第3報 『ルビーの幼体・予想が外れた』
王国と西国の間にまたがる巨大な森林、その人の寄り付かないあたりをまとめてそう呼ぶ。
フリルとルイスは、村をおこすための下見に来ていた。
「……転移魔法なんて………」難しい顔でそう呟くルイスの横で、フリルは風魔法と重力魔法を、同時に操り森を開拓していく。
「そっか、ルイスは初めてだっけ? 転移魔法で移動するのは」
「そりゃそうですよっ!! ルイスさん以外誰も使えないんですから!」
「学院時代は使うことなかったもんな〜」
「しかも今だって、ただでさえ扱いの難しい重力魔法を、風魔法と同時に使ってるし………」
重力魔法で木を根元から引っこ抜き、そして埋め立て、風魔法で綺麗に用材に加工していた。
魔法を二属性同時に扱える人間は学院にもザラにいる。三属性操れるものも多くはないがいる。しかし、普通の魔法とは別格の重力魔法と光魔法、闇魔法を二属性同時に扱えるものはほとんどいないのだ。
涼し顔して作業を続けるフリル。
ルイスはすることもなくただたちすくんでいた。
何もすることがない。そこで、ルイスはこんなことを言ってみた。
「私予言します。三日もせずに王国は荒れる!!」
するとこんな返事が返ってきた。
「三日……うーん。そこまで早くは現れないでしょ? 王宮の人たちはみんなエリートだから」
「そうかなぁ。」
「俺の予想では、四日後かな。四日後に道路の改修が30件と古くなった建築物の改築120件、あと西国との定期的な会談、それと新規事業の作業計画の見直しが16件あったから、多分そこで西国に俺がやめたことが伝わって、また勇者の取り合い戦争が始まるだろうね」
そこまで聞いて耳を疑うルイス。
「それ一日でこなしてたんですか………?」
「一日というか、二十四時間で終わってはいたかな。三十連徹したこともあるぞ」
「さんじゅうれんてつ……? 何それ?」
「あぁ、徹夜って知らないか? 三十連徹は三十日間寝ずに働くことだ。その後十分仮眠してまた二十連徹やった」
「あ――聞き慣れない言葉だからわかんなかった。ついでに言えばフリルさんが本当に人間なのかもわかんなくなった」
「ルイスも剣一本で魔物の大群を撃退したんだろ? 人のこと言えないだろう」
そう、このルイスこそが、剣一本で数十万の魔物の大群から、村を救った英雄である。
しかし、残念ながらもうその村は存在しない。あまりに危険だということで、全員都市部へ引っ越したのだ。
「えへへ――でも凄さのベクトルが違うよね。もうフリルさんのは人間卒業してるっていうか。寝なきゃ死ぬでしょ………それで今もこうやってピンピンして森の開拓やってるわけだし。」
「お互い様だな」と笑いをこぼすフリル。
「そんなわけないでしょう」と、苦笑いのルイス。
ようやく開拓も終わったようで、直径百メートルほどの整地が完了していた。その端に用材が山のように積まれている。
「あースッキリした。すごい解放感だ。さて、まずは家だな」
「どれくらいの人間が住むんですか?」
「そう……だなぁ。戦争孤児は六千人ほどいた筈だけど、」
ルイスの顔を見てフリルは言葉を止める。
「どうした……?」
「いえ……後ろにドラゴンがいたもので」
「ドラゴン?」
ドラゴンと聞き、体長数十メートルはある、巨大な四足歩行のトカゲを思い浮かべたフリル。振り返ると、その予想を裏切る、手のひらサイズの小さなドラゴンが、宙を飛んでいた。
鱗で覆われた体表は赤く、背中にはお情けほどの小さな翼がついていた。
造形は立派なドラゴンだ。
「ルビー種の幼体か。にしてもなぜこんなとこに?」
赤いルビー、青いサファイア、緑のエメラルド、黒のダイヤモンド、白のパールといった風にドラゴンは鱗の色で大分されている。
その幼体はフリルの横を素通りし、ルイスの顔の元へと不安定に飛んでいった。
「ルイスに懐いたみたいだね」
「ドラゴンって小さいとこんなに可愛いんですね……っ」
「大人になると問答無用で襲ってくるからなぁ。それより家だ」
☆
ルイスの予想を裏切り、王宮内は早くも荒れていた。
「ななな!! フリルさんがいないんだ!!」
「あの超人真面目のフリルさんが訓練に遅刻するなんて……異常事態だぁぁ!!」
「探しに行きましょう! 絶対何かありましたよ!!」
「明日は隕石が落ちるのかもしれないっ!!」
新人研修のために集まった総勢12名の人外エリート達が騒ぎ立てていた。
皆一様に、世界の終わりのような顔をして、あたふたしている。
一応、魔境――王立学院のトップ十人、さらに倍率一万倍以上の試験を勝ち抜いてきた、正真正銘の化け物たちである。
不安は人へ人へと伝染し、あっという間に王宮内に広まった。
装飾の施された豪華な椅子にふんぞり返った男。
国王のクライス・ペレイマンだ。
威厳漂うその雰囲気に、報告に来た家臣は震えていた。
悲壮感漂う声で、報告の旨を伝える。
「はぁ!? フリルが………消えただと!?!」
クライスのあまりの驚きように、背もたれがバキッと瓦解し、思いっきり後頭部をうってしまった。
頭を押さえて急いで起き上がる、目を白黒させ間の抜けた声を放つ。
「ほんとに……フリルがいなくなったのか………?」
「はい………今日の新人研修に遅れたとのことで………」
「なにぃぃ!!? フリルが……あのフリルが………っ! ゴホッゴホ」
興奮しすぎてむせた王を、別の家臣がなだめる。
「陛下! 少し落ち着いてください! それで………念ためもう一度聞くが、あの超人真面目のフリルがほんとに新人研修を放ったのか………?」
「はい。王宮の新人たちの報告によると……0.001秒時間が過ぎても来なかったとのことなので、間違い無いかと。」
「待て、わしからも念の為にもう一度聞いておく。フリルがなんだって?」
「はい………新人研修に0.001秒経っても現れなかったとの報こ、」
「NOOOOO!!!!」
クライスは床に向かって大絶叫。
家臣らも「そんなバカな……」と世界の終わりのような顔をして膝から崩れ落ちた。
あまりのショッキングな出来事に、よろけながらも片膝をたて、
「こうしちゃおれん………急ぎフリルの所在を探るのだ!! 四日以内に見つけねば、この国は終わりじゃああ!!!!」
一介の王宮職員の遅刻が、最高権力者である王にまで伝えられるという異例も異例の異常事態。加えて威厳をどこかに捨ててきてしまったかのような大絶叫。
さらに加えて、その権力者ですら血眼になってその一介の王宮職員を探し出す始末。
「絶対に外に漏らすんじゃないぞ………王宮内に箝口令を敷けぇぇぇ!!! わずかでも外に漏らしたものは――」
ゴクリ。家臣らの喉がなる。
クライフは親指を立て、スッと自身の首の前を通過させ。
「王家反逆罪で死刑じゃ」
氷よりも尚も冷たい言葉で、そう言い放った。
一介の王宮職員が消えたことを外に漏らしただけで死刑。
そんな全くもってありえない言葉を、
「御意っっ!!」
躊躇することなく受け入れる家臣たち。
王宮を出て、ものの一時間で、こんなことが行われているなど知る由もないフリルは、僻地でのんびり森を開拓し、ドラゴンを愛でながら、これから余生を過ごす村の建築計画に思いを馳せていたのだった。
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