第16報 『第一日目』
「むふっ………むふふふふ!! 良いではないか良いではないかぁ」
だらしない顔をして、仕切りの隙間から露天風呂を覗くはあの金髪幼女、ユグド・レーシル。
「おっふぅ〜!! ウヒョー!!」
と、時折変な声を出して、
「龍王様、何してらっしゃるんですか」
声が聞こえ、途端にいつもの気怠げな、凛とした表情に変え、後ろを振り返る。
そこに、背はユーグと変わらない、黄金の瞳の少女がいた。
同じような民族衣装に身を包み、そこから四肢がスラりと伸びている。
彼女の名前は……
「なんだポロンか」
「なんだじゃなくて……」
「邪魔するな。今いいところなんだ」
再び視線を露天風呂の方へ移そうとしたユーグを、怒りの表情を浮かべるポロンが引き止める。
「何か人間を連れ込んだかと思えば……また例のですか!? 数百年前も勇者だかなんだかがここに来た時、試練だのなんだのと言ってオスとメスで一週間泊めてらっしゃいましたよね。」
「うっさい」
力なくぶらぶらと揺さぶられるユーグ。
ポロンは真剣な顔をし、すごい剣幕でまくしたてる。
「大火山の方で魔王の魂が何かやってるみたいだから、早くどうにかしてくださいと、数日前お願いしたばかりじゃないですか! なのに抜け出して散歩……帰ってきたかと思えば人間を引き連れてきて! 何考えていらっしゃるんですか!」
「違う。おかしな雰囲気を感じたから外に出て行っただけだ」
「またそうやって誤魔化そうったって、そうはいきませんからねっ! 早く部屋に戻って、今後のことを考えてください! それと………あの人間だって、すぐに返してしまえばいいじゃないですか!? こっそり話を聞いてましたが、あれただの脱皮の前触れですよね!? 何を勿体ぶってるんですか。」
「いいかポロン。ロマンだ。男と女、それは神秘の邂逅なのだ」
「言ってる意味が微塵もわかりません。早く行ってあの魔王の魂をどうにかしますよっ!」
ユーグの手を握り、嬉しそうに顔を
☆
その少し前……
ま、まずい……知らない間に一週間ここに泊まることになっていた……。
正気に戻ったフリルは、露天風呂の前で服を脱ぎながら状況の整理をしていた。
「フリルさん?」
「なぁルイス……あの金髪幼女はなんて言ってたんだ?」
「幼女………あぁ、ユーグちゃんのことですねっ!」
だいぶ前に、あの幼女から「童貞くさい」と言われたところから、記憶がなかったらしい。
一部始終を聞いたフリルは、唖然とし、放心した。
「一週間……村に帰るなだと………」
「なんか……フリルさんが転移魔法使えるバレてるみたいで、」
「……やっと正気に戻ったのか、フリル。ハユは先に風呂に入ったぞ。」
フリルの脇から、脱ぎかけのヴィネスが、ひょこっと顔を出した。
「聞いた話だと、ヴィネスはあの幼女とかなり相性が悪いらしいが、」
「……度し難い。」
仏頂面にうっすら怒りが現れる。
珍しく顔に表情が出るヴィネスに、これはかなりきてるみたいだな。と察し、
そこまでなのか………と思うフリルに対し、さっきまでのあれは反射だったのか……とフリルに対しルイスは思う。
三人はひと足先に向かったハユの待つ、岩石剥き出しの露天風呂へと向かった。
☆
「いやぁ、いいなぁ、露天風呂とは。風情があって」
湯気のたつ琥珀色の温泉に、ゆっくりと肩まで浸かり、日頃の疲れを湯に溶かしていた。
眼前には、広大な森と、この島のシンボルとも言える大きな火山、そして快晴が広がる。
「……フリル。」
ふぅ、と息を吐き、心地よさに浸っていると、ヴィネスがそっとフリルに近づいてきた。
フリルも何か察していたのか、コクリと頷く。
「いるなぁ………右後ろに」
ヴィネスは危険な森で暮らしていたこともあり、勘がかなり鋭い。
そしてフリルは、普通はわからない程度の魔力の流れを知覚することができるため、周囲二十メートルほどであれば、探知魔法を発動させなくてもはっきりと気配がわかる。
