6-4 死者に許しを


 光が消えていく。見えてきたのはクレーターでも黒い太陽でもなく、モザイクのような景色。誰かの思い出。町であったり、空であったり、海であったり、森であったり、世界のあらゆる景色が混ざって見えてくる。


 ――もう、終わりたい――

 ――だけど、無意味に消えたくない――

 ――この世界の景色が――自分たちが見て、愛した景色が消えてしまうのが悔しい――


 ああ、そうか。

 残ったのは恨みだけじゃない。

 ただ、納得できないだけだ。


 ――終わらせてしまって、ごめんなさい――

 ――許して下さい、神様――


 だから、誰かが背中を押してくれることを待っている。

 頭の中で繋がった瞬間、ずっと感じていたドス黒い重みが逃げていった。

 そうして、戻って来たのは黒い太陽と歪んだクレーター。

 心配そうに、僕を見つめるマリの顔だった。


「はあ……はあ……」

「エイキチ、本当に大丈夫なの」

「ああ、もちろん」


 むしろ、スッキリしたくらいだ。


「女神様、分かりました。

 この世界に残った意思は、許してもらうことを待っています。

 大丈夫です。あとは満足してもらうだけです。もう、終わりなんだって納得してもらうだけなんです」

『ごめんなさい、ゆっくり説明してもらえるかしら』


 読み込んだ意思を掻い摘んで説明する。

 

 ――残された意思は、ある程度死を認識していたこと――

 ――後悔は、この世界が消えてしまうこと――

 ――そして、滅びを許してしまったこと――


「……終わったしまうことを許して欲しいんです。

この世界が終わることを、許してもらいたいって」

「でも、許すと言っても、誰に?」

「人よりも大きな存在。それこそ、神とか自然そのものに」


 大分曖昧な答えになってしまうけれど、子供が大人に許されたい。そんなところだと思う。

 それが世界全体のスケールになっただけだ。


『つまり、女神が行けば解決』

「しません」


 なんでよー、と女神様の喚き声が聞こえるけど、話を進める。


「女神様の事情は僕も知ってますが、この世界の人間の殆どは『女神』なんて知りません」

「そりゃあそうだけど。じゃあ、どうするの?」

「マリ、この世界でもっとも信じられていた神って分かる。宗教上の神様の事なんだけど」

「えーと」


 あ、無茶ぶりだったかな。考えこんじゃってる。

 分からなかったら賢樹さまに聞きに行くしかない。


「うーん。歌と、踊りの神かな」

「そっか。確か、こんな神話があったよね」


 初めに、父にして母なる存在が在った。

 自らの身体を削り世界を生み出した『神』は、大地に生命が溢れたことを確認すると新たなる世界を生み出すために旅立ったと言う。

 旅立ちの時、自らの子の中で特に優れた力を持った存在にこの世界の管理を任せたと言う。

 誰もが自分が優れていると言った。話し合いは常に平行線であった。

 やがて、力を以って自らの正当性を証明しようとした。

 戦いは千の夜を超えて終わらず、美しかった大地は火と鉄によって焼き、砕かれていった。

 戦っていた神の子も一人、また一人と倒れ。最後には共倒れになったと言う。

 緩やかに死を迎えようとした大地であったが、争いを嫌っていた歌と踊りの神だけが残っていた。


「まあ、たぶん戦争と統一に関する歴史を神話にしたんだと思います」

『え、いつの間に調べたのだわ』

「賢樹さまから、作業の合間に聞いてたんですよ。あと、マリに預けた聖典の中もちょっと見させてもらいました」


 さて、となると話の道筋は見えてくる。


「人間の死生観って、小さいころからの教えとか宗教によることが多いんです」


 自分が死んだあとどうなるか。それは誰も分からない。

 だから、人間は考える。死んだ後どうなるか。どうすれば、死んだ後も善くあり続けられか。


「その中で、人は人の神を作ります」

『女神としてはなんか悔しいんだけど』

「上位存在としての神ではなくて、宗教上の神ですから」


 こればっかりは仕方ない。例えば、実際に私が神様です、と言い張る存在が表れても、人は神を作ることを止めないだろう。


「話を戻すけど、マリ。その神様は、人が死んだときに何かをするかな?」

「死者の国で年に一度のお祭りの時、舞を披露するの。舞台に備えられた燭台の炎は人の業を払い、生まれた風は魂を運んでいく。そうして、転生すると信じられていた、かな」


 あっ、と何かに気が付いたようにマリは声をあげた。


「さすが巫女さん」


 さて、それがこの世界の輪廻の考えの根底にあるとするなら。

 マリの顔をみる。

 瞳は強く見開かれている。強い意志がある。

 たぶん、僕との話の中で理解をしたんだと思う。


「マリ、最後に巫女の仕事を頼んでいいかな」


「うん! 任せて」


 一歩後ろに下がると、くるりと回る。

 振袖の振りが大きく舞、巫女の顔がそこにある。


「要するに、アタシに神様と同じようにしろって事でしょ」

「うん!」

「大丈夫! 後悔とか憎しみとか、全部忘れるくらいの歌と舞を見せてあげるんだから」


 ウインクをしてサムズアップ。とてつもなく頼もしい。


『それなら、女神に任せるのだわ』


 声と同時に空間の一部が歪んだ。

 白い傷跡が何もない空間に浮かぶと、そこから出てきたのは黒い翼と女神様の顔。


「女神様、降りてきて大丈夫なんですか?」

「ええ、正念場なのだから当然なのだわ。それに、翼に宿った魂にも、見せないといけないでしょ」


 黒い翼がふわりと揺れた。


「マリは、初めましてかしら」

「いえー、なんか変な感じかな。声はずっと聞こえてたし」


 顔を合わせるのは初めてだけど、女神様の声はずっと聞こえていたからね。


「なんと言うか、もっとアホっぽい人かと思ってました」


 そして、それは数々の失言も聞いていたと言うことだ。


「エイキチ! マリがいじめる!!」

「はいはい」


 雑に同意したらスゲー顔された。


「はあ……それよりも、これを受け取るのだわ」


 女神様が手を振りかざすと、マリの身体が光に包まれる。

 光が消えると、服が変わっていた。


「わわっ! すっごい、これって神楽舞の正装だよ」


 白い小袖と緋袴。千早の代わりに天女の羽衣のような布。

 この世界の巫女の正装だろう。どことなく、神殿で見た女神像の着ていたものに似ている。


「これは?」

「なんと言うか、ずっと同じ服を着ていたのが気になったのだわ。女の子なんだから、いろんな服を着て欲しいのだわ。でも、巫女さんなら正装がいいかなって思っただけ。女神は女神工房に頼んだだけなのよ」

「そっか。ありがとう、女神様!」


 現金ね、と溜息をつく女神様の顔には母性が満ちていた。


「あとは、アタシの出番だもん」


 そして、巫女は僕たちの前に出る。

 少しだけ、後ろを見た。

 女神様は、小さく頷く。

 僕は、ただ真っすぐに彼女を見る。

 マリの口元が、緩やかに持ち上がった。

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