第27話 魔人の脅威
ハユの危険を察知し、その旨をルイスに伝えると、フリルはすぐさまそこへ向かった。
ルイスは、フリルの立っていた辺りをみて驚愕する。
「床が灰になってる!?」
ルイスが見たものは、強い魔力に当てられ物質が魔化したしたものだった。
この世のあらゆる物質は、強い魔力に当てられると、魔化する性質を持っている。だが、それは戦争などで使う最終魔導兵器レベルの魔力を持って初めて確認される現象である。
フリルの足元、厳密にいえばフリルの足がついていた部分だけが魔化していた。
ルイスは、物質の魔化を初めてみる。
「触らん方がいいぞ」
ルイスは好奇心で伸ばした手をそっと引く。
子供達の相手をしていたユグドと、ヴィネスが帰ってきた。
「……フリルは?」
「フリルさんは、ハユがさらわれたと言って、たった今転移していきました……」
それを聞いても、ヴィネスは特に心配する様子もなく、フーンといった感じである。フリルの規格外、常識外れの具合を知っているがゆえの余裕だ。
ヴィネスはむしろ犯人のことを憐れんでいた。
「あいつ、普段から相当な量の魔力を抑え込んでおるようじゃの」
フリルの残した魔力痕からその量を悟り、ユグドの額に、冷や汗が流れる。
「ワシと同じように力を自ら封印しとる部類か、」
「え……あれでまだ力を封印してるってことですか!?」
「……でも、これだけ小規模な魔化ならそんなに魔力は必要ないはず。」
ヴィネスは、フリルと仕事をしていた際に、何度か見たことがあり、魔化のことも知っている。
ヴィネスが見たものは大昔の戦争で、魔導兵器によりできたもの。直径二キロほど全てが魔化している森だった。
「あほたれ、認識が甘いわ。感情が昂り、少し漏れ出た程度で物質が魔化しとる。普通、魔化は大規模に起こるものじゃ。それが体の周囲一ミリ程度の範囲でしか起こっておらんということは、お主らでいう、無意識で漏れ出てしまう超微量な魔力と同等ということになるんじゃぞ」
人間は無意識の内に常に魔力を発散している。その量はかなり強力な魔眼がなければ捉えられないレベルの微量なものだ。
「……人間が無意識のうちに外に放出する魔力は、酒樽十杯に対して、指から滴り落ちる水滴ほどと言われてる。」
「つまりどういうことですか?」
ルイスはあまり数字に強くない。それに、魔化についても知らないので、話についていけてなかった。
酒樽はおおよそ32リットル。水滴は約1ミリリットルと言われている。
「……要するに、フリルはやばいってこと。」
ルイスがこける。
「そんなのもうわかってますよ! もっとわかりやすくいえないんですか!?」
「30万倍……だいたいそのくらいかの」
意外と数字に強かったユグドに驚く二人。だが、さっとフリルの話題に戻った。そして、
「……フリルの体から最終魔導兵器が絶えず溢れ出てるってこと?」
「それが何か知らんが、まぁ、そんな感じじゃろな。いつもは完全にシャットアウトしておるから絶えず溢れ出とるわけじゃないが」
二人とも思考を放棄した。
「封印した上でこうとなると……途方もない話じゃが、宇宙全体をどうこうできるレベルかもしれん。あいつがもし本気を出せば、ワシだって嵐の中のロウソクじゃろうな……本気を出すことはないじゃろうが」
フリルが久しぶりに学校へ行った時のことを思い出し、静かに恥ずかしがるルイスだった。
「は、離して!!」
「死にたくなければおとなしくしてろ」
「なぁに、すぐに解放してやるよ」
それは明らかに人では無い異形の者達だった。禍々しい体表、体格は子供のハユを片手で掴めるほど巨大である。
「お前はただの囮だからな。フリルとかいう奴をおびきだすための」
この者たちの目的はフリルらしい。どうやら、安すぎる商品とフリルの怒りだけは買うなということわざを知らないようだ。
