純喫茶の理不尽な脱衣麻雀

「ハナちゃん、ここにしよう」

「え、ココ?」


 社長が入りたがったのは、古めかしい純喫茶である。


「こういうところのコーヒーはうまいんだ。チェーン店とは違う趣がある」


 今はおやつの時間だ。他の店は、どこも混んでいる。

 言われてみれば、妥当な案だと言えた。


「見ろ。ゲームができる喫茶店があるぞ」


 ガラステーブル型の筐体がある純喫茶が、まだ残っていたとは。


「全席禁煙か。こういう店にしては珍しいな。社長、ここにしましょう」

「さっき言ったろ? まだキミは『ハナちゃん』だぞ。ここもある意味で『ゲーセン』だからな」

「わかった。イーさん」


 席に着き、ホットコーヒーとケーキのセットをもらう。


「うっ」


 ただ、イーさんはたじろいだ。よりにもよって、座った席が「脱衣麻雀」の台だったのである。


「これは、随分とファンキーだな」


 捻挫した少女と保健室で麻雀をするという、やたら特殊なシチュエーションだ。こちらが勝てば相手は脱ぎ、こちらが負けると相手は逆にまた着始めるというルール。


「アニメだからマイルドとはいえ、当時の絵柄だからな。やめておくか?」

「せっかくだ。やっていこうじゃないか」


 コインを入れて、ゲームをスタートさせる。


「やり方は?」

「だいたいわかる。マヒルちゃん相手だと安い手ばかりでアガッてしまうが」


 さっそくタンヤオでツモった。


「いきなりブルマーから脱ぐとか、マニアックだな。しかし、靴下から脱がないところは好感が持てる」


 目を背けつつも、興味はあるらしい。


 その後、イーさんは安い手でセコく勝ち続けた。いよいよあと一枚という場面に。


 イーさんの卓に、マンズばかりが的確に揃っていく。


「おお、いい手がきたぞ。チンイツを狙えそうだ」


 チーズケーキをツマミながら、イーさんがほくそ笑む。


 本当は、九蓮宝燈チューレンポウトウ崩れだ。とはいえ、なかなか高めの手である。これで勝てれば点差が付いて気持ちがいいが。


 負けたら全裸だというのに、相手がドラを切りやがった。


「チャンスだ! ポン!」


 ドラを三枚抱え、安全圏に。


「ぬっぐ……」


 だが、イーさんは苦い顔になった。掴んだのは「西シャー」である。まだ場に一枚も出ていない。


「字牌が来たぜ。ホンイツにチェンジも手だ」


 興奮しながら、オレはホットケーキを口に詰め込む。


 このゲームは、「勝てば脱ぐ」システムなので、点差は関係ない。高い得点を得たからと言って、脱ぐ枚数が増えるわけでもなかった。


トンナンなら役だから、切りはしない。私も抱えて、次の手を考えるさ」


 そうだ。無理をする必要はない。


「とはいえ、流れは確実に来ている。ここは勝負所だ!」


 好機と考え、イーさんは西を切った。しかし!


『ロン!』


 軽快な少女の声が、店内に響いた。


 なんと、イーさんは相手の直撃を喰らってしまう。


「なあ!?」


 イーさんの口から、フォークがこぼれ落ちた。


「こ、国士無双……単騎待ちだと!?」


 つまり相手は最初から、イーさんの不要牌である西を待っていたのである。ドラを切った辺りで、役満狙いの可能性を予測できていたら。


「当時の理不尽設定だからなー。強いよなー」

「無理ゲーではないか! やめだやめ!」


 気を取り直して、ホットケーキをいただく。敗北の味は、ほろ苦い。


 休憩を終えて、二人で格ゲーコーナーに。

 社長の腕前は、「マヒルちゃんとスマシスで遊ぶ程度」だという。


 適度にコツを教えて、あとは好きにやらせた。変にボコってトラウマになるのもいけない。


 店内で大会が始まるというので、退散した。

 見学してもよかったが、見るだけならネットでもできる。

 専門的すぎて、イーさんにはまだハードルは高かろう。

 オレもいうほど詳しくないし。


「いや、楽しかった。また来よう。この古いながらも楽しい街に、金を落としに行こう」

「ですね」


 あ、そうだ。 


「お礼に、夕飯はオレがご馳走しますよ。何が食べたいですか?」

「ラーメンだ! あの手のジャンクは、一度口にしてみたかったんだよ」


 せっかくこの地まで来たので、グルメも堪能して帰りたいという。


 そっか。言われてみればこの視察は、マヒルちゃんが煮干しラーメンを食いに行ったから発生したんだった。


「じゃあ、おいしい店があるので案内しますよ」 


 それなら、あの店にしますか。


「うん! 濃いながらも進む味だな!」


 オレが連れてきたのは、全国展開しているとんこつラーメン屋だ。席が多くて、行列を気にしなくていい。他は並ぶ上に、ガッツリ過ぎて社長にはキツいと思った。


「まあ、とんこつラーメンといったらココって感じで、新しさはないんですが」

「何を言う? うまいものはうまい。それに、有名店には一度来てみたかったのだ。デリイーツでも頼めるが、その前にホンモノを知らないとな!」


 ラーメン屋の店主が聞いたら泣けてくるような、素晴らしい食レポである。


 夕飯も済んで、タクシーで家へと向かう。


「今日は付き合ってくれてありがとう」

「オレも楽しかったです」

「もし……よければなんだが、またこうやって、二人でどこかへ回らないか?」

「え、いいんですか?」

「キミさえよければだが」


 意外だった。ここまで、楽しんでもらえていたなんて。


 オレには金がない。昼の代金も、結局出させてしまった。

 だから、貧乏なオレとはつるみたくないと思っていたけれど。


「喜んでお供します」

「いや、キミには友人として接してもらいたい。迷惑だろうか?」

「とんでもない! イーさんさえよかったら、どこでもついていくぜ」


 そこまで言って、部屋が隣同士だったと二人はようやく気づく。


「あああ、ありがとう。おやすみハナちゃん」

「おやすみ、イーさ……」



 マヒルちゃんが帰っていた。

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