エピローグ 黄昏は夜へ、夜は黎明へ
すべてが終わった。
黄昏は夜になり、僕の役割も終わった。
遠くの地、再生した森ではゴリラも眠りについただろう。
この世界に、残っている理由はない。
名残惜しいけれど、僕たちがとどまっていては、世界を生まれ変わらせることはできない。
殺しきる役目は終わった。だから、立ち去ろう。
「さ、行くのだわ」
女神様の翼がはためく。
白い羽が空に舞うと、僕の前の景色は透明に染まっていく。
◆◆◆
真っ白な空間に僕は立っている。
転送の術式を使用した時に通る、世界と世界の隙間のような場所だ。
そこまではいい――
「あの、どちら様でしょうか」
目の前に、知らない人が立っている。
背中の立派な翼を見る限りは『女神』だと思うけど、誰だか分からない。さっきまで話していた女神様とも違う。
凛とした顔に整った眉。涼し気な瞳に、腰まで伸びた立派なブロンドの髪はゆるくウェーブしている。
「あら、忘れてしまうなんて薄情なのですね」
ん、あれ。なんだろう、声に聞き覚えがあるような。
「道の真ん中で土下座をして頼み込んだ人間を忘れるなんて――」
「は、え、まさか」
それって……あ、どうりで声が似ている訳だ。
「フライドポテトをおかわりしてた、あの女神!」
「ええ、その通りです」
クスクスと笑う女神は大人っぽくて、とても慌て者の新米女神と一致しない。
だけど、声とか、優しそうな瞳は同じだ。
「え、なんで。急に成長するなんてありえないし」
「ええ、女神は数千年をかけて成長することはありますが、あなたが知っている女神がこの姿になるのは遥か未来のことです」
「じゃあ、なんで」
この際、未来の存在がこの場に居る理由は聞かない。魔法ってそういうものだ。
「いえねー、ちょっとだけボーナスをあげようかと思いまして」
女神様が指を鳴らす。空間に板が浮かび上がると、景色が見えてくる。
大地を走る鉄道。ゴリラが歩く森。歪に広がる宗教都市。
そして、海辺の穏やかな町。
音がする。鼓動がする。生命が溢れ、大地を揺らして生きていく。
「あ、これは」
どことなく、面影があった。
僕たちが歩いてきた景色――僕が聞いた、死者たちの声。マリが見せてくれた、あの世界の光景。
「エイキチが救った世界は、長い時間をかけて再び繁栄します。けれど、その景色を見るには人の命は短い。それが、類まれなる聖者であっても」
「だから、僕にこの景色を見せるためにわざわざ未来から」
「ええ。改めまして、ありがとう」
声が遠くなっていく。
光が消えていく。
だけど、見せてくれた光景は、絶対に忘れない。
◆◆◆
気が付けば、僕の家に戻っていた。
目の前には女神様がいて、やっぱり慌て者で未熟な姿のままだった。
「? 何か顔についているのだわ」
「いえ、ちょっと転移の影響でボーっとしてたみたいです」
でも、どこか面影はある。
「エイキチ、改めて感謝をするわ」
ほら、こんな風に律儀に感謝の言葉をかけてくれるところとか。
「いえ。僕は出来ることをしただけです」
でも、僕は出来ることをしただけだ。たまたま僕の力がその状況に有効で、それが現地の人たちの協力で上手くいっただけ。誇りはするけれど自惚れはしない。それに、ちょっとくすぐったいしね。
そう、だからこの先の話をしようと思う。
女神様とは、これからも長い付き合いになるのだろうから。
「女神様は、こらから何を?」
「まずは世界の再構成」
「ええ、きっと今度は上手く行くはずです」
世界の生成は終わった。あの世界で生きた生命は新しい世界へと再構成されるだろう。
その再構成したその先、彼女は今までよりもずっと上手くやるだろう。
慌て者だけど善良である彼女なら、同じ間違いは絶対にしない。
「その先は……世界が女神を必要とするには、もう少し時間がかかるから。それまでの間、管理者が居なくなった世界の面倒を見ることになると思うの」
「そっか。女神は大変ですからね」
「もしかしたら、エイキチの力がまた必要になるかもしれない。その時は、また頼ってしまうかもしれないのだわ」
「それは、光栄です」
◆◆◆
世の中には色々な人がいる。
見た目や性格、それに能力。出来ることがそれぞれ違う『個』が溢れている。
力が強い。知識の吸収が早い。得手不得手は誰にでも存在する。
そのような違いも、もっと大きな括り――人間も含めた地球上の生物と比べてみれば、僅かな差異でしかない。
そう、だから『彼』も一つの個体でしかない。少なくとも、彼本人はそう信じている。
「エイキチエイキチーちょっと出番なのだわ。管理している中世ヨーロッパ風の世界で不死者が誕生しちゃったから、ちょっと祓ってくれないかしらー」
だから、今日も自分の出来ることを、するだけだ。
彼は言う、自分に出来るのは、救うなんてことじゃない――
死にきれなかった魂を、殺しきるだけだ、と。
《了》
骨拾いの鎮魂無双 狼二世 @ookaminisei
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