1-4 『死』の概念
住宅街の細い路地を抜けて四車線の国道へ。そこにあったのは、走ったまま止まっている車と通行人たち。
通行人は、口を開いたり手をあげたりと、不自然な位置で固まっている。
「止まってる……」
いや、女神様が言うところ、時が『死んで』いるのか。
意味合いとしてはなんとなく分かる。時が流れて『活動』している状態を『生きて』いるとするのなら、今の状態は流れを止めて『死んで』いるのだ。
「……もう分かってると思うけれど、ごめんなさい」
背中越しに女神様の弱々しい声が伝わってくる。降り離れないように腰にまわされた手が、きつく締められる。
励まそうか、そう思ったけど、上手く言葉が出なかった。
「死んだ世界から、『死』が追いかけてきちゃったみたいなのだわ」
「それが、時間を殺した」
「そう。今、時間が止まってるのは『時間』が『死んだ時間』になっているから」
女神様が管理していた世界が死んだ。それが、追いかけて来た。
「物質的な意味ではなく、概念的な『死』なのよ。理屈じゃなくて感覚的。
修飾語を足すと、存在そのものが変質してしまうと言うもの。
既にあるルールに対して、無理やり割り込みをかけているのだわ」
一旦止まって話を聞くべきか? いや、それは間に合わない。
頭の上から圧迫感を感じる。見なくても分かる。また、空から黒い塊が降ってくる。
「また降ってくるのだわ!!」
「逃げましょう! 絶対に追いつかせませんから、女神様は説明をお願いします」
「了解、任せたのだわ!」
背中に体重がかかってくる。任せてくれるなら、僕だって気は抜けない。
ペダルを強く漕ぐ。静止した自動車の隙間を走り抜けて、上り坂を登る。
「――ともかく、解決方法はあるの。『死』の概念を祓うしかないわ。
無理やり接合されて在り方を崩されているのなら、多少強引でも引きはがせばすぐに元に戻る」
なるほど、それならシンプルで分かりやすい。
「なら、大丈夫です。専門分野ですから」
坂道を登りきる。目の前に広がるのは時の止まった街と黒い空。
塔のようにそびえ立つ高層のビルを中心に広がる僕の町だ。
「一番気配が濃い場所は――」
自転車を漕ぎながらだとどうしても集中できない。
「分かりますか、女神様」
「一番死の気配が濃い場所……それは、空なのだわ」
空。そうか、空から降って来てるんだから、当たり前だ。
場所は分かった。でも、まだ足りない。
「くそ、せめてあの黒い雲に届けば……っ!
物理的に距離がある。
せめてあと数十メートル近ければ、接触のできるのに。
「せめて、あのビルの屋上なら!」
「なら、お任せなのだわ!!」
背中に重みを感じる。ハンドルを握る手を、柔らかいと温かさが包み込んでくる。
これは、白い手のひらが僕の手の上に重なっている。女神様の手だ。
「女神様?」
女神様が前のめりになって、僕に覆いかぶさっていた。
「さあ、しっかりとつかまるのだわ!」
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