1-7 黒い翼の女神
「祓うことはないの。貴方たちは生まれ変わる必要があるだから。それまで、待っていて欲しいの」
『だが……どうする。我らを放置すると言うことは、この世界をこのまま止めておくことになるぞ』
「放置? いいえ、しないのだわ」
女神様の背、白い翼が力強く羽ばたく。
「女神の身体に宿しておくだけなのだわ」
「は? どういうことですか」
困惑する僕に女神様は応える。迷いのない、力強い声で。
「一種の封印よ。女神の身体に宿る魔力で、死の概念を押さえつけるの。力づくで蓋をするのだわ」
えっと、結局どういうことだろう。質問をしようとしたけれど、それよりも早く女神様は動いていた。
黒い正四面体に触れると、優しく語り掛ける。
「ごめんなさい。これが女神に出来る唯一の償いなのだわ。
窮屈かもしれないけれど、世界が生まれ変わるまでの間、女神の中で待っていて欲しい」
黒かった物体が白くなっていく。女神様が触れた箇所から溶けていく。
『女神よ……謝罪しよう……確かに、貴女は我らの世界を愛していたのだな』
「当然なのだわ」
光が溢れた。思わず目をつぶった。
次に目を開いた時、目に入って来たのは青い空と――
「翼が、黒く」
黒く染まった女神様の翼だった。
「こんなのなんてこないのよ。ちょっとしたイメチェンだわ」
嘘だ、強がりだ。顔が真っ青だし、腕も振るえている。
だけど――そんな不満は爛々と輝く瞳をみたら、引っ込んでしまった。
無理やり祓ってしまうことは、たぶん可能だ。でも、それを女神様は望まないし、正直僕もやりたくはない。
被害の拡大を防ぐのには、強制的な排除を選ぶべきなのかもしれない。
でも、僕は女神様に甘えてしまってもいい。それくらい、任せていいと思った。
『女神よ、聖者よ――我らの終わりを意味の有るものとしてくれ』
黒い翼から聞こえてきた声は、眼下の町の雑音に飲み込まれていく。
最期の言葉は、鳥のさえずりよりも小さかった。残った力を絞り出してまで、伝えたかったんだと思う。
「当然なのだわ」
空の彼方。宇宙ではない――もっと別の領域。
たぶん、滅んでしまった世界に向かって彼女は答える。
顔は見えない。蘇った風の音は、地上から湧き上がる僅かなざわめきを伝えるだけ。
女神様が何を考えているかを正確に伺い知ることはできないと思う。
けれど、それを僕が確かめる必要はない。
僕の家で、両親の位牌に手を合わせてくれた彼女は死の意味と弔いの価値を知っている。
最期の言葉を無為にはしないだろう。
「行きましょう」
野暮かもしれない。あんまりにも事務的な自分の言葉が冷酷にも思えた。
でも、きっと今の女神様に必要なのは慰めよりも背中を押すことなんだと思う。
泣き声は聞こえなかった。許しを請うこともなかった。ただ、謝っていた。なら、僕の中途半端な慰めは必要ない。
「ええ。まっかせるのだわ」
黒い羽が僅かに揺れる。金色の髪が躍り、女神様の顔が振り返る。
そこに涙はなくて、ただ決意と誇りに満ちた女神の顔がある。
「さあ、これから大忙しよ!」
意志の宿った瞳が僕に向けられる。その真剣さに僕は応えられているか分からない。
ただ、自分に出来ることをやる。胸に手を当てて心に刻みつける。
僕の――僕たちの仕事がはじまるんだ。
「行きましょう、死にきれなかった世界を、ちゃんと殺すために」
「そこは浄化とか言うところではないの?」
「きれいな言葉を使うと、僕が消す人が悪いみたいじゃないですか。
言い方くらいは悪役になりましょう」
そう、やることなんて、タダの後始末なんだから。
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