6-5 記憶を残すのは文化


 不気味なほどに静かだった。

 突き刺さっていた死者の意思が、一斉に静まりかえっていた。

 誰も言葉を発しない。

 舞台に立った巫女の姿に見とれて言葉を失ったように――


 はじまりは、岩を叩く音。

 次に聞こえた音は、風に砂がまかれる音。

 やがて音は増えていく。

 海が生まれ、空が生まれ、森が生まれる。

 草が揺れる音。樹がしなる音。


「ざーざーらー」


 巫女の口から奏でられる歌は、原始的なメロディを紡いでいく。


「さーらーらー」


 小波のように羽衣は揺れ、巫女は踊る。

 ざわめきにはやがて獣たちの声が混ざる。


「オァ……ここに、生まれる――」


 そして、人の言葉の歌詞が続いていく。


「はじめに大地があって、命が生まれる――」


 舞うように大地を走り、空へと手を伸ばす。

 動きは複雑になり、剣を振るうようになる。

 だけどそれも終わり、舞に戻る。


「ここに世界はあった――この歌はそれを記録する――そして――繋いでいこう――」


 その句を紡ぎ終わると、静かに手を合わせる。

 気が付けば、僕も目を閉じていた。女神様は何も言わなかった。

 同じように、祈っているのだろう。


 ――ただ、貴方たちの冥福を祈る――


 世界が揺れた。

 聞こえてきたのは万雷の拍手。黒い塊が弾けていく。


「これは……」


 光が満ちた。

 黄昏の大地に、光が溢れた。

 照らすのは太陽。黒い太陽が光り輝き、白い光を放っている。


「……ちゃんと出来たかな」


 答なんて、分かっている。


「ああ、もちろん――」


 伝えようとした言葉は女神様に遮られた。


「完璧、完璧なのだわよ!!」


 女神様が駆け出して、マリに駆け寄る。有無を言わさず抱きしめている。

 ああ、大好きなんて言ってるよ。こりゃあ女神様が落ち着くまで待った方がいいかな。


「あっ」


 よく見ると、背中の翼が真っ白に戻っている。良かった、みんな満足してくれたんだ。


「女神様、翼が」

「わわっ、白くなっているのだわ。エイキチは何もしてないよね」

「ええ、今回は正真正銘、何もしていません」


 どこか名残惜しそうに、翼をなでている。優しい手の運び方をしている。

 本当に、大切なものだったんだろう。


「……本当に、肩の荷が下りたってことなのだわね」

「ええ、本当に――」


 同意の言葉を口にした時だった。


「っ!?」


 刺すような気配があった。

 慌てて身構える。気配を探る。

 ドス黒い意志が――


 ――人よ――

 ――これだけ勝手をやって、許すと思うな――


 人ではないモノの意思。

 人が滅ぼした世界を、人が鎮めることを許さない意思が残っていた。

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