第32話 四王会議

「清らかで淀みなく、しかし猛々しく昂り、激しく燃えたぎるマグマのような魔力だ。しかも…………これがまだほんの上澄みに過ぎないというのが……」


 拳を開け閉めしながら、呟く。興奮を抑えるような、底の知れないフリルに恐怖を感じているような、そんな声音である。


「本当に、この世界の人間とは思えない人です。深層の魔力は一体どうなっているのでしょう」


 少年は上を見た。フリルに集まり、団子状態となっている魔人の集団だ。

 浮かび上がり、そばに寄る。


「フリル様、あなたなら多少力を出せば、魔力反発など余裕で貫通できます。いつまで力を抑えるつもりですか」


 魔人に魔法が効かないのは、魔人の表面で魔力反発が起こることが原因だった。簡単な例が、巨大な火球と小さな火球の衝突である。


 魔力に大きな差がある場合は、小さい方を完全に弾き、側から見れば小さい方を飲み込んだように見える。

 魔人と人間の場合に戻せば、人間の魔力はたかが知れている。対して、魔人は魔王の魔力の塊。なので、魔人には魔力を伴う攻撃が効かないと言っても過言ではない。


 正直、多少力を出せばフリルの魔力は、大きく魔人を上回るのは確実であった。


 だが、フリルが魔力で上回るということをあえて選択しなかった理由があった。


 一つは、魔力の大きさが同じような場合の懸念。


 もし同じような魔力なら、衝突時点でお互いが弾ける。小さな火球でもお互いに反発しあった魔力は、何十倍もの威力に膨れ上がり、爆発を起こす。


 それがフリル基準になったら?


 たちまち世界ごと魔化確定である。それを心配したフリルは、万が一の可能性を考えて、体に負担は多いが拳で殴る選択をしたのだ。


 そしてもう一つが、この世界の強度である。


 そもそも、フリルが少し力を出せば、たちまち世界の方が耐え切れず崩壊する可能性がある。


「それができたら苦労はないんだけどね……」

「フリル様は誰かを傷つけるくらいなら、自分が犠牲になるお方です。でも、たまには人に頼って、共に困難を乗り越えて行くというのも、悪くない生き方ですよ」


 少年が片腕を振れば、魔人の半数が吹き飛んだ。


「俺はいろんな人に助けられてるよ」

「そういうことじゃないですよ」


 その振った腕を元に戻す動作で、残り半数の魔人は、跡形もなく消し飛んだ。




 アンペイ村。帰ったエルフ二人を迎え入れ、村は大騒ぎとなっていた。


「あんたが魔人をやっつけてくれたんだってね!」「本当にありがとね」「うちで何か食ってくかい?」「人間なのに強いんだねぇ」「将来はウチに婿に来ないかい?」


 魔人の脅威を救った英雄は、村のエルフに取り囲まれていた。

 身動き取れずに困っているフリルの手を、誰かが掴んだ。


「フリル! ここはみんなが集まってきます! こっちです!」



「ふぅ……助かった」


 族長の家にお邪魔し、一服つくフリル。フリルから助けられた、と言う少年も一緒だ。

 木をくり抜いて造られたような家で、大きな葉の椅子やテーブル、ツタの水道、木の食器などが並べられていた。


「私は、呪縛玉に閉じ込められていた精霊です。名は、マナと申します」

「マナか。呪縛玉に精霊が閉じ込められているんだ?」


 椅子の上に正座したマナは、苦しい顔をして頷く。


「本来、あれは魔王にしか解くことのできない呪いだったのですが、どう言うわけかフリル様は解いてしまわれました」

「フリルはすごいんですもんね」


 フリルの隣に座るフィナーシャ。それを見たミラヴィー族長も、何かを察したらしい。


「人間とは思えない戦い方だったな。しかし、なぜあれだけの魔人が復活していると言うのだ? 妖精王様の話ではまだ先だったはずだ」

「私から説明させていただきますね。驚かないで聞いてほしいのですが、魔王は既に完全復活を果たしています」


 驚かないで、それは無理な話であった。冷や汗が噴き出すミラヴィー。

 魔王が現れた当時、まだ子供だったミラヴィーには、魔王がどれほど恐ろしい存在かを知っている。


「おそらくですが、外部に協力者がいたとしか思えません。そしてそれは、封印を解くことができるレベルの実力者。つまり、四王レベルの誰かです」


 事実かどうかはわからない。だが、衝撃的だった。かつて、命をかけてまで、苦労して封印した魔王を、復活させたものがいると言うのだ。


「龍王ユグド・レイシル、精霊王クレム・デヴィメント、妖精王コルベード・スリリン、そして、鬼神ドラストフ。怪しいとすれば鬼神様だが……そんなことがあり得るのか?」


 ミラヴィーにとって、四王は憧れの存在でもあった。そのうちの誰かが裏切りを働き、魔王に加担しているなど、簡単に認めることはできない。


「ないとは言い難いでしょう。でなければ、これほどまでの速度で魔王が完全復活を果たすことは考え難いです。ただ、くれぐれも内密にお願いします。近々、四王たちの集会があるはずです。そこに我々は出席します。そこで犯人を見つけます」

