5-6 大樹、大地を知る


 見た瞬間に、違和感があった。

 とてつもない濃い、意思が宿っている。幾重にも重なった意思は大地から溢れ出して存在を主張している。


「この森の長である古木の跡ウソ。

 長はこの場に居ながら世界の全てを見通していた。

 ならば、なぜこの世界が朽ち果てたのか、答も知っているはずウホホ」


 ゴリラさんの説明の通りなら、この樹は人間や植物と言った存在の定義を超えた存在だったんだろう。

 普通は信じ難い話ではあるけれど、『女神』や異能の力が存在している以上、疑うのもバカバカしい。

 それに……明らかにこの場に漂っている意思の気配が違う。

 湿った土の匂い。命のある所には水の匂いがする。

 砂漠であっても生命の気配が濃い場所には水の気配がある。

 水の匂いは生命の匂いだ。死んだ世界の中でも、なお強い強い気配を遺している――それだけ、存在のとしての強度が強い何かがある。


「うん。ゴリラさん、分かるよ……ここは、僕を待っていた」


 脚を前に出す。吸い込まれるように大樹の前に立つ。

 軽く触れた。それだけで十分だった。

 反応は一瞬で起こる。緑色の光が切り株から立ち上ると、樹の形を取りながら空へと延びていく。

 瞬く間に大樹は形を取り戻し、青々とした葉が天蓋のように広がっていく。


 青葉が一枚、ひらひらと落ちてくる。

 それが僕の手に触れた時、大地から声が聞こえて来た。


「待っていたぞ、女神の選んだ聖者よ。時間はかかったがまだ間に合う。そう、名はエイキチだったかな」


 好好爺が気さくに声をかけるように、僕の名が呼ばれた。


「えっと、あなたは」

「ワシはこの森――どころか、この世界が生まれた時から見守って来た樹じゃよ」


 大樹の葉が揺れた。ここに居る、と主張するように。


『あー! 賢樹ちゃんお久しぶり。女神でーす』

「おお、慌て者の女神さまですな、懐かしい」

「え、知り合いなの?」


 なんか妙に距離感が近いし、女神様はこの声の主を知っているのか。


「言ったじゃろう。この世界が生まれた時から存在していると。いうならば、女神様とワシは同期生のようなものじゃ」

『うえー、一応女神の方が年上なのに。前は――』

「長老ウホ、申し訳ありませんが、本題を」


 なんか長くなりそうだった話だけど、ゴリラが遮ってくれた。


「こほん。聖者よ、キミは線路を歩いている時に何かを感じなかったかな」

「まるで、誰かが道を用意してくれたかのような気はしました」

「その通り。ワシは待っていたのだよ。気味が来るのをな。とは言っても、遺された意思は大地に宿し、誰かが来た時のために大地を遺すのが精一杯だったがね」


 なるほど。正直出来過ぎのような行程だったけれど、道標を遺してくれた人が居たのなら納得できる。

 でも、そうなるのなら――  


「ワシは、この世界の全てを知っている。ワシの根は大地に繋がっている。大地に繋がる全ての樹木の見た景色、聞いた音は土たちが届けてくれるのだよ。

 無論、世界が死んだ原因もな」


 マリも僕も、息をのんだ。

 この世界が死んだ理由。女神様すら知らないそれを、この樹は知っている。


「長老、それは」

「禁呪の使用じゃな。融合の術式の暴走だ」


 大樹はその禁呪について丁寧に説明してくれた。

 融合の術式。

 それは、あらゆる存在を一つに融合する魔法だと言う。

 融合された存在は、組み合わせた物質の特性をすべて引き継ぎ、強靭な存在へと生まれ変わるのだと言う。


 小規模に物体を組み合わせる程度では大きな問題は起きない。けれど、この術式は禁呪と呼ばれるだけの危険性がある。

 暴走した際に、無差別にすべての存在を取り込んでしまうのだと言う。


 世界が死んだ日、この世界中心に存在する研究所で実験が行われていた。

 ほんの小さなミス。展開した術式の一部に誤りがあった。対象が『命』範囲が『世界全部』となっていた。


 暴走した術式は一瞬のうちに世界へと広がっていく。

 命を取り込んで肥大化した存在は、自我すら保てない黒い塊となった。

 ドロドロに混ざり合った存在は変質を起こし、『生』を失った存在は『死』となる。


 それが、この世界が壊れた原因だと。

 

「世界が中途半端に一つに固まった。遺ったのは死に損なった空と大地。そして、魂たち」


 もはや、この世界は正しい形を遺していない。


「聖者と女神よ、最早この世界は再生を待つだけ。頼めるな」


 だから、元に戻して欲しいと。


「もちろんです。僕はそのために来ました。そして――」

『女神も、女神としての責務を果たすだけなのです』


 また、大樹が揺れた。

 今度は、笑っているようだった。


「さて、それとは別に。もう一つ、頼まれてくれんかね」

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