「……あいつ、覗いて何してんだか。」
「はしゃいでるみたいだな、お。また一人きたぞ」
ヴィネスが水面から顔を半分出し、フリルに隠れながら後ろを確認する。だが、こちらからは確認できないようになっているのか、目のいいヴィネスでさえ、仕切りの奥を確認することはできなかった。
ヴィネスの視線でそれを察したフリルは、害意は無いっぽいが……どうにも気になるな。一週間は寝ずに警戒しておこう。とほぞを固めた。
「あ、連れて行かれたな。まぁ、一週間くらいなら子供たちも大丈夫だろうし、ゆっくりするとしようか」
「……ん。」
縁に寄りかかり、二人して温泉を堪能しようと目を閉じたその時、
「フリルさーんっ!!」
「お兄ちゃーんっ!!」
薄目の向こうに、奥の方で遊んでいた二人が泳いで来るのが見えた。
「フリルさんっ! うちの村にも温泉って作れないものですかね?」
「そりゃあ無理だろ〜火山ないもんなぁ〜ヴィネス」
「……ん。」
「あぁ、いつになく腑抜けた顔してますね。」
「いや、作れなくても、転移門設置すればいつでも入れるようにはなるぞ」
「じゃあぜひ設置してくださいっ!」
「……ま、あの金髪幼女が許可を出せばの話だがなぁ〜」
☆
風呂上がり。
あのユーグに促されたとはいえ、何か試練を出されるかもしれないと身構えていた三人だったが、何事もなく時は過ぎ、外は既に夜の
「結局、何もありませんでしたね。今日はゆっくり休ませて、明日何か吹っかけてくるつもりでしょうか? それとも今日の夜、油断したところを襲ってきたり……」
ルイスは早くも不安になったのか、心配そうにそうこぼしていた。
「大丈夫だよっ! お兄ちゃんもいるんだし! それよりあそぼー!」
無邪気にはしゃぐハユがルイスに飛びつく隣で、ヴィネスは既にまどろみに入っていた。
ハユに絡まれながら、ルイスはそちらに目を移し、不思議な目をして呟く。
「ヴィネスさんは、ほんとに近くにフリルさんがいればどこでも寝ますよね………。ここはただでさえドラゴンが蔓延る危険な島だというのに」
「俺の力を信じてるんだろうな。ヴィネスの勘はよく当たるから、今度から外に出る時はヴィネスに頼るといい」
「そういうものですかね………」とルイスが呟き、フリルは一息吐いた。
「それに、危険とは言っても………さっきから戸の外で俺たちの様子を見てるだけで、何かしようとはしてないみたいだし」
「?? なんのはな、」
ルイスが言い切るより先に、バタンと大きな音をたて、スライド式の扉が開き、
「お前らっ! きたぞ! 今宵の試練は恋バナ大会だ!」
パジャマ姿に、身の丈ほどある大きなぬいぐるみ抱えたユグド・レーシルが現れた。
「………」
死んだ魚のような目で眺めるフリルに対して、無邪気なハユは我先にと飛び込む。
「ユーグちゃんだぁぁ!!」
「お前も恋バナに参加するのか?」
そう言い交わす幼女二人。
ハユが離れたルイスは、フリルに擦り寄りひそひそ声で話しかけた。
「……こいばな大会って……どんな大会なんですかね……私剣しか取り柄ないんですけど……足手まといにならないですかね……?」
「………大丈夫。恋バナというのは、現在に至るまで恋愛歴をちょいちょい盛りながら、友人と語らう、至極安全なただのおしゃべり会だ。たまに地雷を踏んで乱闘になったりするが、この場合は心配いらないだろう。」
「………ですよね。そうですよね。わかってました。普通の恋バナ大会とわかってました………」
訳もわからず眉を顰める二人。
対するユーグは、昼間の様子からは想像もできないほど気合の入ったたたずまい。
そうして………長い長い一週間が始まりを告げた。
「おい。起きろこのチビ処女!」
「……うるさ……いな。このクソチビ金髪ロン毛。」
「ゲと言うな。グと言え。なんか響きが汚いだろ」
そして、二人の舌戦も始まろうとしていた。
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