第2報 『やり残したこと』

 荷物をまとめて王宮を出たフリルは、当てもなく城下町をぶらついていた。


「あ〜あ。これで無職になっちゃったなぁ」


 フリルは王立学院首席である。それもただの首席ではない。

 王立学院とは、王国のみならず、方々の国々からも応募者が殺到する、世界最高峰の教育機関である。

 裏口入学は一切受け付けない、完全実力主義の世界――平たく言えば人外共の巣窟だ。


 ――生まれ落ちた時の第一声で魔法を操り家屋を全壊させた者。

 ――生後二日で大グマを相手に素手で殺り合い、勝利した者。

 ――短刀で周囲二キロはある国宝の大岩を真っ二つに割った者。

 ――魔境と呼ばれる魔物がのさばる森に捨てられ、数年後五体満足で帰還した者。

 ――剣一本で数十万の魔物の大群から村を救った者。

 そして――怒りを買えば一国が滅ぶドラゴンに単身で挑み、素手で殺す者。


 そんな世界だからこそ、入学できれば一生安泰。それどころか平民が一気に上流階級の人間へと昇華できる。それが信じられてきた。

 それゆえ、毎年入試倍率は100倍を優に超えるほどの激戦であった。


 在学期間は6年。


 外界の常識が一切通用しないイカれた世界。その中でも別格のトップ層十人にのみ、王宮で働くことを許される。そのため、王宮内は高いレベルで各々の均衡が保たれていた。


 そこに、それまでの常識を覆す天才の一言で表すにはあまりにも生ぬるいバケモノが現れた。


 ――フリルだ。


 フリルはそんな非常識渦巻く魔境が生み出した、人類最高傑作だった。

 いや、むしろ手に余ったと言った方が良い。


 魔境ゆえに全てが高レベル。その中で頭一つも二つも抜けた存在がいるというありえない事態に、学院は大慌てで対処を検討した。

 飛び級という制度自体なかった学院に、フリルは革命をもたらしたのだ。

 これはフリルが入学した初日のオリエンテーションでのことである。


 飛び級に飛び級を重ね、一年が終わる頃にはもはや誰も教鞭きょうべんを執ることができないほどの成長を遂げたフリル。

 一年生が終わったフリルに、もはや人外魔境学院ですら手を余し、学院は莫大な苦労をかけ、創設時から六百年変わらなかった伝統ある制度をフリル一人のために改訂したのだ。


 急ピッチで事は進められ、それから一年。


 そうして、二年で魔境、王立学院を卒業したフリルは、念願だった王宮で働くことを許可され、その年の倍率一万五千倍の試験にも一発で通ったのだが………


 周りよりも頭ひとつ抜けて優秀で、圧倒的に若かったフリルへの風当たりはそれはひどいものだった。

 その結果、意図的に王宮で四部問あるうち、もっとも過酷だと言われるあのクソ上司の元へ配属されたのだ。


 働き出して二年目。

 フリルの優秀さをしめたクソ上司は、自身の出世のため、王宮内の仕事を集められるだけ集め、それをフリルに丸投げしていた。

 優秀なフリルだからこそ徹夜でなんとかなったもの。常人であれば過労死するレベルの仕事量である。


 ついにはどれだけ自分が仕事を押し付けていたのかわからなくなり、それで出てきたのが先程の「永久追放だ!」だ。




「フリルさーん!! この前はドラゴン討伐、手伝ってくださってありがとうございました!!」


 はっとし、振り返える。そこに剣を携えた戦士姿の女性がいた。

 グラマーな体型、大人びた容姿だが、年はまだ二十歳を迎えたばかりのフリルよりも二つ三つ下なので、端々に幼さが残っている。


「ルイスか。いえいえ〜仕事だからね。あれくらいどうってことないよ」

「さっすがフリルさん!! 学院首席だけあって言う事が違うね!」

「ルイスは今年四年生だっけ?」

「そう!! せっかく同期だったのに、フリルさんはどんどん先いっちゃうんだから〜」


 ごめんよ。とフリルは控えめに微笑む。

 フリルとルイスは学院の同期で、在学中は良くつるんでいた。

 フリルはルイスを妹のように可愛がり、ルイスもまたフリルのことを兄のように慕っている。


「ところで昼間に外で会うなんて珍しいね? 緊急の仕事?」

「え、あぁ………ルイスには話してもいいかな」

「うん?」

「実はさっきクビになったところなんだ」


 次の瞬間、ルイスはフリルの手を取り王宮に向かって走り出した。

 驚くフリル。


「どうした?!」

