6章 融合の中心地、黄昏は終わり月は昇る
6-1 螺旋の痕跡
森を出てから数十時間。汽車が進む景色は変わって来た。
少し前までは荒野ばかりだったのに、近代的な建物が増えてくる。
だけど、辺境の町で見たような建物とは様子が違う。
建物そのものが捻じれている。真っすぐに建っている筈の石の塊が、崩れもしないで自然な形で曲がっていた。スポンジをそのまま曲げたように、局面は滑らかに傷もついていない。
それに、曲がり方自体にも違和感がある。どの建物も同じ方向に向かって曲がっている。
「女神さま、聞こえてますか?」
『はいはーい、何か御用かしら』
汽車の車内からじゃ分からない。と言うか、下から見上げても全体が分からない。可能なら空から見てみたいけど、僕は空は飛べない。と言うか人間は飛べない。
となると、世界の外側にいる女神様なら何か出来るかもしれない。
「この周辺を鳥瞰した図とか出せませんか?」
「お安い御用よ」
得意気な女神様の返事から数秒。僕たちの目の前に平たい板のような光が出現する。
何かが繋がる音とともに、テレビのように映像が映し出された。
「エイキチ、これって何?」
椅子で本を読んでいたマリもやって来た。
「この周辺の鳥瞰図を女神様に見せてもらったんだけど……たぶん、北から走ってきてる煙が僕たちの乗っている汽車。そして残された大地の中心にあるのが融合術式が発動した場所」
映し出された図の中央。大地に穿たれたクレーターの中心を指さす。
言ってみるならば、術式の起点。全ての元凶が存在する場所だ。
そこに向かって、建物がねじ曲がっている。渦に吸い込まれる水のように、中心に向かって大きな流れに沿って線のように伸びている。
何か、大きな力で吸い寄せられている。
『この周辺は、この世界でも最も発展した地域だったのだわ』
「ええ。これほどの密度で建物が密集した地域は、僕たちが旅をしてきた場所にはありませんでした」
今は見る影もない。歪んだ建物が灰色の渦を作るだけで、生き物は居ないだろう。
けれど、意思を感じる。どの場所よりも濃くて重い思念が残っている。
怒りとも悲しみともつかない、ドロドロに溶けた泥のような気配。それが、渦の中心に存在している。
『気になったんだけど、この赤いのって何かしら』
鳥瞰図の一部が発行する。
ちょうど渦の中心にかかる辺りに、赤い線がかかっていた。
線は他の建物と同じように渦を作るようにねじ曲がっている。ただ、その距離は長い。クレーターを貫通して外部から伸びている。
「随分長い……あー、高いって言った方がいいかな。立派な建物だけど、なんだろう」
「うーん。た、たぶん、セントラルタワーかな」
「セントラルタワー?」
「う、うん。魔力通信の中継地点として作られた鉄塔なんだ。
赤い鉄骨を組み合わせた世界で一番高い塔で、首都のシンボルにもなってたんだけど」
多分、僕たちの世界における東京タワーみたいなものだろう。
想像してみる。灰色のビルの谷間に、赤い無骨な鉄骨の塔がそびえ立っているのを。
うん、東京タワーだ。
「……はあ……」
重いため息が車内に響いた。声を出したのはマリだ。よく見ると顔色も悪い。
「マリ、大丈夫?」
そう言えば、ここのところマリの様子が少しおかしかった。
首都に近づくにつれて、時折何かに怯えるような顔をして外を見ていた。
「うん……」
「不安材料が在るのなら、今のうちに言っておいて欲しい。
何かあった時、突発的に対処が出来ないから」
つとめて現実的に理由を告げる。
「なにより、心配だから」
それに、やっぱり旅の仲間が浮かばない顔をしていると言うのは気分が良くない。
「ありがとう」
マリは深く息を吸う。
すぐには口を開かない。でも大丈夫。待っている余裕はある。
「なんか、前に死んだ実感がないって言ったけど」
ぽつぽつと、小声で話し始めてくれた。
「ここに来ると、なんか怖いんだ。
無理やり一つにされそうになった記憶を思い出すのもあるけど……」
不安げな瞳は道の先へと投げかけられた。
「誰かが、怒っている」
怒っている。
たぶん、間違いない。僕はなんとなく感じる気配は複雑だけど、明確に『これはある』と思っている感覚がある。それが『怒り』だ。
思えば、女神様を追いかけてやってきた死の概念も怒りを抱えていた。
何かがあるか分からない。だけど、一筋縄でいかないことは確かだろう。
◆◆◆
歪んだ街の中でも線路は真っすぐに残っていた。
かつては栄華を誇っていたであろう街並みには面影はない。
灰色の景色が流れる速度は徐々に遅くなっていく。
そうして、最後の駅に汽車は停まった。
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