第28話 フリル、怒る
「俺からやらせろ」
「手加減しろよ。すぐ殺したら面白くないからな」
「できる限りやってやるよ」
紫がかった魔人の姿が消えた。次の瞬間、フリルの眼前で爆発が起こる。
「びっくりしたか?」
「?!」
魔人の移動で発生した衝撃波で、半径十メートル程が吹き飛んだ。
そして、肩まで引かれた巨大な拳が、フリルを襲う。
反応する間も無く、フリルはその攻撃をまともに受け、
「くはっ!」
フリルの体は、まるで弾丸のように弾かれ、木々を薙ぎ倒しながら数キロ先、粉塵を巻き上げ巨大な岩山を粉砕した。
「あれら、ほんと人間ってのはよわっちいな」
「おい、手加減しろと言っただろ」
空中で眺めていた緑気味の魔人が、不愉快そうに顔をひそめる。
「キレるなよ。まだ次が残ってるだろが。次の勇者は譲ってやるから」
「国王様、勇者の居場所を教えてください!」
ユグドは村を離れた後、すぐさま戻ってきた。理由は、ルイスとヴィネスに勇者を探させるためである。
「お、おぉ……フリルはいないのか?」
勇者は今、王国が保有している。そして、最近まで隣国と勇者を巡って、戦争だのなんだのときな臭い噂が流れていたため、勇者の居所は王宮職員にすら知らされていなかった。そのため、国王から居場所を聞き出そうということである。
理解がなければ力ずくで、と思い一緒に来ていたユグドが、ルイスの後ろからひょこっと顔を出す。
「ハァァ!!がああ!!! っ、龍王様あああ!! 勇者はここから500キロほど離れたところにある小さな町で暮らしております!!」
「この一大事に無駄話でもしようものなら、国ごと吹っ飛ばしとったとこじゃったぞ」
泡を吹いて倒れた王を尻目に、ルイスたちは廊下へとでた。
そこに、顔面がボコボコの先日召喚された『勇者(仮)』が立っていた。
「あ、あのぉ……すいません、フリルさんの取り巻きの方っすよね……?」
昨日、この者達はフリルに装備品を注文した。この男は、それがまだ届かないから文句を言いにいけと、ぱしられてきたのである。いざこざがあったようで、顔が若干変形していた。
「殺すか?」
ユグドが殺気を漏らす。
「いや、待ってください! フリルさんがどうしました?」
「……こ、このちびちゃんこえぇ……あ、その、うちの連れがフリルさんに武器とか注文したんですけど、頼んだ分際で、まだ来ないってブチギレてて……」
「……フリルは今手が離せない。後にして。」
3人が無視して進もうとした時、
「ていうか、さっき勇者とかなんとか言ってたっすよね!? 俺も実は先日召喚された勇者なんで、いや、まだ全然クソザコのザコなんですけど……力になれるかもしれねっす!」
ルイスとヴィネスはそこそこ相手の強さを把握できる。
その二人が見たところ、その男、ユウタからは全くこれっぽっちもその強さを感じることができなかった。
再度無視して進もうとしたが、ユグドが『勇者』という言葉に食いついた。
「では、お主もきてもらおう」
「おっけいのじゃロリ属性のおちびちゃん! あ、急いでうちの連れも連れてくるんで、ガンガンこき使ってください!」
ルイスとヴィネス、そこに以前召喚されたユウタ、リン、イザベラ、シルビアを追加した勇者捜索隊はすぐに街に着いた。
「おえぇ……酔った……」「私もです……ドラゴンには憧れていましたが、一瞬で冷めました……」「もうちょっと優しく移動できないわけ……オロロロ」「情けないアルな」
グロッキー状態の四人は置いておいて、その傍らで捜索していた3人は、すぐに目当てのものを見つけた。
居酒屋のカウンター席に突っ伏し、タラタラ呪詛のようなものを垂れ流していた女である。名前はカエデ・フタバ。
先代から勇者の力を受け継いだものの、国の保護のため、街の外に出ることも叶わず飼い殺しになっていた可哀想な現勇者である。
話が通じなさそうと悟った3人は、半分誘拐のような形でドラゴンの島、別名『聖獄の島』へと向かった。
場所を戻して、フリルの元へ。
粉々になった岩の山から、小石が一つ、転げ落ちた。瓦礫を退けながら、何かが這い出てくる。
「ふぅ……」
なんとフリルは生きていた。服はボロボロになっているが、体は一切の無傷である。そして、特にダメージを負っている様子もない。
「な!? あいつ、無傷だと!?」
先に気づいた緑色の方が、目を開く。
「どうりでハユを連れされたわけだ。障壁魔法を貫通するのか」
誇りを払いながら冷静に分析するフリルに、流石の魔人も驚きを隠せないでいた。初めてだったのである。あれだけ飛ばされても生きて、いや、ピンピンしている人間を見るのが。
「そうか、回復魔法か。流石にただの魔法使いが、あれを喰らって生きてるわけがねえ」
