第10報 『ルイスの剣技』

 学院前、学院の生徒らが集まっていた。


「ル、ルイス……」

「見ててください。私だって、フリルさんに追いつくために、飛び級するために、頑張ってきたんですからっ!」


 心配そうに見つめるフリル。

 なにせ相手は、ルイスのおおよそ2倍はありそうな大男である。


 女性としては平均的な身長のルイスが、全く子供に見える。


 周りの意見も、〈大男が勝つ〉に傾いていた。


「ヒャハハハ!! こいつっ!! 飛び級だってよ!? まぁーだあの都市伝説信じてたのかよ!! こりゃ飛んだ大物がいたもんだっ!!」


 周りの学生も、下級生が多かったらしく、ワッと笑いがおきた。


 煽られたルイス。しかし、なぜか、ニヤニヤと誇らしげに、ムッフーというオノマトペが出てきそうな表情で、フリルの方を向いた。


――フリルさんっ! 伝説ですってっ!! キャはっ!


 頑張って身振り手振りでそう伝える。


「??………わたしが……ぐるぐる回して………ドッカーン……?」


 残念ながら、フリルには伝わらなかったらしい。


 それでも満足げな表情で、ルイスは剣を構える。


「やっちゃってくださいよ! ゴブデンさん! 生後二日で大グマを倒した怪力で!!」


 そう、この男が、生後二日で大グマを殺した、一年筆頭の怪物である。


「そんなに褒めるな褒めるな! おいおい! この女! 罵られて嬉しそうにしてるぜ!? ドMかよぉ!! ヒャハハ、」


 ――フッ。


 一瞬だった。

 立っていたところから消えたルイスは、次の瞬間、その大男の背後に立っていた。


 静まり返る群衆。


 カチン。と、剣を仕舞う音が、そよ風と共に、全員の耳朶を打つ。


 フリルは溜息をこぼし、「言わんこっちゃない……」と頭を押さえていた。


 次の瞬間、ぼとぼとと、輪切りにされた大男の両腕が落ち、体も徐々にズレ、上半身は地面に打ち付けられると共にバラバラに四散した。

 凄まじい量の血が吹き出て、あっという間に血の池が広がる。


「二歳で大グマを倒したところで、所詮は動物。数十万の魔物を斬ってきた私の剣の前には、嵐の中の蝋燭ろうそくに同じ」


     ☆


「うわぁぁ……っ!! フリルさぁぁん……っ!!」


 せっかく格好良く不良を撃退したルイスは、今度は泣きじゃくってフリルにしがみついていた。


「そこまで恥ずかしがるのなら、言わなければよかっただろ……」


 そういって乾いた笑みをこぼす。


「だってぇ……フリルさんにかっこいいところ見せたかったんですもんぅ………」

「『私の剣の前には嵐の中の蝋燭ろうそくと同じ』だったっけか?」

「あぁ、あぁ、あぁ!!! 言わないでぇぇ……っ!! フリルさんのばかぁぁ………っ!!」


 ポカポカとフリルの胸を叩くルイス。

 そう、先程の決め台詞を思い出し、あまりの羞恥に悶えていたのだ。


 こりゃ……『生後二日』と『二歳』を間違えてたのは、言わない方がいいな……と、フリルは心の中で留めておくことにした。


 そんな抱き合う二人の側を、先程、王クライスをゴミクズを見る目で見下してきたローカラッテが偶然通りかかった。


 とはいえ、王宮と西国を結ぶ一直線上に、学院の入り口は存在するので、当たり前といえば当たり前だ。


 ローカラッテは、『一ヶ月に一度のこの会談が私の生き甲斐といっても過言ではないわっ!!』と公言するほどの、フリル大好き人間である。

 それが、その最愛の相手が路上で、人目も憚らず女と抱き合っている(ローカラッテにはそう見えた)姿を見ればどうなるか、想像に難く無いだろう。


 ローカラッテは絶句する。

 脱力し、地面を這うようにしてフリルに擦り寄った。


「………フ……リ……ル………」

「ゲッ! ローカラッテ!? なんでここに……会談の時間だろ!?」

「………そんなもの、突っぱねてきてやったわ」


 ローカラッテが「………それより」と目をガン開き、ルイスを指差す。


「ナニコレ」


        ☆


「なーんだ! そう言うことだったのねっ!」

「わかってくれたか……はぁ」


 なんとか事情を説明したフリル。

 ルイスが「この人は……?」と、言いたげな目でフリルを見上げていた。


「こちら、西国首相のユミル・ローカラッテだ」

「………えっ。首相!? この見た目で!?」


 ローカラッテが鼻を鳴らす。


「そうよっ! 私、この若さで首相なのっ!」

「戦争終結と、その他もろもろで、国民からの支持を得て、そのまま首相にまで登ったんだ」

「へぇ………」


 フリルさん(ローカラッテではなく)って一体何者なんだろう………と心の中で思うルイス。

 すると、おもむろにローカラッテが、フリルの手を取り、自分の胸に押し当てた。


 固まるルイス。

 フリルの手に柔らかな触感が当たる。


