5-4 骨拾い 暴発


 さて、女神様の声を聴きながら周囲を探る。

 強い気配は二つある。電車が止まった地点から真西と北西の方角にある。

 距離としては真西にある方が近いので、今はそちらに向かっている。


「でも、そろそろつく筈なんだけど」


 何か異常はないだろうか。


「エイキチ、アレを見て」

「あれは」


 マリが指さす先。地面に灰色の何かが埋もれている。

 石かもしれない。近寄ってみたが違った。

 骨だ。動物の骨が埋まっている。


「確か、死んだ世界でも残る骨って、強い意志が宿っているんだよね」

「うん。だから、明確な自我まで再生できるけど」


 とりあえず、手に取ってみる。

 それは油断だった。


 手に取った瞬間、骨から光が溢れ出した。意識を集中するのとは違う、まるで吸い取られていくような脱力感が襲い掛かる。

 まずい、この骨は強すぎる。


「え、もう力を使ったの?」

「違う――勝手に引き出されてるっ!」


 それほどまでに強い意志が――それも、これは――


「離れて、マリ!」


 いや、間に合わない。骨を投げ捨てる。けれど、既に骨は生前の形を取り戻そうとしていた。


 触れた瞬間に読み取った意思――それは恨み。ドロドロと堆積した、赤黒い血のような恨みだ。

 恨みが形を持つ。

 黒い塊が人間のような形を作る。いや、大きさが違う。大人二人分はある――

 これは――


 黒い体毛、ずっしりとした巨体。分厚い胸板に太い腕。


「ゴリラ―!?」

「ウホウホホウホホ!!!」


 ゴリラのドラミングが荒野と化した大地に響き渡る。

 森の賢者にして剛腕の巨獣。そいつを前にしたら、プロボクサーだって赤子同然だろう。

 まあ、それはいいそれはいい。


 問題なのは、ゴリラの目には明らかな敵意があると言うことだ。


「ニンゲン――」


 敵意を込めた言葉が僕たちに突き刺さる。

 何か言い返す前に、ゴリラの剛腕が振り上げられた。


「危ない!!」


 マリを抱えて横に飛ぶ。僕たちが建っていた場所に剛腕が突き刺さる。

 巻き上がる土煙。土の塊がパラパラと落ちてくる。

 拳が振り下ろされた先の地面が抉れている。


 威力は十分に分かった。

 背筋を冷や汗が伝う。一撃でもぶつかれば終わりだ。


『エイキチ、帰還するのだわ? 女神がすぐに呼びせるのだわ!』

「それは――」


 女神様の切羽詰まった声が聞こえてくる。

 ゴリラはゆったりと僕たちに向けて歩いてくる。

 視線だけを動かして後ろを確認する。地面に這いつくばるマリが居る。

 たぶん、すぐには動けない。


 僕は女神様に呼び戻してもらえる。だけど、マリはどうだ。


 この場に残されるのではないか。

 女神様に確認している余裕はない。

 なら――


「いえ、大丈夫です」

『ふえー!?』


 僕は――動けるか。

 脚は少し震えている。だけど、拳は握れる。

 なら、どうする?


 決まっている。

こんな時のために、僕には力がある。


「はぁぁぁぁっ!」


 勇気で足の震えを抑え込む。大地を蹴って前に飛び出す。

 すぐそばに枯木に飛びつくと、意識を込める。悪いけれど記憶は適当に読み飛ばす。


再生リライズ!」


 枯れ木の形を無理やり呼び起こす――と同時に少しアレンジを加える。

 枝の数本がゴリラに向かって伸びていく。触手のようなものだ。


 完全に虚を突かれたのか、ゴリラは立ち止ると腕で木を払おうとする。

だが、それが隙だ!


「触れた――っ!!」


 力を籠める必要はない。

 ただ、触れるだけ。


破命ブレイク!」


 命令と共に異能の力が発動する。

 骨から再生した剛腕。それがガラスのように透明に固まると、一瞬で飛び散った。

 単純な応用でしかない。僕が再生した生命であれば、その構造も知っている。再生する形にアレンジを加えるように、一部だけを破壊することも容易いだけだ。


「これ以上攻撃をするなら、僕にも考えがある。お前の全身を骨に戻すだけだ」


 警告の言葉は通じるはずだ。翻訳魔法には人の言語以外も含まれている。

 なら、ゴリラにだって通じるはずだ。


 ゴリラは動きを止める。

 瞳には怒りを宿したままだが、荒い息は少しずつ収まっていく。


 やがて、その分厚い唇が開かれた。


「ウホウホ、無駄な抵抗はしない。それに、頭も冷えたゴリ」


 いかにもゴリラらしい言葉が聞こえて来た。すげえゴリゴリした言葉が聞こえた。

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