4-4 そこは『神』の気配が残る場所


 駅舎を出ると、広い広場に出た。

 朽ちた金を中心に広がる広場。石碑には異界の文字が刻まれている。


 相変わらず空は黄昏ではあるが、暗闇よりもマシだ。視界に入って来た時、少しだけ安心した。


「こっちだよ。迷わないように注意してね。この町、初見さんにはお断りって有名だったんだ」


 マリは飛び跳ねるように歩く。僕を先導する。

 町には人も記憶も気配はない。けれど、マリの目指す方角からは誰かの記憶の気配があった。


 駅の周辺は、駅の構内に負けず劣らず混沌としていた。


「こっちが近道だよ」


 なんて言いながら、マリは入り組んだ道を進んでいく。裏道同然の建物の隙間を歩き続ける。


『見失わないように気を付けるのだわ』

「いや、大丈夫ですよ」


 迷いやすい、なんてのはマリも分かっているみたいで、曲がり角の度に振り向いて手を振ってくれる。

 長い袖がブンブンと振れる。目印にはピッタリだ。


 駅の周辺を離れると、今までの雑多さが嘘のように整理された街並みが広がっている。

 建物の規模も小さく、古くからの家が多くなってくる。

 やがて、マリが立ち止った。


「ここは……」


 何か大きな建物の跡地のようだ。灰色の石の豪奢な建物。入り口は石の柱が崩れているけれど、何かの神殿のようだ。


「たしか、エイキチは形を呼び戻す術を使えるんだよね」

「はい。一部でも形が残っているのなら取り戻すことが出来る」

「なら、神殿を元に戻してよ」


 なるほど、それならお安い御用だ。

 形だけを修復するのは、いくらでも出来る。


「ちょっと時間はかかるけど、いいですか?」

「大丈夫だよ。骨になって、ずっと待っていたんだから」

「いや、そのジョークは笑えないから」


 苦笑いをして誤魔化すと、荷物を下す。

 静かに建物の遺構に手を振れると、意識を集中する。


展開オープン! 読心リード!」


 いつものように読み込もうと思ったが、触れた瞬間に膨大な量の記憶が流れ込んでくる。

 すべてを嚙み砕くように読んでいってはキリがない。申し訳ないけれど、必要な情報だけを取り出して流していく。


再生リライズ!」


 大地に光が立ち上る。今までよりはるかに大掛かりな反応になる。

 崩れた石が砕けると、細かな粒子が宙を舞う。記憶を頼りにあるべき場所へと飛び去っていく。

 意志を途切れさせるな。まだ終わっていない。時間はかかるが、必ず元の形を再現する。


◆◆◆


 全部の修復が終わるのに、一時間程かかった。

 その甲斐あってか、崩れていた柱は元に戻り、天井には穴一つない。

 なにより、灰色になっていた建物の外壁はすっかり真白に戻っていた。


「凄いね。アタシが最後に見た時よりも綺麗だよ」

 

 口を開けてマリは天井を見上げている。その視線の先には、荘厳な天井画が広がっている。

 この世界の神話だろうか。二つに分けられた人の集団が、神々しい光を纏う誰かにひれ伏している。


「少し疲れた」


 ボーっと復元された神殿を眺めながら、座り込む。

 歩くくらいなら問題ないけれど、身体が重い。正直休みたい。


『え、疲れる程度なのだわ?』

「以前に城を修復した時は丸一日寝込みましたよ」


 基本的に制限する物体の質量によって蓄積される疲労は違う。

 たぶん、ゲームとかで言うMPのような魔力リソースが減るってのはこういう感覚なんだろう。


「あっ」


 ん、どうしたんだろう。マリがこっちに向かって走ってくる。 


「エイキチ、歩ける? アタシ、無理させちゃったかな」

「いいや、大丈夫」


 眉をハの字にして僕の顔を見てくる。うーん、他人から見たら大分消耗してるみたいだ。

 まだまだ未熟だな。前に一緒に世界を救った勇者は、疲れている時こそ悟らせるなって言ってたし。


「そうかな。大分フラフラしてるよ。必要なら肩をかす?」

「いや、それは男の子としての意地がありますので」

「ふふっ。そっか、それなら大丈夫だね」


 意地にならないで笑って我儘を許してくれる。ありがたい。甘えたくなる気持ちを切り替えて、足をしっかり大地に突き立てる。


「大丈夫そうだね。こっちに来て」


 振りを翻してマリは歩いていく。少し早足だけど、チラチラと僕の方を見ている。

 たぶん、待っていてくれてるんだ。


◆◆◆


 ちょうど建物の真ん中くらい。一際天井の高いホールがあった。シンプルな椅子と机が立ち並び、真ん中に祭壇がある。

 祭壇の奥に鎮座しているのは一体の石像。ちょうどマリの着ているような服を纏った大人の女性が両手を広げて微笑みかけている姿だ。


「これは」

「『メアノ=ズメウ』様、歌の神にして、たぶんアタシたちの世界で一番有名な神様。

 ほら、アタシの服だって、神様が着ていたものを真似ているんだから」


 なるほど、だから似ていたんだ。


「アタシね、神様に聞きたいことがあってここまで来たんだ」


 マリは神像の顔を見上げる。掘り込まれた瞳には何も映らないけれど、彼女の視線をしっかりと受け止めているようだった。


「でも、駅に着いて道を歩いていたら何も分からないで『自分』が消えていた。気が付けばキミに起こされてた。

 死んじゃうってどんなことか分からないけど、きっと苦も実感もなく消えちゃったんだと思う」


 世界が死んだときのことだと思う。

 詳細は分からないけれど、この世界の『死』は突発的に訪れたのだろう。

 女神様が言う『ほんの目を離した隙』と言うのはおそらく間違いない。


 誰もが当たり前のように日常をおくっていた世界が、瞬きをした間に消えてしまう。

 理不尽で、暴力的で、絶対的な滅びがあったのだろう。


「炎で焼かれたり、岩に押しつぶされたりしたら、諦めが付いたのかな。アタシ、胸のモヤモヤを解決したいんだ」

「それはおかしくないよ。仕方ないから死んでくださいなんて言われて納得できる人は居ないし、理不尽に未来を奪われて怒りを覚えるのは当然のことなんだ」


 誰だって、やりたいことや目指すべき場所があった。

 大切なモノで形もハッキリしない。だからこそ、残ってしまうことは仕方ないんだ。


 マリはずっと神像を見上げている。顔は僕からは見えなくて、何を考えているかも分からない。

 ただ、僕の言葉が彼女を傷つけていないかだけが心配だけど、それを決めるのはマリ自身だ。


「ね、今日はここに泊っていこう。その間に、アタシも答えが出るかもしれないから」

「うん。君がそこで納得できるなら、僕の行為と力に意味はあるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る