「フリルさんがこの国からいなくなったらこの国は滅んじゃいますよ!! 今から行ってフリルさんにクビにしたバカに直談判しに行きます!」


 しかし、フリルは立ち止まった。


「どうして止まるんですか!? この国が滅んじゃいます!! 帰りましょう!! この二年間でどれだけこの国が変わったと思ってるんですかぁ!!」


 ルイスは深刻な顔して発破をかける。ルイスの言うことは誇張でもなんでもない。

 フリルが王宮に勤務してから二年間で、王宮の体制は大きく変わったのだ。


 一番の原因はあのクソ上司である。


 フリルの優秀さをしめ、ついには国の業務の約8割をほぼフリル一人にやらせていた。そのため、莫大な量の仕事をフリル効率化するためさまざまな手が加えられており、その中には王宮のエリートでさえ理解不能なシステムが多々あった。


 理解不能なだけであればまだ良い、最も憂慮すべきなのはフリル基準で行われていた物事だ。そこに関しては理解はできようとも人間には到底不可能な領域にあった。


 そのため、フリルが抜ければ国の業務は滞り、フリルが関与していた全ての事業が飛ぶ。


 クソ上司も王宮に勤務してそこそこの地位であるため、世間一般より優秀であることには間違いない。

 しかし、世間一般と比べればの話である。本物のエリートが集まる王宮では並の存在だ。そんな優秀な人間が集まってようやく処理できていた国業務を、フリルは二年でかえてしまったのだ。今更前の状態に戻れるはずがない。


「もう、戻る気はないよ。」

「もう、終わりだぁ………」


 決意の固まった瞳を見て、ルイスは頭を抱えてへたりこむ。


「………でも、これからどうするんです?」

「あてはないなぁ。」


 フリルは頭を悩ますそぶりを見せ、


「あ、いや。やり残したことを思い出した!」


 瞳に光の戻ったフリルをみて、ルイスもパッと目を輝かせる。


「おお??」

「就任して初めに草案を書いたんだけど、『そんな税金の無駄遣いさせるか!』って突っぱねられたのがずっと気がかりだったんだよね」

「………もしかしていやらしいことですか?」

「そんなまさか。子供達のことだよ」

「はぁ。えっ。フリルさん子供いたんですか!?」


 的外れな解釈にフリルは苦笑いをこぼした。

 「いやいやそんなわけないだろう」と、そんな前置きを置いて、フリルは空間魔法を展開し、中から一枚の紙を取り出した。


 そんなフリルにとって当たり前のことでさえ、彼女はまるで人外を見るかのように「………空間魔法」と独り言をこぼしていた。


「これ」


 差し出された紙を手に取る、ルイスは目を丸くして読み上げた。


「……『孤児院開設の申し出』?」

「王国の西部にたくさんの戦争孤児がいることは知ってるだろ?」

「あぁ……勇者の取り合いであのあたりは西国によく攻められてましたもんね?」

「そう。俺の仲介で戦争は止まったんだけど」


「またとんでもないことをフリルさんはさらっと言ってくれるなぁ………」そうこぼすと、ルイスは再び紙に目を落とした。


「勇者が現れてからずっと続いてきた戦争を、『たった一人で止めた』なんて会話の中でさらっと言ってみたいもんですよ。それで、こんな良い事業に対して国は『税金の無駄遣い』扱いしたんですか?」

「いや、国というよりむしろ俺の元上司なんだが………」

「やっぱりそのクズ上司殺しましょう」


 王宮に向かおうとするルイス。それを止めようと手を取ると「なんで止めるんですか!」と、地団駄を踏む。


「待て待て待て」

「だって! ルイスさんをクビにした挙句、子供達も金の無駄だって切り捨てたんですよ!! 万死に値するっ!」


 ぷりぷりと腹を立てるルイスを慣れたように流すと、改まって空を見上げた。


「俺はここを出るけど、やっぱり大人達の都合で子供達が不幸を被るのは見過ごせない」

「そりゃあ!! そーーーですよ!!」

「だから!」

「ふん?」

「俺が孤児を全員保護する! そして僻地で村を開き、のんびり余生を楽しむとするよ!」

「良いですね! 私も連れてってください! 養母さん第一号だぁぁ! やったー!! これからはずっと一緒に入れますね!!」


 驚かれるとおもってそう言った矢先、全肯定され、さらには乗り気なルイスに、フリルは苦笑いをこぼすしかなかった。

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