3-3 個の差
完全に自慢であるが、僕は両親に恵まれている。それどころか周囲の人間にも恵まれている。
「僕はたまたま、霊を祓う力を持って生まれました。
でも、僕よりも頭のいい人間や体が丈夫な人間はたくさんいる」
こっちはまったく自慢にならないが、僕はそこまで学校の成績はよくない。身体能力だってお世辞にも高くないし、ついでにモテない。
「多少変わっていようが、僕の力は人間と言う範囲内において、個人差と言う誤差の中でしかない、って散々言われました」
だから、自分に『出来ない』ことも嫌と言うほど見て来た。
極点な例を出すのなら、今回と同じように『女神』に依頼を受けて異世界に行った時のことだ。
その世界は魔王と呼ばれる凶悪な存在によって危機に瀕しており、僕は死霊術によって呪われた町の浄化するために世界に降り立った。
その時、一緒に戦ってくれた勇者が居る。彼女も少しだけ特別な力を持った存在であるが、学力は僕の方が上だった。
いや、つまんない意地の張り合いかもしれないけど、僕の方が学校の成績はいい。戦闘力とか身体能力は完璧に負けてたけど。
「自分が出来ることが他人には出来なかったり、その逆も沢山ある。
誰もが出来ることを出来る範囲でやっているだけなのだから」
分からないこと、出来ないことなんて行動する度にぶつかって来た。その度に、誰かに助けてもらってきた。
日常の小さな障害を大人に助けてもらったことなんて何度もある。
助けてくれた人たちは、出来たることをやっただけ。特別でも何でもなく、個人が身に着けた力でしかない。と言っていた。
「だから、力を誰かのために使いなさい。驕ることなく、他人の長所を認めなさい、と」
そして、両親は背中でそれを語り、生き様で貫き通した。
「最後まで、それを貫き通していましたから」
『最後、ね』
うん、分かるよね、女神様にも。
『そのご両親は、あの仏壇に居た』
「……ええ、骨はありませんけどね」
最期に言葉を交わした朝、父さんは言った、大きな仕事をすると。
母と連れ立って出かけた先、戻ってくることは無かった。
数日後、協力者と名乗った警察の方から、骨も残らなかったとだけ聞かされた。
「でも、残り香はあります」
それでも、あの家には記憶がある。朧げでも、確かに足跡は残っている。
辺境の町に残された記憶と同じだ。埃だらけの部屋に浮かび上がった光の粒はおぼろげで、もう人の形も保てていなかった。
僕の世界にやってきた黒い塊のような存在は、まだ明確に存在としての意思が残っている。だけど、そこまで強固な残留思念はまれで、思い出だけが消えずに残っている程度だ。
だけど、無ではない。
命は消えても、命があった痕跡は消えない。たまに強すぎて生まれ変わる障害になってしまうけれど。
誰かが欠けた言葉や、誰かが見せた生き方は、決して消えない。
死んでもその意思は残って新しい命に生まれ変わる。だから、無暗に消してしまうことをしてはいけない。
『なら、あんまり待たせられないのだわね』
「はい、線香もあげないといけません」
微かに、女神様の頬が緩んだような気がした。
同時に、音がした。砂時計の砂が流れるような音だ。街が消えた時と同じように。
『消えていくのだわね』
北へ伸びる線路――歩いてきた道が黄昏に溶けていく。役目を終えたかのように、消えていく。
南へ向かって歩いていて思った。この道は、誰かが歩くのを待っていたかのように黄昏の世界に遺されている。
きっとこの先に、死にきれない魂が待っている。それを迎えるために、僕は歩いている。
『愚痴、言っていいかしら』
「ええ、聞きますよ」
ありがとうの返事には、いつものような元気はなかった。
『女神はこの世界の管理者だから壊れた物を処分しないといけない』
「ええ、それが生まれた意味だと聞きました」
最初から、そういう役目を持ってきて生まれた存在。
世界の自死プログラムでもあるし、外部破壊装置でもある。
『だけどね、女神は女神なりにこの世界を見守ってきたつもりなのだわ』
その言葉に、どれだけの意味があるか、僕には分からない。
厳しい言葉で返すこともできる。見守りきれなかったのは、事実なのだから。
だけど、この女神様は未熟であっても悪ではない。それは、今までのやり取りで、嫌と言うほど分かっている。
だから、僕は何も言わずに足を動かすだけだ。
『岩だらけの世界に海が生まれて、生命が生まれる。やがて命はあふれて大地を拓き、文明を生む。何かが変わる度に喜んでいたわ』
どれほどの長い時間だろう。人にはあまりにも長すぎる、時間。
生まれた時から見守ることを宿命付けられた存在である『女神』。だけど、それは本当に定めだと言う事だけが理由だろうか。
「女神様は、世界が好きだったんですね」
きっと、そうだったと思いたい。
『ありがと』
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