「フリル。私のところに来ない? あなた王宮をやめたんでしょ?」


 話が全く頭に入ってこない。隣で邪神が生まれそうなほど殺気を放っているルイスに気遣い、あたふたしながらも、フリルは手をのかそうとした。


 だが、賢者であるフリルは、魔法が使わなければ一般男性と力は、そう変わらないのだ。

 ぐいぐいと腕を引き戻そうとするが、そうする度に振動が、ローカラッテのに伝わり、「あっ……」と甘い声をこぼす。


 そしてもう、隣で邪神になりかけているルイス。


「ちょ、お、お、お、はなせって………!」


「えぇ? さっきから揉んでるくせに?」と悪戯な表情を浮かべるローカラッテ。


 その瞬間、地面が揺れた。

 闇のオーラを放ったルイスが、地団駄で、地面を踏み抜いた余波だ。


 邪神の誕生である。


「……フリル……さん? なんで揉んでるんですか……?」

「お、俺!? い、いや揉んでなんて、」

「私のも、揉んでください!!」


 流石は剣一本で、魔物数十万を相手にした英雄、素早いジャブで、一瞬のうちにフリルの手を、自分の服の中へと潜らせた。


 両手にサイズの違う至高の果実。この状況をできるだけ穏便に納めるため、フリルは甘んじてこの状況を受け入れることとした。


      ☆


「も、もういいよ。充分触ったし……」

「あら、そう? 絶倫フリルは、こんなもんじゃ満足しないと思ったんだけど?」


 顎をクイッと人差し指で撫であげるローカラッテを、「やめろやめろ」と振り払う。


「フリル! 本気でうちに来る気はなぁい? あなたがもう、王国の職員じゃ無いことは知ってるんだからっ!」


 す、すごい……ほんとにフリルさんが言った通りに、今日バレてる。と、感心し、そしてフリルの返答を、ルイスは息を呑んで待つ。


「やっぱりその話か、」と前置きすると、


「誘いはありがたいけど、遠慮しておくよ」

「なんでっ!? 私もいるのに……だって今フリル無職でしょう!? ニートでしょう!?」

「俺もやることができたんだ」


 不安げに見つめていたルイスはパッと瞳を輝かせた。


「やること……?」

「そ、俺の余生はそのために使おうと決めてる。だから、」

「じゃあ、私がそのやりたいことっての、首相の権限を使って、なんでも支援するわっ! それでどう?」


 この発言には、お付きの人間が苦笑いを浮かべた。


「いや、お金とかで解決できるものじゃない。」

「なんなの……フリルがそこまで情熱をかける、やることって………」

「村を作って余生をのんびり暮らすことだ」


 今まで黙っていたルイスも調子が上がったのか、口を挟んだ。


「そうですよっ! だからフリルさんの邪魔しないでくださいっ! 西国の首相だか、変態だか知りませんがっ! シッシ!」


 言っちゃりましたよフリルさんっ! と言う表情のルイスに、さっきのあれはノーカウントなのか? と困惑の表情を向けるフリル。


「………村づくりね……わかったわ。私がそっちに行けば良いんでしょう!? もう、遠回しが好きなんだからっ!」

「誰がそんな話をしてるんですかっ! ただでさえ今日大変だったんですからねっ! 王宮の小さい変態がフリルさんを夜這いしてっ!」

「フ、フリル……? ほんとなの?」


 震えて口に手を当てるローカラッテ。

 ルイスは「ほんとですよっ! ですよねフリルさん!」と迫るが、フリルは「部分的に合ってるだけに否定しずらい……」と頭を抱える。


「………う、うぅ……フリルが……フリルの貞操が……」

「お前にそんな心配される覚えはないんだが。」

「でも、償ってよね。最近色々事件が起きて、それを今回解決しようと思ってたのに、フリルはいないって言われたんだから。私の一ヶ月に一度の生きがいを奪っといて知らんぷりはないでしょう?」

「具体的になんだよ……もう内政に関わる気はないが、一応聞いといてやる。」

「魔物の被害やら、道路の破損やらで、輸出入車の往来が滞ってるの。それも異常な数ね。そのおかげで、輸出国家のうちとしては、不景気まっしぐらよ。このままだと、勇者奪還を体に、戦争始めないといけなくなるわ」

「そうか、好きにしたらいい。もう俺には関係のないことだ」

「ほんとにいいの!?」


「ただし」と前置きし、鋭い眼光でローカラッテを射抜いた。


「俺の村に少しでも手を出してみろ。その瞬間、地図から消す」


 だが、


「その表情も素敵よフリル……」


 恍惚の表情を浮かべ、「んじゃ、戦争の準備があるから、バイバーイ!」と物騒なことを言いながら走り去っていった。


「はぁ……ほんと、あの人は打てど響かずなんだよ……調子狂うなぁ」


 そんなことをこぼすフリルを見て、ルイスは、本当に言った通りになっちゃった、と感心と恐怖の、両方を感じていた。

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