第37話 鼻につく物

 勝利を知った皆は歓喜に沸いていた。


「女神が現れたじゃと!?」


 時間が止まり、次の瞬間にはフリルのみが立っていたように見えたらしい。混乱しているユグド達に事情を説明するのは、少々骨が折れた。


「フリルさんはやっぱりすごい人ですね。まさか女神様まで呼び寄せてしまうなんて。」

「ま、まぁ……神なんて信じてなかったけど、もし万が一のことがあったらって思って、一応考えてたんだよ。世界をオーバーキルするくらいの魔法打てば、黙って見過ごすことはないだろうと思ってね。正直、最後の賭けだったけど。イザベラ達が嘘つくようには思えなかったしね」


 勝利のために神をも利用する。もはやフリルは、人間の枠を超えた何かだった。


「……お疲れ様。」


 と言われるほど、疲れているようには見えない。降りてくる際に、ささっと再生魔法で服や傷を治しているので、むしろこの言葉が一番似合わない程である。


「俺が間に合わなかったばかりに、クレムとコルベードが……」

「そんなことを気にしてもしかたなかろう。全員死ななかっただけマシじゃ。これから魔王の脅威がなくなるのじゃからな、奴らも本望だろうよ」

「そうですよ! フリルさんはよく頑張りました! この私が保証します! 欲を言うなら、魔法を観たかったですが!」


 同意するように、カエデもルイスもヴィネスもポロンも首を振る。


「みんなありがとう」

「魔王は倒したが、まだ仕事が残っておるぞ。魔王復活の本当の脅威は、強力な魔物が世界を蹂躙し尽くすことじゃからな」


 不完全燃焼だった四人の目に、火が灯る。


「よーし、私たち3人でその魔物たちを倒しに行きましょう!」

「……うん。せっかく修行したし。こんな機会はもうないだろうし。」

「ふっふっふ。我が名をこの世界にも轟かせる時が来たようですね!」

「勇者なのに活躍できなかったから、今度こそっ!」


「フリルさんは休んでいてください!」そう言うと、四人は四方に散り、魔物の掃討に向かった。そこに、少年が飛んでくる。


「フリル様! 魔王は倒されたのですね! こちらも完了しましたよ!」

「お主ぃぃ……今までどこで何しとったんじゃあ!!」


 ユグドが怒涛の勢いで迫る。

 マナの軽い態度も、フリルがまったく苦戦したように見えないせいなので、全部フリルが悪いのだが、そんなことをユグドが配慮するわけもかった。


 多少でも、フリルが壮絶な戦いがあったことを暗示させるような格好をしておけば、こんなことにはならなかったはずなのに。


 フリルに頼まれ、溢れていた魔物の掃討に励んでいたマナにとっては、とんだとばっちりである。膨大な範囲を一人で飛び回り、帰ってくれば、微塵も予想していなかった龍王からの怒号。


