2章 空は黄昏、死した町
2-1 黄昏空の荒野
夕暮れと夜の合間、地平の下に沈んだ太陽の残り香である朱の空が夜の帳に侵食されている景色。黄昏時。
目の前に広がる空を示すのなら、黄昏が一番しっくりくると思った。
星の浮かばない紫色の空が、大地を突き破って地平の下まで伸びている。
泥のように広がる黄昏色の空間と、荒野の境界に僕は立っている。
『死んだ世界』いや、正確には生まれ変わる前の世界は、昼でも夜でもない空に沈んでいた。
目の前には黄昏空と大地の境界線がある。崖とは違う、文字通り大地が斬れていて、一歩先には空が広がっている。下手に踏み出そうものなら、奈落の底まで落ちていくに違いがない。
後ろには荒野。枯れ木と枯草ばかり。人の気配もなければ、風も吹かない。音もなければ熱も感じない『死んだ』世界が広がっている。
『エイキチ、無事に転移できたのだわ?』
どこからともなく女神様の声が聞こえてくる。同時に、足元に広がっていた魔法陣――転移術式は光を失って消滅した。
「大丈夫です。傷一つないし、頭もスッキリしてます」
目に見える異常もなければ不調を感じることもない。転送の時に乗り物酔いに近い状態になることはあるけど、今回はそれもない。
『いやー、頼んだくせに異世界に放り込んで一緒に行かないのとかいわないのだわね』
今、荒野に立っているのは僕一人だ。女神様はこことは違う場所。例えるなら世界の管理人室から声を届けてくれている。
「最初に飛ばされた時は言いましたよ。今は慣れてますし、事情も理解しています」
女神様が同行しないのは安全のためだ。仮に二人一緒に行動をして、同時に事故に巻き込まれて身動きが出来なくなったら手の打ちようがない。
『死んだ』世界で僕たち以外の存在が生きているとは考え辛い。外部からの助けは期待できない。
だから、誰かが安全地帯で待機している必要がある。
僕一人が危険な状態になったら、世界の外側に居る女神様に無理矢理送還してもらえばいい。
命綱があっても、それを握っていてくれる人が居なけば意味はないくらい、分かっている。
『頼もしいのやら申し訳ないのやら』
「そう思ってもらえるだけで十分です」
心の底から申し訳なさそうに言ってくれてる。落ち込んだ顔が目に浮かぶ。
少なくとも、この女神様は悪意で生きている存在ではないし、僕の命が危なくなる状態になったら嫌でも送還してくれる。
大丈夫。
リックの重みを確かめる。まだ、重さも心地よい。
あと、準備することは……そうだ。
「おっと時計を動かして、と」
時計を取りだず。時刻は、零時で止まっている。
『あら、何のため?』
「自分がこの世界に来て、相対的な時間は計測できますから」
零時で止まっていた時計が動き始める。絶対的な時間は分からないけれど、相対的な時間は測定することが出来る。
地球の時間が異世界で役に立つかは分からいけれど、僕が休憩したりする目安には出来る。
「よし!」
一歩足を前に出す。迎えてくれたのは荒野の硬い土と、乾いた音。
乾いた風もない、時の止まった――死んだ世界に響くのは足音だけだった。
◆◆◆
僕たちの目的はこの世界を再生するために、残っている残留思念――亡霊と言い換えてもいいかもしれない、それを祓うのが目的だ。
今、歩いている荒野は残留思念に引きずられて残っている世界の名残のようなものだ。だから、大地のある方向に歩いていけば、祓うべき対象が見つかる。
そこからどうやって祓うかは、まあ、ケースバイケース。最悪塩と聖水で漂白してしまえばいいけれど、乱暴だし相応にリスクも存在する。最悪、無理やり押さえつけた魂が暴走して予期せぬ災害を魔抜くことが在る。
だから、一番いい方法は、死と生に満足してもらうことだ。納得して再生させてもらうには、この世に残った未練を祓う必要がある。それが難しい。
ただ、今それを考えていても仕方ない。実際に対象が見えないことには対策のしようがない。
ともかく、歩いていこう。
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