに、表情を一変させた。

 そして、ゴミを見るような目で王クライスを見た。


「これはどういうつもりでしょうか」


 陰る顔に、氷のような冷たい声。


 クライスは、何か粗相でもあったのかと、思考を巡らす。


 しかし、そんなものあるはずがない。


 クライスは王として、相手に失礼のない、完璧な振る舞いをしていたのだから。


』……? どういうことじゃ……。相手は弱冠23歳で、首相の座まで、上り詰めたやり手じゃ。言葉そのまま受け取るものではないことはわかる。裏に何か別の意図があるはず……。


 一国の王らしく、思考をフル回転し、言葉の裏を探ろうとするクライス。


 でも残念。


 その女は言葉そのまま、なぜフリルじゃなくて、お前がいるんだよ、と聞いてるんですよ。


 そんなことなど、思いもよらないクライスは、考えあぐねた結果………


「………たまにはこういうのも良いかと………」


 と言って、相手の返答から、不承を類推るいすいしようと試みた。

 いかにも、賢くプライドの高い人間が取る手段である。


 しかし……ローカラッテは、それを挑発だと受け取った。


「ほぅ。なるほど」


 虫けらをみる目でクライスを見下す。


 まさかの、無限大の可能性を秘めた返事に、これでは全く絞れぬぞ………と焦るクライス。


 だが、一ヶ月に一度の生き甲斐を、邪魔されたとはいえ、一応は一国の首相。

 弱冠ローカラッテも、大人の対応を見せる。


「そういうのは結構です。早くフリルを呼んでください」


 と、パッと顔を変えて、にこやかな表情でフリル召喚を促した。

 側に仕えていたグリルモートが「どいつもこいつも、フリルフリルと……」と歯軋りする。


「え、えぇ………今フリルは外に出ておりまして………」

「ならフリルが開発した、遠距離通信機を使えばよろしいでしょ?」


 ここでフリルがいないのがバレるのはまずい。


 クライスはなんとかして誤魔化す必要があった。


 そこで、誤魔化そうと色々思考を凝らしたのだが。


 だが、フリルが転移をつかえること、遠距離通信機でいつでも連絡がつくことを知っているローカラッテの前では、無駄な足掻きであった。


 フリルと連絡が取れないとは、つまり、フリルに何かあったか、王国がフリルに縁を切られた。

 この二つを意味するが、前者は月が割れてもありえない。となれば後者だ。


 そう悟ったローカラッテは、スーッと息を吸い、天井を見上げ。息を吐くと、真顔で、


「もう話す事はありません」


 そう吐き捨て、身を翻した。


 これが正常な会談スタイルなのに、なぜか機嫌を損ねて帰ってしまったローカラッテに、クライスは止める余裕もなく、ただただ首を傾げるしかなかった。


「………ナンデ……?」


     ☆


「懐かしい、変わってないなぁ」


 その頃。ルイスを学院に送るため、学院に転移したフリル。


 王宮の目と鼻の先にあり、世界最大の敷地面積を誇る学院は、1日では回りきれないほど、さまざまな施設がある。

 全校生徒は約10,000人。校舎は一つ。

 六階建てで、上から学年別に分かれている。


 2年ぶりの風景に、フリルは一望し、呼吸を一つ打った。


「2年ぶりですよね? よかったら一緒に教室までいきましょうよっ!! 四年生の教室案内しますよっ!」


「どうしようかな?」と苦笑いするフリル。

 すると突然、


「なんだぁ!? なんでここに学院の人間以外の奴がいるんだよ! 汚ねぇ劣等種がこの神聖な大地踏んでんじゃねぇぞ!!」


 後ろから声がし、すぐに男の姿が見えた。

 身長170センチのフリルが、見上げるほどの大男である。


 振り返ったが、当然相手にはせず、フリルは「若いなぁ」と苦笑いだけをこぼした。

 そんなフリルの袖を引っ張り、足早にその場を去ろうとするルイス。


 あーめんどくさいめんどくさい、下級生はフリルさんのこと知らないから。


 そう思い、黙ってその場を去ろうとしたルイスに、今度は矛先が向かった。


「その紋章、この学院の四年か! しかしよぉ!! 今年の四年は覇気がねぇよなぁ!! ほんとにうちの生徒かぁ?! 裏口入学でもぶっかましてんじゃねぇのかぁ!?」


 後から現れたその大男の取り巻きが、アヒャヒャと下品な声をあげる。


紋章を見た感じ、全員一年だ。


 だが、ちょっと冷静になって、考えても見て欲しい。


 この学院は、裏口入学を一切受け付けない、完全実力主義の人外魔境だと前述した。


 当然、指導する教師陣は、それらを取りまとめられる力量が必要だ。

 となれば、必然的に、それを取りまとめる教師陣は、そのさらに上をいくバケモノと言うことになる。


 裏口入学――それはつまり、その教師陣の目をかい潜ることを意味する。


 つまり、この学院ではむしろ、裏口入学できる方が、バケモノなのだ。


 そんなことなど、考えもしないバカ連中は、未だに下品な笑い声をあげていた。


 その喧騒を、背中で聴きながら、ルイスは思う。


 そりゃ、入学初日のオリエンテーションで、全員プライドをへし折られてますからね。丸くもなりますわ。

 入学試験でフリルさんと一緒になった人間を除いて、みんなそれまでは、自分こそがこの中で1番強い、って思ってた訳ですから。

 つんつんに尖ってたのが、今や聖人のように、ピカピカのツルッツルですよ。

 フリルさんのことを知ったら、切磋琢磨なんて無理ですから。


 そんな、ルイスの視線に、フリルは「??」と首を傾げる。

 ルイスは溜息を吐いてさらに手を引いた。


「フリルさん。あんなの相手にする必要ないですよ。行きましょう」


 全く。たまにいるんですよね。オリエンテーションで教師にボコボコにされてもへこまない奴が。


 学院のオリエンテーション………それは、教師たちが、つんっつんに尖りまくった生徒に、力の差を示すために行われる、学院の伝統行事である。


 新入生が大体30人のグループに分かれて、教師一人対生徒グループで、模擬戦闘を行う。

 その時、教師は手加減し、死なない程度に生徒を叩きのめす、かなりヴァイオレンスなイベントだ。


 大体の生徒は、そこで力の差を思い知りまるくなるが、たまにこうやって、『相手は教師なんだから負けても仕方ねぇ』と開き直って、まるくならない奴がいるのだ。


 それが、今絡んできているこいつらである。


 ルイスの挙動を逃げたと勘違いしたのか、さらに詰め寄る不良たち。


「おい、逃げずになんとか言えよ? 学院の恥!! ヒャハハハ!! そこのふっつう〜の平民と一緒で、この学院の本物の生徒である俺に怖気ついたかぁぁ!?」


 まだ若いルイス。多感な時期のルイス。


 ゆっくりと歩みを止め、「あぁ?」と低い声を漏らした。


 自分の誇りでもあるフリルを馬鹿にされ、ぷっつりと切れてしまったみたいだ。


 腰に挿してある剣を引き抜き――


「なんつったオラ? そこまで言われたらもうやるしかないわアァ!? 決闘じゃ我ぇぇ!!!」


 切先を大男に突きつけ、決闘宣言をしていた。





〈作者コメント〉


想像つくでしょうが、学院の[]はかなりえげつないです。

]のレベルもえげつないです。

(一応はツッコミ担当常識人枠のルイスも、世間一般の常識からかなりズレてます。)


次回はそんな、学院の常識が垣間見えるので、ちょっとグロ注意ですが、ご覧になってください。

死人は出ません(一応)

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