2-5 記憶は黄昏に溶けて

 町の東にはある建物は駅だった。駅舎の看板に書かれているのは、この町の名前だろうか。

 もう人が通らないであろう改札を抜ける。きっと僕が最後の利用者だ。ホームには電車はない。いくら待っても来ることはない。

 ここが終点だったのだろうか。片方の線路は途切れている。


「よっと」


 ホームから飛び降りる。人が居れば咎められただろうけれど、もう意味はない。

 真っすぐに伸びる二本の鉄の路。遥か彼方まで続いていて、ずっと同じ間隔で続いている。


「自然ではなく、人が手を入れたからこそ見れる景色――文明の残滓か」


 この鉄の路は、人が生きて営みを築いてきた証なんだろう。

 鉄道はずっと南に伸びている。魂の気配は、その先に微かに感じる。


『行くのだわ?』

「ええ、行きます」


 そうして、一歩を踏み出した。

 僕の足と意思に呼応するように、音がした。

 粒子が流れるような音。砂時計の砂が、静かに時を刻むような音。


 振り返ると、駅舎が光の粒になって黄昏に溶けていく。

 いや、駅舎だけじゃない。街が、役目を終えたかのように溶けていく。


『……』


 衣が擦れる音がする。女神様が、何かをしている。


「女神様?」


 返事はない。何かに集中しているみたいだ。

 なんだろう。でも、邪魔をしてはいけない気がする。


 ――そうなの……ああ、見送りが出来なかったのだわ――


 ふと、そんなことを言っていたことを思い出した。

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