1章 見慣れた町、聞きなれた依頼
1-1 ミス・ワールドブレイク
町を歩いていたら、女神様に土下座をされてしまった。
自分で言っていて変な話だとは思う。だけど事実でしかない。
本当に、天気がいいから散歩に出よう。ついでにコンビニでも寄ろう。それくらいのテンションで歩いていたら土下座をされた。
ともかく、落ち着くためにも状況を整理しよう。
僕は今、近所のハンバーガーショップに居る。
席を挟んでフライドポテトをチビチビと摘まんでいる女性が女神で――
――往来のド真ん中で女性に泣かれるなんて誤解しか生まない状況から、とりあえず近所のバーガーショップに逃げて来た。
店員さんの視線が痛かった。なんか小声で『女を泣かせるなんて』と聞こえてきたし、目が血走っていた。とりあえず席には通してもらったけど、次からこの店に入り辛い。
「えぐっ……えぐっ……ちょりみだしてごへぇんなさい」
目の前にある顔は鼻水と涙でグチョグチョ。幼い顔立ちの少女が泣いている。
女の子に限らず、目の前で誰かが泣いていると言うのは居心地が悪い。しゃくりあげる声が聞こえるたびに胸が痛む。たとえ自分に過失がなくても、気持ちは落ち込んでしまう。
「拭いてください。綺麗な顔が台無しですから」
ハンカチを取り出して手渡す。ありがと、とかすれた声がした。
泣き腫らした顔が磨かれる。すると、青い瞳が開かれた。精巧な絵画のような、美少女を絵にかいたような顔が見えてくる。
少し膨らんだ頬。丸い大きな瞳。腰まで伸びた艶やかな金色の神。顔立ちは幼いけれども、神々しさを感じるくらい整っている。
身に纏っているペプロスもシルクのような光沢をもち、しなやかに広がっている。
見た目も装飾も、美しいと言わせるためだけに作られた造形物だと言われても信じられる。
『女神』を見るのは初めてではないけど、よくもまあみんな美男美女に作る物だ。
「あ、すみません。このフライドポテトってお代わりしていいのだわ?」
「食べるの早いですね」
と言うか、なんで空の箱が二つあるんだろう。一つは僕のだと思うんですけど。
「だって、緊急事態が起きて食事なんてしてなかったのだわ」
「それはそうとして指についた油を舐めるのは止めた方がいいですよ」
使ってください、と紙ナプキンを数枚渡す。
女神様は丁寧に指をふく。両手の指を綺麗にしたところで、ようやく一息ついたようだ。
女神様は咳払いをすると、遠い目――と言うか放心した目で呟いた。
「……世界が滅びたのだわ」
「ミス・ワールドジェノサイダーですからね」
「さりげなく格上げするのは止めるのだわ」
「いえ、下げてます。
ところでミスって女性と失敗のどっちの意味ですか?」
「ぶっ飛ばすのだわよっ!!」
テーブルが揺れて、女神様の顔が僕の目の前に迫ってくる。
興奮した瞳に困惑した僕の顔が映っている。
「だって滅びたものは滅びたのだわ! 女神悪くないもん。ほんの百年目を離したら勝手に滅びてたのだもの。アイムノットギルティー」
「顔、近い、近いですから」
「あ、ごめんなさいなのだわ」
女神様は頬を赤くして視線を逸らすと、椅子に深く座りなおした。
再び、わざとらしく咳払いをする。今度は落ち着いて話を切り出す。
「その……女神様が見守っていた世界が滅んでしまったの
だからまあ……この先は怒らないで聞いて欲しいのだわ。人の子にしたら、ちょっと無責任に聞こえる話だから」
あの、その、と呟いて視線を泳がせる。2度、3度、深呼吸をする。
よし、と覚悟を決めたように頷くと、次の言葉が出て来た。
「世界が崩壊したのなら、新しく再生させる必要があるの。
それが世界と言う魂の循環単位を任された女神のお仕事なの」
「はい、以前に他の女神様から聞いたことがあります」
僕が『女神』と呼んでいる存在は世界の管理者として存在する一種の上位存在らしい。
――らしい、と言うのは自称だからだ。
「人の子には薄情に聞こえるかもしれないけれど、滅びたのなら世界をそのままにしてはおけない。
廃棄物を処理するような言い方になってしまうけれど、壊れた物をそのまま残しておくのは出来ないのだわ」
この話を聞くのは初めてではないけれど、未だに反発を覚えてしまう。これは、理屈じゃなくて、人として感情的な反発だと思う。
だけど、それを抑え込んで静かに話を聞く。
世界は壊れる。壊れた物はそのまま放置しておくことは出来ない。再生が必要になる。
僕たちだって資源をリサイクルするし、大自然の循環だって同じだ。
今、僕が存在する現代の日本だって、何度も崩壊した世界から生み出された、たまたま長く続いている世界の一つでしかないらしい。
「そこで問題があって。ちょっと世界に魂が残りすぎていて、『勝手に再生させるなこの駄女神』なんて言ってきて邪魔されるのだわ」
「あー」
でもまあ、そんな上位存在の意思なんて知らないで必死に残り続ける存在はある。
実際に、他人である僕だって僅かに反発を覚えるくらいなのだ。滅びを迎えた当事者たちが抗おうとするのも理解は出来る。
「自分でどうにかしようとしても無理だったのだわ。
そこで、先輩の女神に聞いたらのなら、残留思念を祓う専門家がいるそうじゃない。それが、骨拾いの聖者、ナガレ=エイキチ!」
確かに、僕をそんな風に呼ぶ人はいる。
目の前の女神様と同じように、滅びた世界に残った思念を祓うために協力したのは何度もある。
「お願い! 女神のお願い! 世界を鎮めて」
「いいですよ。行きましょう」
そもそも、断る理由もない。
「はえ?」
「いや、そこでそんな声を出しますか」
ついでに、口が開きっぱなしですよ。
ほら、あうあうと発音が出来てないじゃないですか。
「この手の依頼は慣れてます。やれることをやるだけですから」
ちょっとだけカッコつけて立ち上がる。別に立ち上がる必要はないけど、まあ、なんか座りながら言うのもカッコ悪いし。
「ありがとぉぉぉぉっ! いつか死んだら絶対に報いるから!!」
パッと、女神様の顔に笑顔が咲く。
胸を撫で下ろす。我ながら現金なモノだと思うけど、女の子に向けられるなら泣き顔より笑顔のほうがいい。
「あ、ついでにアップルパイも頼んでいいかしら」
「いいけど、今度はお金を払ってくださいよ」
「無理、おごって欲しいのだわ」
「え、僕に払わせるんですか。と言うか後で貰うつもりだったんですけど」
ほら、ちゃんとレシートは残してますよ。
「だって女神はこの世界の通貨を持っていないのだから」
ストローをクルクルと回してカラカラと笑う。
文句は言いたいけど、なんか無邪気な顔を見ているとそんな気持ちも無くなってしまう。
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