 可哀想過ぎるマナである。


「いやいやすまんよ。ワシだってそんなこととは思っとらんかったんじゃ。な?」

「ユグド様ってそう言うとこありますよね」

「じゃかーしわ! 大体お主らがさっさと説明せんのが悪いんじゃろが!! ワシばっかり攻めるなバカたれどもがああ!!」


 ヘソを曲げたマナは、黙ったまま森の奥を見つめ、説明を受けたユグドが必死に謝るが、完全に無視を決め込んでいる。

 フリルが慰めようとするが、あんまり効果は芳しくないようだ。


 ユグドは勘違いで怒鳴った挙句、開き直って逆ギレをかます始末。先代龍王は、何が良くてユグドを龍王にしたのか、全くの謎である。


「じゃ、じゃがな!! マナ! お主がおらんせいで、勇者の力で分離した魔力球をどうにもできんで、世界が滅んだんじゃぞ!! お前の責任じゃアホ!」

「滅んでませんが?」

「滅んで……ない!? ほんとじゃ! あれはどうなったんじゃ!?」


 その真相はすぐにわかった。


「ま、まぁ何が起こったかわからんが、とりあえずよかったの……よかったのか?」


 少し城の方へ移動し、森の少し開けたあたり。空から射す光が木々の間から漏れ、その二人をライトアップしていた。さながら、神の降臨のようである。


 膝の辺りまでズボンを下ろしたユウタ。後ろから覆いかぶさり、ちょうどケツに顔を埋めるイザベラ。


「ぷっ……」


 まさに地獄絵図。

 不機嫌だったマナも吹き出してしまうような地獄絵図であった。


 周囲を硬い殻で覆われた魔力球が、イザベラの頭の上、ユウタのケツの間に乗っている。ユグドはケツを一発叩いた後、それを回収し、フリルの収納魔法に突っ込んだ。


「修行していた中では一番貧弱でしたけど、ちゃんと勇者の力が備わっていたんですね。この男」

「うむ。とりあえずそう言うことにしとくか」


 死んでいるわけではないし、ダメージを受けているわけでもない。なのに、この男たちはピクリとも動かない。


 イザベラは、自分がどこに顔を埋めているか、匂いと顔に当たる感触と、体温で大体察している。

 ユウタは、自分の置かれている状況をしっかりと理解していた。


 まぁつまり、動かないのではなく、動けないのである。


 動いたらこの状況を認めてしまう。頭ではわかっているが、視覚的には絶対に認知したくなかった。


 ユウタは玉回収の際に、ユグドにケツを叩かれているので、なおさら目を覚ましたくなかった。


「まぁ、置いていくか。鬼神のやつとお付きたちを集めて、あの四人が帰って来たら一旦フリルの村に戻るぞ。それから祝杯じゃ」


 みんなが立ち去った後、二人はむくりと起き上がった。しっかり目でみて状況を確認し、神妙な空気の中、お互いに小さく頷く。

 そして何事もなかったかのようにズボンをずり上げ、服を整え、見事な前傾姿勢で森を駆け、先回りして皆の前に姿を表した。


「おぉ!? フリルさん! こんなとこで会うなんて奇遇っすね! 他のみんなも! いやー俺怖くて城から出れなかったっすヨォ〜えへへへ。俺一応勇者なんすけどねぇ〜、あははは」

「本当よねぇ、あんたが怖いって言うから、気を使える私も残っちゃって。あーあー女神の力お披露目したかったわねぇ、おほほほ」


 棒読み以下の下手な芝居である。


 流石に無理はないだろうか。全員が白い目をして二人のことを見ていた。

 普通に現れてくれれば、魔力球の対処してくれた二人に盛大な祝賀を送れたのに。


 珍しくみんな心が一致した。


 しかも、二人で顔の泥を落としあったらしく、ユウタの顔もイザベラの顔も大方綺麗だったが、流石にそれは触れなかったらしい。イザベラの鼻頭に、茶色いねっとりとした物がついていた。しかも、離れていても若干臭う。


 合流したのは二人だけではなかった。そのお方は、


 この二人は世界を救ってくれた。空気を読んで合わせてあげよう。


 そう思い、黙っていた皆の努力を、ことごとく踏み躙った。


「イザベラ、その鼻についてる茶色いのはなんネ?」


 この戦いで特に目覚ましい活躍はなかったリンシアタである。


 空気が凍り、イザベラが震えながら鼻に手を伸ばす。隣では、この中でそれが何かを一番知っているユウタが、ガッタガッタと震え出す。


 ユウタが無理して話を逸らそうとするが、時すでに遅し。


「お!? リンじゃねえか〜………大丈夫だったか? スッゲー揺れてたよなぁ〜………ぁって……」

「は……鼻……? え、えぇ〜さっきまでお城でご飯食べてたから、そのタレじゃないかしらぁ……?」


 イザベラもイザベラで、さっきあんなことになっていたのは幻覚だ。

 そうみんなを錯覚させるために、下手な演技を続けた。あれ? さっき泥はこの男と落としたのに……そう思いながら、自分はご飯を食べていたことにした。魔王戦の最中にあんなことになっていたとバレたら、羞恥心で死んでしまうから。


 それが悲劇を生んだのである。


「この世界のタレは、うんこみたいな匂いがするアルナ。じゃあ、食べるといいネ。」


 ぬちょっ。イザベラが触るより先に、リンシアタは鼻についていた茶色い物を擦り取り、イザベラの口に押し込んだ。

 その味わいに、咄嗟に何か察し、声にならない悲鳴をあげてぶっ倒れるイザベラ。瞬間を切り取れば百合、しかしその前後に続く映像は、花も萎れるような汚い絵面だ。


 これで悪気はないと言うのだから、恐ろしいものである。


 この後、復活したイザベラが大暴れし、特に何も悪くないユウタがとばっちりを喰らい、怒りで覚醒した。


 しかしながら、真面目に修行していないイザベラに、ふつうにボコボコにされてしまう話は、またどこかのタイミングで書くとする。

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