1-5 女神の翼
打ち付けるように風が吹きつけると、白い光が飛び散る。それが舞飛ぶ羽であることに気が付いた時、先程まで走っていた道路が眼下あった。
飛んでいる。重力を無視して浮かび上がっている。
ペダルを蹴っていた足を止める。浮遊感が足元から湧いてくる。
「さあさあ、不安そうな顔をしないで人の子よ。女神がちゃんとついているのだわ」
重なった手が強く握られる。絶対に離さないと言う意思が伝わってくる。
風を切り裂いて女神様の高らかな声が響く。自信に満ち溢れた声が僕の後ろに広がっている。
「さあっ、女神なら空くらい飛べないとね」
羽ばたきの音が聞こえる。
女神様が僕の手を離す。それでも温もりはまだ残っている。
光が僕たちを包む。見ると、黄金に輝く光の粒子が僕を守るように広がっている。
後ろを見ると、真白の翼が羽ばたいていた。
翼は女神の背中にある。僕たちを包む光の円を支えるように、女神様が羽ばたいている。
真っ直ぐに空を飛び、得意気に微笑む女神様の顔は幼い。けれど、瞳は力強い。
「……本当に女神なんですね」
信じていなかったわけではないけれど、頼りないくらいには思っていた。
思い上がりも甚だしい。この人は、確かに女神なんだ。
「あら、信仰する気になったのだわ」
「全部終わったら考えさせてもらいます」
「口が上手いのだわ」
――半分は本当ですよ。なんて口に出した言葉は風を切る音に吸い込まれた。
肌に風が強く打ち付ける。羽ばたきの音とともに加速する。
前方には高層ビル。雫が落ちるように、黒い空から黒い塊が落ちてきている。
「……っ!」
悪寒で身震いをした。
風ではない、悪意が降ってくる。
人の頭ほどの塊が矢のように降ってくる。僕たちを狙って、真っすぐに!
「来るわよ!」
女神様の号令に身を奮い立たせる。即座に鞄に手を伸ばすと、中から塩と水筒を取り出す。
細かい調整は間に合わない、一気に使う!
「清めの塩!!」
薙ぎ払うように塩の粒を飛び散らせる。
空にまき散らされた白い粒は触れた瞬間に黒い塊を溶かしていく。小さな塊がいくら向かってきても、意味はない。
空が震えた。黒い塊は一点に集中し、僕たちの行方を阻もうと壁状に固まる。
なるほど、あれなら塩をバラバラに巻いても小さな穴をあける程度だ。
なら――
「女神様、そのまま真っすぐに!」
別の手段を使うだけだ。
「分かったのだわ」
水筒を解放し、水を右拳にかける。そして、塩を握りつぶす。
仕上げに意識を集中する。一撃にすべてを込めるために、
「ロケットパンチ!!」
拳を突き出す。拳を覆っていた聖水が弾丸のように打ち出される。
水は黒い壁にぶち当たると容易く削り取る。けれど終わりではない。
「弾けろ!」
握った拳を開く。呼応するように水は弾け、塩が飛び散る。
日々が広がるようには黒い壁が崩れていく。瞬く間に巨大な穴が穿たれた。
翼がはためく。穿たれた穴を女神様は悠々と通り抜けていく。
そうして、この町で一番高い場所……高層ビルの屋上へと降り立った。
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