正解である。だが、若干の誤解がある。
あらかじめ体内に仕込んでおいた術式が、フリルの瀕死を条件に発動し、障壁魔法、再生魔法の順に一時的に発動させたのである。
そのおかげで、皮の下一枚、皮膚から下の組織はそもそもダメージを負っていなかった。
障壁魔法が体内で発動すれば組織が分断される。それを再生魔法で治したのだ。
「そういうことなら、もう一発お見舞いしてやるよ」
なんの変哲もないただ拳を振りかぶっただけのパンチ。だが、その圧倒的なパワーと速さが生み出す破壊力は凄まじかった。
再びまともに受けたフリルは、先ほどの倍はある速度で地表を滑る。
当然、。
「それで勝ったつもりか?」
フリルの体内術式が発動し、ダメージはない。
瓦礫を山をどけながら、ゆっくりと地面に足をつける。
フリルはまたしても生きていた。
「二回も致命傷レベルの攻撃を食らって生きてやがるだと!?」
「おかしい、致命傷を全開するレベルの回復魔法に、二度も人間が耐えられるはずがない!」
緑の魔人の言うように、人間が許容できる回復魔法はそれほど多くない。回復魔法は魔力によって無理矢理生命力を向上させることが目的であり、見かけは良くなったとしても、体には相当な負担がかかっている。
そのため、瀕死の重傷を負えば、それを治すだけの回復魔法に体が耐えられず、命を落とす。
仮に、肉体の許容量を超えた回復魔法を受けた場合、魔化にも似た現象が肉体レベルで起き、人間の体は砕け落ちるように朽ちる。
「どうやら、魔人に魔法が効かないのは本当らしい。厄介な性質だ」
敗れた服を引きちぎり、フリルの上半身が露わにする。決していい身体とは言い難い、中肉中背の普通の体格だ。
「初めてするけど、いけるかな」
フリルの体から発散される魔力のオーラが勢いを増した。
そのオーラは、山を覆うほどデカくなったところで、今度は徐々に小さくなっていった。
「!? おい、あいつ人間じゃねえのか……?」
「いや、人間のはずだ……が、だったらなんだあれは……」
魔人たちは目を疑う。無理もない、オーラが徐々に小さくなると同時に、フリルの見た目に変化があったのだ。
中肉中背だったフリルの体が、徐々に筋肉を増していっている。
「ふぅ……」
変化が収まった頃。体は3倍に膨れ上がり、元々黒だった髪の毛は、魔力のオーラと同等の色に変化していた。
そして、体からは一切魔力が漏れ出ていない。
「かはっ!!」
「これが核か」
フリルは手に握った拳サイズの球を握りつぶす。
「な、なぜ…………」
魔人すら反応できなかった速度。
フリルは一瞬にして緑の魔人の体を貫いていた。潰した瞬間、断末魔と共に魔人の体が霧散する。
魔人は魔力そのもの。ただし、そのままでは形を維持することはできないので、体内に核を持っている。それが先ほどフリルが握りつぶした、物質を束縛する呪いを孕んだ呪縛玉だ。
それを潰してしまえば、魔人は消滅する。だが、世界最強の攻撃力を誇る、本気を出した龍王ユグドですらそれが叶わず、封印に持ち込んだくらいである。
純粋に、魔人の防御力が高すぎるのだ。
フリルはそれをいとも簡単に貫いた。
「お前の腕が飛んだ時、気づかなかったのか」
「ま、まさか……魔力を一切纏ってない……だと」
攻撃が通らない主な理由として、人間の体を包む微小な魔力が、魔人の魔力と反発して威力が相殺されるというのがある。
フリルは今、一切の魔力をまとっていない。
「俺の村に手を出したこと、あの世で後悔するがいい」
フリルが空を数百回ほど叩く。
「ぐはぁ! がはっ、ぬっ、!!」
圧倒的だった。フリルの作り出す衝撃波を浴び、紫の魔人は一撃一撃で着実に消滅していく。
「ま、待て……」
頭だけとなった魔人が、息を切らしながら声を上げる。
「あの時、あのガキを覆っていた殻はなんだと言うのだ!」
フリルは口元を吊り上げた。
「さあな」
とどめを刺そうと腰を落とし、肩を引く。
死を悟った魔人は次の瞬間、
「俺を、舐めるなあああああああ!!!!」
風が吹き荒れ、大地が揺れ、木々が薙ぎ倒されていく。
そして。
頭だけになっていた体が完全に再生していた。いや、元通りというわけではない。巨大だった体は人間ほどのサイズになり、第二形態へと姿を変えていた。
「殺してやるぞ……フリルぅううう!! 貴様を、」
魔人の絶叫が止む。
「き、きさ……ま」
「言っただろう。後悔は、あの世でしろと」
魔人は視線を下げる。フリルの剛腕は、深々と肩まで魔人の体を貫いていた。
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