とんだ命知らずである。
「あんたたちなんか、フリルくんが一瞬で倒すんだから!!」
ハユが、自分をすっぽり掴んでいる手を叩く。
「握りつぶされてえのか? おら、あ?」
「どうした?」
「こ、こいつ……全然握り潰せねえんだ……何か固え殻を掴んでるみてえに……」
「魔力の性質で大体察していたが、まさか『魔人』が動き出しているとはな。怖い思いさせたね、俺が不甲斐ないばかりに」
「怖かったあああ!! フリルくん、早くあいつやっつけて!」
ハユは既に魔人の手の中にはなかった。腕ごと切り離され、フリルに抱えられていた。
「あぁ、でも、その前に村に戻って、ユグドに『魔人』が動き出したって、伝えてもらえるかな?」
「うん! がんばってね!」
「なんと、フリルがそういったのかい!?」
「なんです、『まじん』って? 魔族とは違うんですか?」
「魔族と魔人は全く別の存在じゃ。魔人は、魔力そのもの。魔王が自らの魔力に命を吹き込み、自分の僕としたものじゃ。1匹1匹が恐ろしく強く、魔人が1匹現れれば一種族が消えると言われておる。魔族でも例外ではない」
実際、ユグドは魔王封印の際に、魔人の処理にかなりの苦労をかけている。
だが、それを知らないルイスとヴィネスは、特に危機感を覚えていなかった。
「……別に、魔人自体が脅威なんじゃなくて、他に何かが起こるんでしょ。じゃなきゃいちいちフリルが報告するわけない。」
「いや、考えうる限り、フリルに対抗できるのは唯一、魔力そのものである魔人だけじゃ。二人おったのなら……」
ユグドは息を呑む。
「はっきりいってフリルに勝算はないぞ」
途端に二人の顔が曇った。フリルに勝算がない? あの常人の想像を軽く踏みつける超人が? 悲しいことに、誇張でもなんでもなくユグドの言う事は事実であった。
その理由は、魔人の特性にある。
「魔人は魔法が効かないんじゃ」
「!? 魔法が……効かない!?」
「あぁ、じゃなければこのアホみたいに硬い結界障壁を突破してハユを攫うことなどできん」
「助けに行かなきゃじゃないですか!」
「……すぐ行ける。」
二人がやる気を見せる。だが、
「お主たちがいったところで無駄じゃ。いったじゃろ、滅ぼされるのは魔族ですら例外ではないと。奴らは人間たちは住む世界の違う本物の化け物なんじゃ。ワシならなんとかなるが、戦うとしたら、周囲百キロを焦土に変えるじゃろう。2匹いるとなれば、下手すれば大陸の文明が滅びるレベルの戦いになる」
「……どうしたらいい。」
「お主ら、人間だとそこそこすごい方なんじゃろ? もしかしたら龍王族の修行に耐えられるかもしれんの。そうすれば、お前たちも多少フリルの手助けをできるようになるかもしれん」
「守られてばかりでは嫌です! ぜひ私に修行をつけてください!」
「……私も。」
「うむ、じゃが、ワシは一度フリルの元へ向かう。話はその後じゃ」
「いいのか? また戻ってきて」
フリルの体からは、淡い紫のオーラがゆらりと湧き出ていた。そのオーラが木や草に触れると、たちまち灰色に変わる。
魔人の腕は既に再生していた。
「後悔することになるぞ」
空から見下ろし、魔人二人が汚い笑みを見せるが、フリルは黙ったまま、動かない。
だが、溢れ出るオーラは徐々に勢いを増していた。フリルのこめかみに血管が浮き出る。
次の瞬間、ハユを掴んでいた方の魔人が直径50メートルはある巨大な火球に包まれた。
それはおおきく爆ぜ、周囲の木をことごとく薙ぎ倒す。
「それで勝ったつもりか?」
あれだけの魔法を喰らっていながら、二人の魔人は全くの無傷であった。
フリルはこれまで見せたことのない『怒り』の形相で、魔人を睨む。
「だから言っただろ? 後悔することになると」
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