「集会……そんなものがあるのだな」

「えぇ、滅多に全員集まらない形骸化したものですが、今回は必ず集まるはずです。何せこの世の緊急事態ですから」


 滅多に集まらない理由は、ユグドが毎回サボるからであり、特に深い意味はなかった。

 あまり会話に入り込めていないフィナーシャとフリル。

 フリルは、ユグドとは面識があるが、他の四王とはあったことがない。


「とりあえず、呪縛玉の中に閉じ込められてる精霊をどうにかする?」

「いえ、呪縛玉を解放するのは後にしましょう。呪縛玉は魔王自身の魔力が使われており、潰せば魔力は魔王に戻ってしまいます」

「強くなってしまうってわけか」

「はい。前回は魔人を作りすぎて魔王自身の力が低下しすぎたために封印されてしまったので、魔王自らこの玉を潰しにくる可能性があります。なのでこれはフリル様に持っていていただきたいのです」

「おっけい、わかった。魔王を倒した後に解放するんだね」

「その運びでお願いします」



 ************




「ひ、久しぶりじゃの」


 四王会議は聖獄の島で行われることとなった。理由は龍王を絶対に出席させるため。絶対に出席せん! と駄々をこねていたユグドも、流石に自分の島に来られては出席せざるを得なかった。


「久しぶりですね。龍王さん」と、精霊王クレム。


 空中を浮遊し、薄く発光、薄い羽衣のようなものを見に纏った女性である。赤い髪は長く、まとまって体の周辺を漂っている。非常にクールな顔つきで、鼻が高く、切長の目は上品さを際立たせていた。


「いつ以来か。貴様が我々の前に顔を見せるのは」と、妖精王コルベード。


 フリルとあまり変わらない身長で、若干細く、端正な顔つきの物静かなイメージの男である。耳が尖り、布を何重にも重ねたような派手な民族衣装を纏っている。


「相変わらずチビのまんまだな! ちゃんと飯食ってんのか?」と鬼神ドラストフ。


 身長3メートルはあろうかという大男である。体表は赤く、全身に骸骨のストラップをつけている。額には3本の小さいツノが生え、チャラさ加減が天を突いたような、そんな男だ。


 全員付き人を付けている。次期四王となる者たちだ。


 龍王にポロン。

 精霊王にフェルト。二つの意味で地に足のついた男である。非常に真面目で、冗談の通じないタイプ。

 妖精王にハステト。妖精王と似て、クールな雰囲気を漂わせる女である。やはり耳は尖り、前髪は眉にかからない位置でパッツン。

 鬼神にコウメ。小さな鬼の女。ドラストフの近くに言うので余計に小さく見える。体表は同じく赤く、額には四本のつの。若干人見知りのような女である。


「全員揃ったみたいですね。」


 精霊王クレムがいう。

 そこに、遅れてフリルとマナがやってきた。


「すいません、遅れました」


 突然現れたフリルに、四王の3人は咄嗟に構える。


「これこれ。こいつは魔人を半分以上も片付けてくれた、すごいやつなんじゃぞ?」


 胸を張り、なぜか偉そうなユグドだが、それよりも、一見ただの人間に見えるフリルが魔人を倒したという事実に、その場の全員が驚きを隠せないでいた。

 空気を察したマナは、フリルの収納魔法を発動させ、中から呪縛玉の入った袋を取り出す。


「精霊王クレム様、お久しぶりでございます。信じられないようですが、フリル様は魔人を累計62体倒しておられます。呪縛玉はここに」

「間違いない………本物だ。信じられん」

「こいつは驚いたな! ひょっとして俺たちよりもつえーんじゃねえのか!?」

「一つ足りませんが……マナ、あなたの分ですね。どうやって呪縛を解いたのでしょう?」

「簡単なことですよ。フリル様が呪縛玉を握りつぶしてくださっただけです」


「「「「「「「………握りつぶす?」」」」」」」」


 参加者全ての声が重なり、部屋の中でしばらくこだました。とりあえず、マナの狙い通り、全員がフリルの規格外さについて理解したところで、ようやく話し合いが始まった。

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