6-6 光の螺旋


 光に照らされて、黒い影が浮かび上がる。

 僕たちを取り囲むように、黒い獣が浮かび上がる。

 

 声にならない叫びが聞こえた。

 影が走ると、一斉に僕たちに飛び掛かる!


「清めの塩!!」


 とっさに塩をまく。断末魔もなく獣の影は消え去った。

 だけど、数が多い。一度では消しきれない。


「女神様!!」

「女神バリアー!!」


 女神様が叫ぶと、彼女を中心に障壁が展開する。

 黄金色の光の壁の中に、マリと女神様が立っている。獣――狼のような黒い塊は牙と爪を突き立てるが、突破できる気配はない。それでも攻撃をし続けている。

 まるで亡者。ただ決まった動作だけを繰り返す存在。

 理性を失った、化け物。


 終わらせなきゃいけない。彼らにも、終わりを告げないといけない。


「そのまま耐えていてください」


 なら、あとは僕が何とかする。

 死に損ねた魂を、殺しに行く。


「僕が、すべてを祓います」


 リュックから水筒を取り出す。蓋を開けると、意思を込める。


「聖水杖!」


 水が杖の形を作る。使い方は単純だ、ただ振るうだけ。

 触れた瞬間に影たちは消えていく。相手が死者であるのなら、僕にとっては敵ではない。

 ただ、数が多い。少し確認しただけでも、このクレーターの外にも黒い影は溢れているのが見える。聖水や塩でチマチマと対処していてもキリがない。


 なら、どうする?


 一気に浄化する。その方法は――

 杖で薙ぎ払いながら上を見る。曲がりくねった赤い鉄塔がちょうど伸びている。

 おそらく、アレがここで一番高い場所。そこからなら――


「行くぞ!」


 目的地は決まった。

 大地を蹴って走り出す。邪魔な影を杖で薙ぎ払いながら、立ち止まらずに駆け抜ける。

 クレーターを飛び出して、南へ。鳥観図を思い出す。

 たしか、ある筈だ――


 クレーターの外にも黒い影は溢れている。

 触れれば吹き飛ばされるけど、流石に数が多い。


 ――許さない――

 ――許せない――

 ――許したくない――


 飛び散ったガラスのように妄念が僕の心に突き刺さる。

 だけど、立ち止まっていられない。


「見えた!!」


 目的の場所――赤い鉄塔の基部が見えた。

 歪んで横向きになった根元に飛び乗る。前を見る。緩やかな斜面がずっと続いている。

 鉄を叩き、走る。足元は見ない。前だけをみて走っていく。


「動け――」


 下を見るな、前を向け。


「動け――っ!!」


 だけど、脚が重い。何かに引っ張られているみたいだ。

 見えない。だけど、どす黒い何かがまとわりついている。


「動くんだぁっ!!」


 脚が止まる。鉄骨の上に倒れそうになる。

 だめだ、今止まったら誰かに引きずり込まれる。一瞬の油断がすべてを無にしてしまう。

 女神様はまだ戦っている。きっと、僕が終わらせるのを待っている。僕が終わらせると言った言葉を信じてくれている。


 ――そうだ――

 頭に景色がよぎった。

 辺境の小さな町の宵の口。酒場に集まる人々の声が聞こえた。


 ――行け――

 大陸を走る鉄道。汽笛が勇ましく大地を揺らしている。


 ――終わらせるんだ――

 雑多を絵にかいたような街。土産物屋には様々な神の形を残している。

 町そのもののように、方向性も適当だけど、活力に満ちている。


 ――行け、聖者よ――

 蘇った森の中で、黒い巨体が吠えた。


 誰かが背中を押してくれた。走る、走る、走り続ける――

 風を切って走った先――鉄塔の先端に立つ。


「――ふう」


 大きく息を吸う。そして、両手を空に向かって広げる。


「みんな、来てくれ!」


 号令と共に意識を集中する。

 呼び出すのは、この世界の意思――


 大地から光の粒子が巻き上がる。

 黄昏の空に向かって、星のように飛び立っていく。


 生まれ変わることを受け入れてくれた、人の意志。

 許してくれた、人以外の意思。

 そして、大地に宿った記憶が、黒い妄念を突き破って浮き上がる。


 僕を中心に、光の天蓋が大地を覆う。黒い意志を包み込むように広がっていく。

 力を貸してくれる。生まれ変わるために、手を取り合って、ここにある。


 塩でも水でもない――すべてを祓うことが出来るものがあるのなら、それは人の意志!


「浄化ァァァァァっ!」


 光が弾けた。

 光の奔流が、渦を巻いて世界へと広がっていく。

 黒い妄念を巻きこんで、消えていく――

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