4-7 汽笛、黄昏に響く
迷路みたいな町と駅舎を抜けてホームに出る。
とりあえず、出会い頭に襲われるようなことはなかったが、まだ安心はできない。
合図をしてマリを呼ぶ。念のため待っていてもらったけど、慎重すぎたかな。
周囲を見渡す。すると、来た時は無かったものがあった。
機関車が、乗客を待つかのようにホームに停まっていた。
「これは……」
汽車が待っていた。
黒鉄の巨体から伸びる煙突からは紫煙が立ち上っている。生きていると主張するように、今も空へと煙を上げている。
汽笛が鳴った。戦士の方向のように雄々しい叫びが響き渡った。
再び動けることを喜ぶように、その巨体は震えている。
『乗って行け、って言ってるみたいだわ』
「うん、そうだよね。アタシが乗る筈だった、汽車さん」
うん、たぶんそうだと思う。
記憶を読み取ろうとしたけれど、それは野暮なような気がした。
――乗れ――
黒鉄の巨体は、ただ僕たちが乗ることを待っている。
細かいことは、追々考えればいい。
マリを見る。胸には聖典を抱きしめて、真っすぐな瞳で僕を見ている。
僕は頷き返す。僕たちは何も言わずに電車に乗り込んだ。
汽車の中には誰もいなかった。
火室を確認すると、紫色の鉱石が輝いている。
いつ生まれたのだろう。これも、勝手に集まって来たのだろうか。
見る限り、動力は石炭ではない。おそらくこの世界特有の鉱物だろう。
「エイキチ、アタシはキミみたいな力は持っていないけど、なんだか声が聞こえる気がするよ」
「たぶん、それくらい濃い残留思念がここに残っているんだと思う」
人工物に人の意志の一部が残ることがある。
それがあまりにも濃いと、意思を持ったかのように物を動かすことがある。
学校の階段でよくある、夜中に演奏するピアノとかはこの類だ。
だいたいは、特定の用途の道具が生前に使われていた動作を反復するだけだ。たぶん、この汽車も似たようなものだと思う。
――なんて、適当に理由を付けるのは野暮だろう。
「行け、って言っているみたいですね」
『ええ、女神もそう思うのだわ」
なら、言う言葉は決まっている。
「よろしくお願いします」
応えるかのように汽笛がなった。
車輪が回り始める。少しずつスピードを上げて、巨大な鉄が大地を走り始める。
走り出した車内から、外を見る。
今まで歩て来た道と町が光へと溶けていく。
マリは、黙ってそれを見つめている。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
汽車が風を切る音に負けないように、彼女はハッキリと言う。
「だって、アタシは忘れない。そのために行くんだもん」
その顔を見て、僕は改めて思った。
アイドルと誤訳されるのも無理はない。彼女は、確かに愛されていたのだろう。誰かの希望となって踊っていたんだろう。
「マリはさ、きっといろんな人に愛されていたんだと思う」
「エイキチ、急にどうしたの」
「いや、顔を見たら言いたくなったんだ」
「やだなー、恥ずかしいよ」
両手で顔を隠す。指の間から望む肌は、真っ赤になっていた。
「骨ってのはね、そう簡単に残らないんだ」
人が死んだときに、骨が残る。世界が死んだ後も骨が残るのは、よっぽど強い後悔を残した居た時か――残っていて欲しいと誰かが願った時だ。
きっと、彼女は世界が死んでも残っていて欲しいと望まれた存在なんだろう。
「君が最後まで残っていて欲しい。そう願った人が沢山いた。それだけは、伝えたかったんだ」
「そっか……」
小さな呟きが、鉄が走る音にかき消された。
「なら、最後までちゃんと……ちゃんと生きないとね」
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